第2章「北の大陸の脅威」

01|終末都市

 黒い霧が、立ちこめていた。


 太陽をさえぎり、高層ビル群を灰色に染めあげるその〈霧〉は、廃墟と化した都市全体を覆い尽くしていた。


「ここだ、このビルの裏だ…」


 戦闘服にガスマスクを装着した男が、小型の探知機を片手に、アンテナが‘ピピピ…’と激しくふるえる方角をとらえ仲間たちをうながす。


 同じガスマスクを装着し武装した男たちが数名…ビルとビルのあいだの狭い路地に吸い込まれてゆく。彼らの背中には《BUSTERSバスターズ》と書かれたロゴが刺繍されていた。


 そう――彼らは『ノアズ・アーク社』が誇るプロ戦闘集団〈エムズ・バスターズ〉の捜索チームだった。彼らはいま、通信基地でキャッチした〈SOS〉の発信源を探しているところだった。


「見つけた、ここだ。このトラッシュ・カン(ゴミ箱)の中だ…」


 まえにも増して探知機がうちふるえ、ビルの谷間に鳴りひびく。


 うす暗い路地裏の一角に、無骨な鉄製のゴミ箱が置かれている。大人ひとりが余裕で入れるぐらいのそれには、頑丈なフタがついており、身の安全を確保するには最適なシェルターだった。


「おいッ、中に誰かいるか?」

 男は、ゴミ箱のフタをたたいて、中にいる者に救助が来たことを知らせる。


「俺たちは〈バスターズ〉だ。もう安心だ、出てきていいぞ!」


 中からのいらえはない。


「よし、開けるぞ!」

 男の合図で、サブ・マシンガンを装備しているバスターズたちが、いっせいにゴミ箱に銃口を向け待機する。

 中にいるのは〈SOS〉を送った〈誰か〉のはずだが、どんな不測の事態にも備えるのが、プロの鉄則だ。


「いくぞ…」

 男が、ゴミ箱のフタに手をかける。一瞬、空気がはりつめる。フタをあけた瞬間、その中から飛び出してきたのは――無数のコバエだった。

 ガスマスクで顔を覆っているにもかかわらず、男たちは無意識に顔をそむける。


 そして、顔をそむけた理由はもうひとつ――中に身を隠していた〈誰か〉は、すでに命を落とし、自然界のルールにしたがって腐りはじめていたからだ。


「女の子だな…かわいそうに…」


 片手に発信機をにぎりしめ、ひざをかかえたまま、その少女は息絶えていた。


「これですべての任務は終了だ、さっさと本部に報告して引き上げよう」

 男は、少女がにぎっている小型発信機のスイッチをOFFにし、隊員たちに撤退の指示をだす。


「今回の任務は生存者ゼロだったな。心が痛むよ…」

「同感です…」

 かたわらにいた男もうなだれ、首をよこにふった。


 巨大なコンクリートブロックのかたまりや、ビルの外壁がはがれ落ち散乱している足場の悪い道を、重い空気をまといながら、隊員たちは大通りへと引きかえしはじめた。


 すると――瓦礫と瓦礫のすき間…その暗がりに身をひそめていた〈何者か〉が、とつぜん、黒い影のような肢体をゆらりと動かし、バスターズの一団めがけ襲いかかってきた――!


「……!」


 ひとりのバスターズが瞬時に反応し、マシンガンを向ける!


‘ ダダダッ… ’と弾が乱射され、の頭部は一瞬ではじきとばされ、あたり一面に脳漿のうしょうをまきちらして地面にころがった。


 爬虫類のようなぬめぬめとした黒い皮膚。

 凹凸おうとつのないのっぺりとした黒い顔。

 顔の半分を占める、よこに裂けた口。

 サメのようなギザギザした歯がならび、その口からはピンク色の舌がだらりとたれ、喉を‘グググ…’と鳴らして、血だまりの中では息絶えた。


 人間よりひとまわり大きいぐらいの、その〈影〉のような異形の生物は、異様に発達した腕と、グローブのようなゴワゴワした手を持ち、その指先には巨大なカギ爪が生えていた。


だ…」

 足元にころがる、おぞましい姿を確認し、男はまわりをぐるりと見回す。


「人の気配を嗅ぎつけたか…? 群れで襲撃されたらやっかいだ。急いでヘリに戻ろう!」

 バスターズの一団は、路地を抜け、廃車で埋め尽くされた大通りを全速で駆けだす。


 ガスマスクを装着した武装集団が、廃墟と化した巨大都市をうろつく光景は、平和な世界で暮らしている人間には、一種異様な光景に見えたかもしれない。


 だが――彼らにとっては、それが〈日常〉であり〈現実〉だった。彼らほどこの世界で起きている異常事態を肌で感じ、危機感をつのらせているものはいなかっただろう。


 バスターズが仕留めたモンスターは、どこからともなくあらわれた古代生物ゴースターたちに、あっという間に食いつくされる。


 まさに、ここは弱肉強食の世界だった。


 かつて公園だったはずの、荒れ果てた広大な空き地から、軍用ヘリが一機、黒い霧とホコリを舞いあげ浮上する。


 無事任務を終え、帰還するバスターズたちに笑顔はなかった。



          ***



 黒い霧は、いまも、ゆっくりと浮遊し、沈殿してゆく…。


 崩壊したビルの屋上に…。


 アスファルトに叩きつけられた、ガラスの破片に…。


 胴体をへこませた、錆びた缶コーヒーのうえに…。


 消火栓から水がもれ、いつまでもジメジメと濡らしつづける歩道のうえに…。


 車道に乗り捨てられた、おびただしい数の廃車のうえに…。


 そして――

 放置されたままちた、そこここに転がる人間の《むくろ》のうえに…。


 その光景は、人々に教える。

 世界はいずれ〈黒い霧〉で覆われ、あらゆる生命は死滅するのだと。

 人間がどうあがこうと、自然界の脅威に逆らえるはずもないのだと。



          ***



 サクラが転移してきた世界は、終末へと向かう未来なき世界。


 サクラの希望は「むこうの世界」へ帰ること。


 だが――サクラの運命も、この星の運命とともに、〈滅び〉へと流れる大河にのみこまれ、翻弄ほんろうされてゆくこととなる…。


「………」

 宇宙意思は、無表情のまま、ただ、それをながめているだけだった。




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