07|覚醒ふたたび〈3〉
黒い、コールタールのような体液。
ぶよぶよと定まらない形状。
固体の生物と定めるには、どこか胡散臭い〈まがい物〉のような生き物。
見た目は〈竜〉に似せてはいるが、ボートの
必死で〈竜〉のカタチに寄せてはいるが、ともすれば崩れてしまいそうになる細胞を、なんとかつなぎとめながら、体をぶるぶるとふるわせつづけていた。
「あれが…ゴ、ゴースター!?」
ツトムは、いよいよもってわけがわからないという表情で、あんぐりと口をあけて叫ぶ。
「そう、私にはわかる…」
「で、で、でも、ゴースターって研究施設にいるんだよね? どーしてこんなところに…」
「あれは古代生物だって
「古代生物…」
ツトムは、頭の中にゴキブリを思い浮かべた。ゴキブリも古代生物だからだ。
「たしかに、やつらは大昔から世界中どこにでもいるからな…。そうか、そういうことか…」
ツトムのパニックは、そう考えることでようやく落ち着きはじめたようだった。
「な、なるほど…ゴースターはサクラと共鳴する。だから、サクラのSOSを受けとって海の底から…いや、どこからなんてわからないけど…海のどこからかレスキューしに現れたってことか…」
「そうだと思う」
「で、でも、そのわりには、助けてもらってる気がしないのは、僕だけ?」
「そ、それは、そうだけど…」
サクラは言葉につまった。
たしかに、この状況だけみれば、どう考えても猫がネズミをいたぶるように、意味もなく自分たちをいたぶって楽しんでいるようにしか思えなかったからだ。
ゴースターがサクラに送る〈思念〉は、いつも「言葉すくな」で一方的だ。
サクラは、もどかしい気持ちを
「サクラ、みてッ! あいつ…泳ぎだした!」
みると、すっかり再生を果たした〈竜〉は、アンカーを抱えたままゆっくりと泳ぎだしていた。
それと同時に、サクラの足元――船首に設置されている〈ウインドラス〉(鎖が巻かれている糸巻き状の装置)から、カラカラと音をたてて鎖がほどかれてゆく。
〈竜〉が鎖をひっぱっているのだ。
数秒後――巻かれた鎖がすべてほどかれた瞬間、‘ガクン’と前のめりになってボートも進みはじめる。
「サクラ、みて! あいつ…北の大陸のほうに進んでる…」
「私たちを、もどしてるんだ。ボートが沖へ流されてたから軌道修正してくれてるんだと思う」
「そうか…それは、ありがたいや…」
ツトムは、あいかわらず泣きそうな顔のまま小さく安堵のため息をはき、ボートが安定して進みはじめたタイミングで、操縦席からサクラがいる船首までやってきた。
「やつは、本当にぼくたちの味方…なんだね?」
「た、たぶんね…」
「たぶん?」
「だって、確証はないから」
ゴースターと意思の疎通ができない以上、サクラも断言はできなかった。
立てひざをつき、船首のへりにつかまりながら、サクラは不安な気持ちをかかえつつ前方をにらみすえる。
「………」
言い知れぬ不安は、まだ、サクラの中にくすぶっていた。
これまで、自分が進む先々でゴースターに助けられてきたことは事実だが、研究施設のゴースターたちと、この海にいるゴースターたちが同じとはかぎらない。
人間だってそうだ。人種やその土地の風土、風習、宗教によって敵にもなるし味方にもなる。〈
だからサクラは、信じきることができなかったのだ。
ほどなくして、北の大陸の岸壁の岩肌が肉眼でみえるぐらいに迫ったところで、とつぜんゴースターが豹変した。
いきなりギアチェンジしたマシーンのように、〈竜〉は猛スピードで泳ぎはじめたのだ!
「な、なに!?」
とたん――ボートも〈竜〉にひっぱられ、スピードをあげる。
海をかきわけ猛進するボートの
「今度は、なによ!?」
「サクラ、これ、本当にぼくたちを助けてる?」
「そんなの、わかんない! もう、私にきかないで!」
「やっぱり、ぜんぜん、助けられてないと思うんだけどぉぉぉーーーーッ…」
ふたりは、ふり落とされまいと必死で船首のへりにしがみつき、恐怖をまぎらすため、お互いに叫びあった。
このまま直進したらボートは岩壁に叩きつけられ大破し、自分たちも無事ではすまないことを悟ったからだ。
「もう、やめてッ! 私たちをふりまわすのは、やめてッ!!!」
『 サクラ… 』
『 サクラ… 』
『 サクラ… 』
ゴースターの思念がサクラの耳元でささやきはじめる。
「いったい、なにを考えてるのッ!?」
『 サクラ… 』
『 サクラ… 』
『 サクラ… 』
(教えて…)
(なにがしたいの…?)
(私たちを――殺したいの…?)
(はじめから、殺すつもりだったの…!?)
サクラの目に涙があふれる。
『 サクラ… 』
『 サクラ… 』
『 サクラ… 』
と、そのとき――
『 サクラ…ジャンプ… 』
ゴースターの思念は、サクラに『跳べ!』と命じた。
(……!?)
と、同時に〈竜〉は海面から姿を消した。
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