06|エムズの秘密

「エムズ、確保しましたッ!」

「武器弾薬の所持はありませんッ!」

「おい、女! おまえ…どんな〈能力〉を使った?」

念動力テレキネシスか?」

「テレパスか?」

「なんにしても、注意しろッ!」

「〈覚醒〉したエムズは危険だからな…」


 サクラは武装した男たちにかかえられたまま、あっという間に23ゲートの中――研究施設内へと引きずりこまれ、身動きがとれないまま、わけのわからない質問をあびせられた。

 サクラの全身から汗がふきだし、一瞬で白いポロシャツの背中を濡らした。


「おいおいおいおい…おまえら、なんだッ!?」

 ハッチの外へ閉めだされたカタチになっていた4Cフォーシーが、あわてて施設内へ駆けこんでくる。


「彼女は覚醒なんかしてないぞッ! 見てわかるだろッ!?」

 サクラのひたいに押しつけられていた銃口をたたきおとし、サクラに群がっていた男たちを引きはなしながら、「この隊のリーダーは誰だッ!?」と男たちをにらみつけた。


「じ、自分でありますッ」

 そういって、ひとりの迷彩服の青年が、4Cにむかって敬礼しながら直立不動になる。


「おまえか…」

「は、はいッ」

「おまえ…ってか、おまえたち、入隊1年目の新人だな?」

 4Cは、そういって、迷彩服の男たちをぐるりと見まわす。


「は、はい…先月、ようやく〈バスターズ〉の研修を終え、実践に出ることをゆるされました。さきほど、4Cから応援の要請が入ったと連絡を受けたので…それで…マニュアルどおり、エムズ対応の装備をととのえ…かけつけてきたのですが…ええと…」


 リーダーの声は、しゃべるごとに尻つぼみになっていった。

 自分たちが、どうやら重大なミスを犯したのだということを、目の前でにらみつけている4Cの表情で読みとったからだ。


「俺は、たしかに〈バスターズ〉の応援を要請した。でも、それは、ハッチの向こうでゴースターが暴れていたからだ。誰もエムズが覚醒したとはいってないぞ!」

「す、すみませんッ! 自分の聞きとりミスですッ」


 リーダーは深々と頭をさげ、数名の新人隊員たちもそれにならい、それからサクラの方に向きなおり、声をそろえて謝罪の言葉をあびせた。


『すみませんでしたぁーッ!!!』

「……!?」

 彼らの思わぬ行動に、サクラはたじろぎ、今度は別の意味で言葉を失った。


(な、なんか…すごい…)


(なんか…ミリタリー感、ハンパないんですけど…)


 けっきょく――サクラを拘束したのは、彼ら新人隊員による聞きとりミスで、彼らは4Cから短い説教をくらい、すぐに解放された。


「いいか、おまえら。一度目のミスはゆるす。誰だってミスは犯すんだ、人間だからな…。だが、二度目はないぞ。次にやらかしたら上官に報告する。いいか、覚えとけよ!」

「はいッ、覚えておきます!」


 この研究施設に入って3年目だという4Cは、たしかに、1年目の新人よりは先輩なのだろうが、後輩に対する態度やモノの言い方が、3年目とは思えないほど堂々としており、通路で冗談をいって笑っていた彼とは、また別の一面を見せられたサクラは「このひと、只者じゃないかも…」と、心の中で感心していた。


「メイドちゃん。だいじょうぶか?」

「うん、大丈夫…」


〈バスターズ〉と名乗る彼らが去ったあと、23ゲートのハッチの前――革張りのベンチがぽつんとひとつ置いてあるだけの小さな空間で、4Cはあらためてサクラに向き直り、後輩のミスを謝罪した。


「ほんとうに、申し訳なかった! あいつら新人で…実践になれてないんだ」

「いいんだってば、そんなにあやまらないで…あなたのせいじゃないんだから」

「いや、後輩のミスは俺のミスだよ。本当にゴメン…怖かっただろ?」

「そりゃ…怖くなかったっていったら嘘になるけど…でも、だいじょうぶ。いま、口からとびだしそうになってた心臓…もとにもどしたから…」


 サクラは、ゼスチャーで心臓をもどすようなしぐさをし、「ほらね」といって無理やりスマイルをつくってみせる。4Cは「無理やりだなッ」といいつつ笑い、お互い、顔を見合わせてまた笑う。


(不思議ね…)


(私、ずっと笑ってる…)


 いまだこの世界が、リアルか、夢の中か曖昧なせいもあるのだろうが、思えば、サクラはずっと笑っていた。


(これも、4Cの魔力のせい…?)


 ぼんやりと、そう思った。



          ***



 それから4Cは、何ごともなかったかのように、エムズ1名(サクラ)を無事保護したことを〈センター室〉へ報告し、荷物をまとめはじめた。


「俺はこれから、を武器庫に返却したり…いろいろすることがあるんで、きみとはここでお別れだ」


 4Cはそういいながら、使い終わった火炎放射器の燃料タンクをはずしたり、安全装置を確認したり、こまめに手入れをしながら、サクラが次にするべきことを教えてくれた。


「メイドちゃんは、このまま入国手続きをするために〈審査ルーム〉へいくことになってる。いま、俺の後輩が来るから、一緒についていけばいいよ。本当は、俺がつきそってあげたいけど…これでも、なかなか忙しい身でね」


 サクラは、器用に火炎放射器をメンテナンスする4Cの指先をみつめながら、ずっと気になっていたことを口にする。


「ねえ、4C。さっきの、あの人たちが言ってた〈かくせい〉って…なに?」

「…え?」

 サクラは、聞きのがさなかった。

 彼らは、たしかに言ったのだ。


『 おまえ…どんな〈能力〉を使った? 』

『 なんにしても、注意しろッ! 』

『 〈覚醒〉したエムズは危険だからな… 』


「能力がどうとか…テレパスがどうとかって――あれ、私たちのことよね?」

「ああ…まあ…」

 4Cは、急に歯切れがわるくなり黙りこむ。


「私には、言えないことなの?」

「いや、それは…」

 4Cは下をむき、それから「いずれ、きみの耳にもはいることだから…」と言って、サクラの隣りにすわると、ゆっくりと話しはじめた。


「じつは、きみたち〈エムズ〉の呼び方には2種類あるんだ。ひとつは〈M's=1エムズ・ワン〉――これは、入国審査を通って一般市民としてこの世界で生きる権利をあたえられた、いわゆる普通のエムズだ」

「うん…」


「そして、もうひとつは〈M's=αエムズ・アルファ〉――これは、ある特殊な能力を身につけてこの世界へやってきた、特別なエムズのことだ」

「と、とく・しゅ…能力…?」

「そう――彼らには、計り知れない能力がそなわってる。メイドちゃん、きみは聞いたことないかな? そもそも、ふだん人間が使ってる能力はごく一部分で、大部分は〈脳〉の中に眠ってるって…」


 彼は「これは研究者が立てた仮説だけど」と前置きし、


「エムズの脳は、こっちの世界に転移してくる過程で、なんらかの刺激がくわわって変化するとされているんだ。きみの記憶障害もそのひとつだけど――そのせいで、エムズの中に眠ってた潜在能力が解放されることがあるといわれてる」

「それは、たとえば…どんな能力?」


「一概には言えないんだ。たとえば――人間が、みんなひとりひとり個性があって違うように、能力もさまざまで分類はむずかしい。だから、この研究施設では、とにかく、ひとや社会に〈害〉を及ぼす能力をもってる者を隔離して、外の世界に出さないよう尽力している」

「………」


「この施設内には、彼らを収容するスペースがあってね。そこで暮らすことになってるんだ。そこで、さまざまな実験に協力してもらい、いずれは、なんらかのかたちで世の中の役に立ってもらう…それが彼らにあたえられた、この世界で生きるための役わりだ」

「つまり、一生、外には出られないってこと、ね?」

「まあ…そうだね。そういうことだ…」

「………」


 4Cは、サクラを怖がらせないためか、やんわりとやさしい表現で説明をしたが、サクラには、おおよその見当はついていた。〈エムズ・アルファ〉はこの施設内に隔離され、人体実験の被験者になるのだと。


 この研究施設をつくったのは、こっちの世界にあらわれるエムズを保護し、受け入れるためだと4Cはいった。

 けれど、本当の目的は、特殊能力を持った〈エムズ・アルファ〉をとらえて実験するためなのではないのか――サクラは、そう思った。


(ゴースターの研究はおまけみたいなものだっていってたけど…)


(きっと、エムズのこともおまけなんだ…)


(本当は、エムズ・アルファが欲しいだけかも…)


(そりゃ、そうだよね…)


(特殊能力を発動するしくみが解明されたら…)


(それは、きっと、世の中がひっくり返るほどすごいことだよ…)


 サクラは、いままで、たいして世の中のことに関心もなくのほほんと生きてきた人間だが、そのくらいのことは見当がつく。

 この施設は〈ノアズ・アーク社〉という製薬会社が建てたというが、そのくらいのビッグ・プロジェクトでなければ、民間の企業がここまでお金をかけて施設をつくったりはしないだろう。


(なんとなく、お金儲けの匂いがする…)


(嫌な、匂いだ…)


 サクラにとっては、ただの夢のつづき――しかし、ここがただの夢だったとしても、この謎だらけの建物を知れば知るほど、途方もなく巨大な権力と、計画と、そこにかかわる大勢の人間たちの膨大なエネルギーで、この世界…この世界はまわっているのだとわかる。


 ここは、RPGロールプレイングゲームにあるような、勇者がいて、魔法使いがいて、レベルをあげて、強くなって魔王を倒す…そういう単純な異世界ではない――もっと現実リアルに近い異世界なのだ。


 サクラは、そう思いはじめていた。


 そして、この世界が、本当に自分にとって〈現実〉なのだとしたら…?

 そう思うだけで、まっ暗な宇宙空間に放り出だされたような絶望感がサクラを襲う。


(私…)


(とんでもない世界に、来てしまったのかも…)


 あいかわらず、なんの音かわからない‘ ブォ…ン ’という不気味な機械音はどこからともなく断続的にきこえ、コンクリートの床は氷のようにつめたく、裸足のままのサクラの足をこごえさせた。


 この圧倒的な〈リアル〉は、ゲームの中の出来事のように、そう簡単にリセットさせてくれそうにはなかった。




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