02|北の大地へ
海は、
いま、サクラとツトムを乗せた軍用ボートは、ルーン海峡(研究施設と北の大陸のあいだにある海峡)を無事に渡りきり、北の大陸《ノースランド》の岸壁にそって北上しているところだった。
その岸壁は、高さ30
したがって、ふたりは、いま、100
もちろん、そのまま港の桟橋にボートを着けるわけにはいかない。
軍用ボートは目立ちすぎるし、彼ら…研究施設の追跡者たちが、待ち構えている可能性もある。〈ポートヘルム〉より手前の、どこか目立たない場所を見つけて、ひっそりと上陸する計画だった。
ふたりが研究施設を脱出してから丸1日が経とうとしていたが、いまだ追跡者はあらわれず、それが逆にサクラの不安をかきたてる。
いつ、彼らの脅威が迫ってくるかもわからない世界で、無事に目的地――〈ケータイがつながる場所〉へたどりつくことができるのか…つねに不安と緊張がつきまとう。
それでもサクラは、
『 きみは、生きて…生きのびて…きみが望むことをしろ。
きみの望みが何であれ、生きてさえいれば、いつか希望は叶う… 』
地下水路で4Cがいった言葉を、サクラは心にきざむ。
4Cがすべての人間を敵にまわして、つないでくれた自分の命。それを、けして忘れたりはしないと、サクラは思う。
そして〈トモヒロ〉の言葉も、また、しかり。
『
『
いつでも、どこでも、トモヒロの言葉がサクラの背中を押してくれる。
〈4C〉と〈トモヒロ〉――双子のようにそっくりな、ふたりの存在は、ともすると
そして、もちろん、ゆいいつの相棒である〈ツトム〉の存在も、また、サクラにはありがたい存在だった。
***
その
なぜなら、北の名産である〈スカンクキャベツ〉は、ツトムの大好物だったからだ。気分があがらないわけがない。
だが――ひとつ、難点をいえば、その食べ物は、名前のごとくスカンクの〈屁〉のような強烈な臭みを周囲にまきちらすという、
「やっぱり、このボートは北をめざして正解だったね、サクラッ」
スカンクのしっぽのような形をした、小さなキャベツを指でつまみながら、世界地図を食いいるようにながめ、ツトムは満足げにうなずいた。
「ねぇ、サクラ…ほら、きみも見てみなよ、これ、この地図…」
そういって、ツトムが動こうとしたとたん、
「だ、だめッ、こっちに来ないで! それ、すっごく臭いからッ」
すかさず、サクラはツトムを
「あ…ごめん…」
「それ、なんなの!? なんでそんなに臭いのよッ」
サクラはいま、〈いちごミルク味〉のカロリーバーをほおばりながら、ボートの操縦席で舵をにぎっていた。
ツトムとは3メートル離れているのだが、風向きによっては、スカンクキャベツの腐臭(?)がサクラを直撃する。そのたびにサクラは不機嫌になっていた。
不幸なことに、サクラはことさら臭い食べ物が苦手なのだ。納豆も、クサヤの干物も、青かびチーズも…あんなものは人間の食べ物ではないとさえ思っている。
よりによって、食の好みが合わない人間が自分の相棒だったというがっかり感もあいまって、サクラはツトムを‘キッ’とにらんだ。
「サクラも食べてみたらいいのに。食わず嫌いって可能性も…」
「ない! そんなもの、死んだって食べないからッ。この先、それを食べるときは、ぜったい私から3メートル離れるって約束してッ」
「わ、わかった…約束するよ…」
なさけなさそうに眉をハの字にまげて、ツトムは、それでも食べ続ける。
「うまいんだけどなぁ…」
ちなみに、ピクルスやカロリーバーは、ボートに備え付けられていた備蓄品だ。
それを見つけたとき、ツトムはうれしさのあまり「ひゃあ」と女の子のような声を出してしまって、思わず自分で赤面したほど、彼はその食べ物にとりつかれていたのだ。
ツトムは、申しわけなさそうに背中をまるめて小さくなりながらも、手を止めることもせず、むしゃむしゃと遠慮なく食べ、いま、気にするべきことは、そんなことではないのだと主張するように、話題を〈ボート〉にもどした。
「まぁ…とにかく、僕たちが目指してる〈ケータイがつながる場所〉は、南の大陸の、さらに南だ。こんな遠い場所に、こんな小さなボートでたどり着けるわけがない。そうだろ?」
風で‘ぱたぱた’とはためく大判の地図を必死でおさえながら、〈北の大陸〉と〈南の大陸〉を交互にながめ、ついでに酢がついたゆびを‘ぺろり’となめて、ツトムは主張した。
「そもそも燃料だって足りないしさ。こんなボートじゃ、
「ガ・ガイヨウって…?」
サクラは、不機嫌な顔をつくりつつも、ツトムの話に耳をかたむける。
「外洋は、ぼくたちの世界でいうところの〈太平洋〉とか〈大西洋〉のことだよ。つまりすっごく大きな海ってことだ。そんな海に、こんな小さなボートじゃたどり着けないってこと。
そりゃ、太平洋をボートで横断した冒険家はいたけどさ。それは本当に無謀なことだよ。ぼくたちが研究施設から脱出したことより、ずっとね」
「たしかに…」
「だから、北へ…ノースランドへひとまず上陸して、それから南へゆく計画を立て直すのは正解なんだ。ぜったいそうなんだ。僕は正しいんだ」
ツトムは、もともと自分が立てた計画――研究施設からトラックで南へ逃げるという計画が、ことごとく失敗し、まったく予想すらしていなかった状況に身をおいている自分に対しての後ろめたさもあったのだろう。
もちろん、そんなことでサクラは彼を責めたりはしないのだが、ツトムは自分を正当化しないと落ち着かない性分だ。
やたらと「自分は正しい」ということを強調しつつ、話をつづける。
「それにさ、ポートヘルムの港町には〈マナーズ博士〉の友達も住んでるんだ」
「…とも・だち?」
「そうだよ。その人に会えれば、きっと〈ケータイがつながる場所〉のことも、もっと詳しく聞けるはずだよ」
「博士…友達がいたんだ…」
サクラには初耳だった。
マナーズ博士は、ツトムが独房で知り合った宇宙物理学者だ。
ケータイがつながる場所――いわゆる〈宇宙のゆらぎ〉が観測された場所を、死ぬまえに、ツトムにだけ、こっそり教えてくれた人物だ。
「でも、その人…信用できるの?」
サクラは、どうしても警戒してしまう。
「僕は信用してるけどね。だって博士の友達だよ。それに、その人は〈エムズ・ワン〉だ。いってみれば、僕たちの仲間だよ」
「エ、エムズ・ワン!?」
それをきいたとたん、サクラは思わず、鼻をつまんでいた指をはなし、3メートル先で小さくなってるツトムに向き直る。
一瞬で、ツトムに対する〈スカンクキャベツの恨み〉は消えた。
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