06|覚醒ふたたび〈2〉

 サクラは、ふたたび覚醒した。


 すべてがクリアに見える中、操縦席から腕をのばし、必死で〈竜〉に銃をむけるツトムの姿をみて、サクラは策を思いつく。


「ツトム、その銃を貸して!」


「な、なに? ど、ど、どうする気!?」

「あいつの胴体に飛びうつって、至近距離からあいつの頭を撃つの!」

「えええぇーッ!? そんなの無理だよッ! 無謀にもほどがある!」


 声をうらがえして叫ぶツトムに、サクラは教える。


「大丈夫…私、いま、覚醒してる」

「へっ?」

「私、いま、最強だから」

「………」


 ツトムは、驚愕の表情で一瞬かたまり、それから視線を‘ぐるぐる’とさまよわせると「だったら、もっといい方法がある!」といって、操縦席の窓のそと――ボートの先端を指さした。


「あのアンカー(いかり)を使うんだ!」

「アンカー?」


 サクラがふりむいた先に、重さ20キロはありそうなアンカーが、船首せんしゅのてまえに無造作にころがっていた。


 巨大な〈ユリの花〉のような形状をしたアンカーは鋼鉄のかたまりだ。〈花びら〉の先端はするどくとがり、それで一撃をくらわせれば、どんな怪物にもダメージをあたえられそうだった。


 さらに、ツトムはいう。


「アンカーは鎖でつながってる。その鎖を、あいつの胴体に巻きつけることができれば、あいつを真っ二つに切断できるかもしれないだろ」

「そうか! ロープで首をしめるみたいな感じだね?」

「あいつが、海面に小さくジャンプした瞬間をねらうんだ。やってみる価値はあるだろ?」


「うん…」

 口をきつくむすんで、サクラはうなずいた。


「いまのサクラなら、きっとできる!」

「うん…やってみるッ」


 ふたりは顔を見合わせ、うなずきあった。


「サクラ、当たってくだけろだ!」

「うん! 当たってくだけろ!」


 ふたりの心がひとつになる。


GO・FOR・ITゴー・フォー・イット! 当たってくだけろッ!)


(大丈夫、私たちには幸運の神様がついてるッ!)


(トモヒロ、4CフォーシーOBBオービービー…)


(みんなが、私たちを応援してるッ!)


(ゴー・フォー・リッ!)


(ゴー・フォー・リッ!)


(ゴー・フォー・リッ!)


 頭の中で鳴りひびく歓声を勇気に変え、サクラはボートの舳先へさきに足をかけアンカーをもちあげた。頑丈な鎖でつながれているは、思ったとおりバスケットボールぐらいの重さにしか感じなかった。


(よし、イケる…)


 ぐるぐるまわるボートの舳先へさきから、〈竜〉をにらみつけタイミングを見さだめる。


(いまだ…)


 サクラは、覚醒したチカラを、さらにMAXマックスにふりしぼり、モンスターめがけて鋼鉄のかたまりを放りなげた!



「 いっっけぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!! 」



 アンカーとともに、つながれた鎖も宙におどる!と、そのタイミングで、ツトムが放った銃弾が〈竜〉のわき腹に命中し…とたん――〈竜〉のからだが‘びくり’と浮き上がり、そこへ、サクラがなげたアンカーが‘ぐさり’と突きささった。


「や、やった…!」

 サクラは、目をみひらき、小さく叫ぶ。


 鎖を胴体に巻きつける作戦は失敗だったが、これで相当なダメージは与えられたはずだった。


 深々と胴体に突きささったアンカーは釣り針のように食いこんで、暴れれば暴れるほど内臓をえぐり、さらに体の中心へと食いこんでゆく。


 裂けた胴体からは、内臓のようなものが‘どろり’とあふれ、黒々としたコールタールのようなものが海面にまき散らされていった。


 モンスターは苦悶の声をあげるがごとく体をくねくねと動かし、海面に横たわり、ゆらゆらとたゆたう…。


「し、死んだかな…?」

「いや…まだ、動いてるよ…」

 サクラは船首で、ツトムは操縦席で、そのゆくえをじっと見守った。


〈竜〉が起こしていた渦がおさまり、ボートは穏やかな海の真ん中で動きをとめていた。ボートの甲板に侵入した海水が‘ちゃぷちゃぷ’と音をたててゆれている。


「サクラ、見たかい? あいつ…血が黒いよ…」

「うん…」

「ふつうじゃあり得ないよ、血は赤いものだよね…」

「そうだね…」

「………」

「………」


 ふたりは、黒い血をながす、不気味な生物を恐怖とともに見つめつづけた。


 だが――サクラは、うすうす気づいていた。


(私…アレを知ってる…)


(黒い、コールタールのような体液…)


(あれは…)


(あいつは…)


「サクラ、見て!」

 ツトムが叫ぶ。


「あいつの傷が、ふさがってく…!」

「………」

 サクラは、冷静にその現象を見つめた。


 サクラが放ったアンカーを胴体に深々と突き刺したまま、その〈竜〉の細胞は再生をはじめたのだ。それは、まるで、アンカーをわが子のように愛おしそうに抱きかかえる母親さながら、体内にとりこみ一体化してゆく。


「ああ…う、うそだろ…!? そりゃ、人間の細胞だって、異物を飲み込んだまま傷口がふさがることだって、あるかもしれないけど…でも、あんなに大きな異物をかかえたままなんて…ありえないよ! こんな…こんな…こんなことって…」


 しゃべっていなければ、恐怖でおかしくなってしまうといわんばかりに、ツトムはしゃべりつづけた。


「ああ…僕たちは、もしかして、もう、ここで終わるのか。ここで死ぬのかな。だって、あいつは死なないんだ。僕たちを食べるまで、きっと、ずっと襲いつづけるに決まってる!

 ああ…こんなことなら、もっとスカンクキャベツを食べとけばよかったよ…天国にもあるのかなぁ…スカンクキャベツ、あるのかなぁ…」


 ツトムは、完全にパニックに陥り、おかしなことをしゃべり出す。


「サクラ、ごめん…きみを守れなくて…。4Cと約束したこと…守れなくて…」

「ツトム、落ち着いて! あいつは、私たちを襲おうとしてるんじゃないよ」

「へ?」


(そう…)


(あれは、きっと、私たちの…)


「あいつは、きっと、私たちを救おうとしてる」

「す、救うって…?」

「ツトム、あいつはね…あいつの正体は…」


 サクラは船首に立ち、足元からのびる鎖のずっと先――アンカーを体内に取りこみ海面にたゆたうモンスターをするどい視線でとらえ、確信をもっていい放った。


だよ」


(だから、私は覚醒したんだ…)




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