03|アクシデント〈1〉

「エムズ・ワン…」


 サクラは、23ゲートで4Cフォーシーが説明してくれた言葉を思い出す。


『 じつは、きみたち〈エムズ〉の呼び方には2種類あるんだ。ひとつは〈M's=1エムズ・ワン〉――これは、入国審査を通って、一般市民としてこの世界で生きる権利をあたえられた、いわゆる普通のエムズだ…


 …そして、もうひとつは〈M's=αエムズ・アルファ〉――これは、ある特殊な能力を身につけてこの世界へやってきた、特別なエムズのことだ 』


 まさか、自分がそのあと覚醒し、エムズ・アルファとして生きる運命をしいられるとは思ってもみなかったサクラだが…どちらにしても、エムズ・ワンも、エムズ・アルファも、同じ〈エムズ〉――同じ、むこうの世界から転移してきた仲間だ。


 その人物がどんな人間でも、当然、興味はひかれる。


「エムズ・ワン…」


 サクラは、もう一度つぶやき、まだ見ぬその人物に思いをはせた。


(いったい、どんな人だろう…)


(私も、友達になれるかな…)


 サクラにとっては、その人物が〈ケータイがつながる場所〉について詳しいかどうかよりも、どんな人間で、どんな生活をしていて、自分と友達になれるかどうかのほうが、ずっと重要なことだった。


「その人、ポートヘルムのホテルにっていってたよ。どういう意味かは、わからないけどね…」

 あいかわらず、腐臭ただようスカンクキャベツをうまそうに食べながら、ツトムはいった。


「住んでる…?」

 サクラは、その言葉に、目を大きく見ひらいた。


「博士、本当に住んでるっていったの?」

「ああ、そうだよ。ポートヘルムの〈シーサイド・パレスホテル〉に住んでるってさ。もしかして従業員なのかな? ホテルの寮とかにいるのかも…」

「ツトム…」

「な、なに…?」

「それが本当なら、私たち、すっごくラッキーかもしれないよ」

「へ?」


 サクラは、ボートの船尾でポカンとしているツトムに向けて、満面の笑みをうかべた。


 サクラは知っているのだ。

 ホテルに人間は、たいてい〈セレブ〉であることを。



          ***



 これは「ホテルあるある」だ。


 サクラが働いていたホテルにも、そういう人がいた。1泊10万円以上する部屋に、年間3千万円以上の宿泊費を払って、賃貸マンションのようにいるのだ。そんなことができる人間はセレブと決まっている。


 そしてセレブは、生活も派手だ。


「え? プ、プライベート・ヘリ…!?」

 ツトムは、声をうらがえして叫んだ。


「そう! ウチのホテルに住んでたセレブの女性は、ヘリコプターを持ってたの。ま、だからって、博士の友達もそうとはかぎらないけど…でも、もし持ってたら、私たち、バスターズに追われることも、なにも心配しないで〈ケータイがつながる場所〉に直行できるかもしれない!」


「そ、それは、考えもしなかったな。セレブだなんて…」

 ツトムは、感嘆のため息をはきだす。


「そういえば、博士はいってたよ…」

 ツトムは回想するように、空をあおぐ。


『 この先、きみが外の世界に逃れることができて、なにか困ったことがあったら、友人をたずねなさい。きっと、きみの力になってくれるはずだよ。いろいろな意味で、ね… 』


「博士はそういったんだ。博士がいってたって、そういう意味だったんだ。お金で解決できることは、なんでも力になってくれるっていう…」


「ツトム、私たちラッキーかも!」

「うん、僕たちはラッキーだ!」


 そのとき、頭のうえで、海鳥がないた。


 いつのまにか、どんよりとしていた空は晴れ、雲海のようだった霧も消え、あたりいちめん宝石をちりばめたようにきらきらと輝きはじめる。


「みて、ツトム、すっごくきれい!」


 その水面を、まるでサクラたちの喜びを代弁するかのように、小魚がはねた。


「なんか、いい感じ!」


 サクラが舵をにぎる操縦席のうえには、〈ゆりかもめ〉が数羽、仲良くならんで、サクラたちの未来を祝福してくれているかのように‘ギィ…ギィ…ギィ…’と鳴く。


「みんな、ありがとー。みんな大好きー♪ 私、がんばるー♪」


 もちろん、ツトムは、ディズニー映画の主人公さながらに、海鳥に話しかけてるサクラにはノーリアクションだったが、気分があがっていたことは事実だった。


 だが――世の中は、すべて、陰と陽、光と影、ラッキーとアンラッキー、そのバランスでできている。


 事態が好転したときは、得てしてアクシデントが起きるものだ。


 案の定、それは、突然やってきた。



          ***



 サクラが、調子にのってボートを蛇行運転させている時だった。


「あ、あれ…?」


 `ガクン…’とボートがひと揺れしたかと思うと、そのままエンジンが止まったのだ。


「ツ、ツトム…ボートが止まっちゃったんだけど…」

「それは、サクラが止めたからだよ」

「私…止めてない…」

「え? ほんとに…?」

「ほんとに…」

「………」

「………」


 ふたりは、顔を見合わせ、とんでもない事態におちいったことを理解する。


 空は晴れわたり、ボートのうえを潮風が‘そよそよ’と吹きぬける。

 この、楽園のような景色の中で、サクラは、水面みなもをゆらす勢いで叫んだ。




「「「 ウ、ウソでしょぉぉぉーーーーーーーーー……ッ!!!??? 」」」







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