07|共鳴するもの
23ゲートのまえは、戦車一台が余裕で通れるほどの広いメイン通路が、ゆるやかなカーブを描いてずっと先までつづいていた。
それだけで、この建物全体が東京ドームのような、円形のかたちをしていることが想像できる。
見上げるほど高い天井には、むき出しの換気ダクトや配線が張りめぐらされており、あの〈大穴〉があいた場所と同じ軍事施設のような無骨さはあるものの、いままで目にしてきた空間よりは、はるかに明るく、清潔で、なにより開放感がある。
サクラは、やっとそこで深呼吸をすることができた。
サクラは、閉所恐怖症というわけでもなかったが、それでも、この場所――窓もなく、外の景色もうかがい知れない状況の中にあっては、広い空間と、思いっきり吸えるおいしい空気だけが、せめてもの救いだった。
もちろん、この世界の〈外〉をみたこともないサクラにとっては、本当に〈外〉の世界が存在しているのかさえ、疑わしくはあったのだが…。
***
ふたりがメイン通路へ出ると、
「あ、先輩ッ!」
「おお…来たな
さっそく4Cは、〈OBB〉と呼ばれた青年をサクラに紹介した。
「は、はじめまして、サクラさん。よ、よ、ようこそ、アナザーワールドへ!」
この――『ようこそ、アナザーワールドへ』というフレーズは、エムズに対しての決まり文句ようだったが、彼のあいさつはどこかぎこちなく、サクラにむけた笑顔もぎこちなかった。
その青年の背丈は、4Cと同じぐらい高かったが、猫背ぎみの体型と、肩をすぼめながら話すクセがあるせいで、どこか自信なさげに小さく見えた。
人見知りなのか、女性が苦手なのか――とにかく、彼は、サクラに対して、つねに緊張してまばたきをくりかえしている。
そんな後輩を見かねて、4Cが、思わぬ行動にでた。
「おまえ、なんだ、そのロボットみたいな動きは! もっとリラックスしろリラックス! 人間性をとりもどせッ」
そういって、彼の尻を思いっきりひっぱたいたのだ。
「あッ…痛いッ! せ、先輩、すみません…」
「俺にあやまってどーする? あやまるならメイドちゃんにあやまれ」
「は、はい。メイドさん…」
「メイドさんじゃ、ないだろ? サクラさんだろッ」
「あ、そうか。ええと…サックラ…さん…」
「サックラって、誰だよッ。砂漠の民の村長か?」
「さ、砂漠の村長って…ぷッ…」
OBBは、思わず4Cのかえしに笑ってしまい、そして、また「笑いやがったな、このやろー」と4Cにどやされる。
そのふたりのやりとりは、まるで息のあった漫才コンビのようで、かたわらできいていたサクラも、思わずふきだして笑ってしまった。
「おい、笑われてるぞOBB…」
「す、すみません。自分も、笑うつもりはないんですが…先輩が…」
「俺がなんだ?」
「お、おかしくて…」
「俺のなにがおかしいんだ? 顔か? あたまか?」
「両方です」
「このやろーッ」
「あああーーーッ! やめてくださいぃーー…」
OBBの首をしめるマネをしつつ、4C自身も、このやりとりを楽しんでいるようだった。
どうやら、この一連のながれは《お約束》のようで、メイン通路を通りかかった従業員たちも、「またやってる…」だの「がんばれOBB」だのと、楽しそうにヤジをとばして通りすぎていった。
そのようすをみて、サクラは気づいた。
これは、4Cの、
こんなふうに、後輩が緊張したときは、すかさずお笑いモードを発令し、後輩の気持ちをなごませ、ついでに場の空気もなごませる。そういうムードづくりを、彼はしているのだ。
(4Cって、ホテルマンみたい…)
(気の使いかたが、じょうずだね…)
ふたりのやりとりをながめながら、サクラは、自分が働いている職場を思いだしていた。
「あ、そうだ、サクラさん。これ使ってください!」
4Cのおかげで、すっかり人間性をとりもどしたOBBは、ずっと脇にかかえていた松葉杖と医療用のサンダルを、サクラに手渡した。
「あ、あの…足を、怪我されてるときいたので…」
「わぁ、ありがと。うれしい…」
サクラは、さっそくサンダルをはき、松葉杖をうけとる。
「お? なかなか気がきくじゃないか…」
4Cは、にやりと笑ってOBBのわき腹をこづく。
「は、はい…」
OBBは、まんざらでもなさそうに、顔を赤くしながら照れ笑いをした。
(4CとOBB…いい関係だね…)
自分の立場をすっかり忘れ、自分の職場に思いをはせながら、ふたりのやりとりをほのぼのとながめていたサクラだったが、「では、審査ルームへご案内します」とOBBにうながされたとたん、いっきに現実に引きもどされた。
(…そうだ。ここは自分の職場じゃなかった…)
(ましてや、日本でもなく地球でさえない…)
(ここは、異世界だったっけ…)
(………)
***
――漆黒の闇の中で、ゴースターはたゆたう…。
***
「サクラさん、これで、歩けますか?」
「うん、ちょうどいいかも」
「じゃあ、ここでネジ、止めちゃいますね」
「ありがと…」
すっかり緊張がほぐれ、自然体で話すOBBは、4Cにたがわず細やかな気づかいができるやさしい青年だった。松葉杖がサクラの小柄な身長に合わなかったことに気づき、調節してくれたのだ。
「やさしいね、OBB…」
「い、いや、そんな…で、でも、ありがとうございます」
サクラの言葉にも、OBBは顔をあからめ、さらに、まばたきの回数がふえた。
「じゃあ、メイドちゃん。俺、いくけど…」
サクラとOBBが話してるあいだ、
呼ばれたサクラは、ふりかえって4Cを見る。
そのとき―― 一瞬だったが、ふたりの視線がまじわりあって、お互いを見つめあった。サクラは、そのとき、なんともいえない不思議な感情が、自分の中にめばえていることを自覚した。
(なんだろう…)
(この、さみしい気持ち…)
それは、出会ったばかりの彼に対して、友情や愛情や、ましてや恋愛などという、はっきりとした〈想い〉などであるはずはなかったが――この、後ろ髪をひかれるような、なんとも心細い、離れがたい名もなき感情は、いつのまにかサクラの中に芽吹き、そこに存在していた。
「ねぇ、4C…」
「…なに?」
4Cは、サクラの気持ちを知ってか、知らずか、事務的な笑顔をみせる。
4Cにとって、サクラは、たまたま自分が救出することになったエムズという以外の、なにものでもないはずだった。
おそらく、彼の頭の中は、もうすでに次の仕事のこと――武器を返却したり、報告書を作成したり――そういうことで埋まっているはずだ。
サクラというエムズを救出するという任務は終わったのだ。
それは、サクラにもわかっている。
4Cにしてみれば、エムズの救出は仕事の一環であり、似たようなシーンは、これまで何度となくくりかえされてきたことだろう。
おまけに、心づかいがこまやかでユーモアがある彼の性格は、女子の心をつかむ要素が満載だ。女子高生のエムズに「離れたくない」と泣きつかれて、困惑したこともあったかもしれない。
本来は、救出してくれたお礼だけいって、さりげなく別れるのがスマートな大人の行動なのだろうと、サクラは思う。
だが――サクラは、そこで、どうしても大人になりきれなかったのである。
「4C…また、いつか会えるかな?」
迷惑だと思いつつも、せいいっぱい何気ない雰囲気をよそおって聞いてしまった。すると、意外にも返事は即答で元気いっぱいにかえってきた。
「おお、もちろんさ!」
「ほ、ほんとうに?」
「ああ…いつでもどこでも、俺を呼べ。宇宙のかなたにいても、すっとんでくるよ!」
そう豪快に笑い「あ、そうだ…」といって、自分の作業服の胸ポケットから名刺を1枚とりだすと、サクラの目のまえに差し出した。
その名刺には、『ノアズ・アーク社、超自然科学研究所、実践科、特S社員』と書かれている。
「これ、俺の名刺。メイドちゃんに渡しとく」
「め、名刺があるの? ミ、ミリタリー系で?」
思わずサクラがつっこみを入れると、
「ああ、それは俺も思ってるさ」
と、4Cも
「営業マンでもないのに名刺なんて、経費の無駄づかい以外のなにものでもないだろ? だから俺は、こーゆーときに使うことを思いついたんだよ」
「なるほど…」
「でも、まあ…ぶっちゃけ…今回、きみに渡すのがはじめてだけどね」
ハハハと、情けなさそうに笑う4Cを、サクラはすかさずフォローする。
「つまり、モデルケースってやつ…ね?」
「そう、それ! 俺も、それが言いたかった!」
そうして、ふたりは顔を見合わせて、また笑った。
サクラは、4Cが、けして迷惑に思ってるわけではないことが、ただ単純にうれしかった。
「とにかく、困ったときは、必ず俺がたすけにいくから…」
まっすぐ、サクラをみつめるその目には、誠実さが宿っていた。
「メイドちゃん、忘れないで。俺は、このさき、どんなことがあってもきみの味方だ。それだけは覚えといて…」
「………」
サクラは、4Cの言葉のひとつひとつをかみしめるように、ゆっくりとうなずき、
「ありがとう、4C…」
そういって、彼が差し出した名刺をうけとった…と、そのとき――サクラの脳内でなにかが弾けた!
***
――漆黒の闇の中で、ゴースターはふるえる。
ついに、彼女は思い出したと…
透きとおったった内臓をゆらし、ゴースターは共鳴する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます