嘘を一つだけ
荒城美鉾
嘘を一つだけ
「へぇ、便利じゃない」
かかってきた電話の相手がわかるんです。そう話した僕に三浦さんは返事をした。シーツの上にうつぶせた三浦さんの背中が、キレイなラインを描く。その上を暖房の風が撫でていった。三浦さんはたばこに火を点ける。セックスの相手が、いつだって事後は男に寄り添ってくると思ったら大間違いだよ、と初めての日、三浦さんは言った。三浦さんがたばこを吸っている間はいつも、僕は手持無沙汰に天井を眺めている。
「あ、そうだ、あの人。武内さん元気? いじめられたりしてない? 最近会ってないんだけど」
僕のバイト先の店長、武内さんの紹介で三浦さんと僕は仲良くなった。武内さんは既婚なのだが、僕たちバイトともよく飲みに行ってくれる、楽しい人だ。
「してません。武内さんはいつも元気です」
「そっか。よろしく言っといて」
三浦さんはたばこを灰皿にねじ込んだ。最近銘柄が変わった。匂いが前と違う。セックスも同じだった。前と少し、違う。どちらも僕は詳しくないから、何がどう違うとは言えないけれど。
ベルが鳴った。ふいに割り込んだ、一本の電話。
「じゃあ、誰の電話か当ててみてよ」
「……セールスだと思います」
「じゃあ出て、断っといて」
愉快そうにそう言うと、三浦さんはシャワーをあびに行った。僕は黙って電話を取る。
「三浦? 俺。この間は楽しかったよ」
武内店長の声だった。
「今度は泊まりで行くか。大丈夫、ちゃんと出張って言っとくからさ」
僕は黙って受話器を置いた。ベッドのそばに脱ぎ散らかした服を手に取る。
少しずつ変わっていく三浦さん。三浦さんは僕に嘘をついた。だから僕も、嘘を一つだけ。
僕たちの季節は、多分もうすぐ終わる。
嘘を一つだけ 荒城美鉾 @m_aragi
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