5
セドリックの死から二年の歳月が流れ、セシリアがルディガーやスヴェンに会う機会はほとんどなくなった。互いに忙しくなったうえ活動拠点も違う。
セシリアが久しぶりに彼らの目の前に現れたとき、彼らは幼い頃からよく見知った彼女を複雑な面持ちで見つめた。
これがまだ家の近くで会ったのなら、世間話のひとつに花でも咲かせられたかもしれない。しかし、ここはアルント城にあるアルノー夜警団専用の部屋だ。
通常、一般市民は立ち入ることはできない。
質素な涸れた土色の制服には見覚えがあり、今セシリアはそれを身に纏っている。長かった金色の髪は肩上で切りそろえられ、毛先が揺れた。
セシリアはまっすぐにふたりに視線を向ける。
「改めましてセシリア・トロイです。一年の准団員期間を無事に終え、正式には明日からになりますが、おふたりの副官として任を拝命いたしました」
セシリアは准団員期間、どの分野においても優秀さを示してきた。とはいえ新人としては破格の扱いだ。
他の団員としては、思うところがあってもアードラーの娘であり、彼らの副官を務めていたセドリックの妹として溜飲を下げるしかない。
セシリア自身、周りに色眼鏡で見られるのは十分に承知している。ましてや自分は女だ。けれど入団する前からずっと希望していた立場だった。
ヴァンは、セドリックの件がありセシリアの夜警団の入団を強く反対すると思われたが、逆に『お前の好きに生きればいい』とセシリアの意志を尊重した。祖母のベティだけはセシリアの入団を泣いて反対したが、最後は渋々折れた。
スヴェンとルディガーの反応からしても、誰もがセシリアの入団を、ここに立っているのを喜んではいない。だとして、誰かのために決意して行動したわけじゃない。すべてはセシリア自身が決めたことだ。
重々しい口を先に開いたのはルディガーだった。
「本気、なのか?」
「ええ。使えないと思ったら、どうぞすぐに任を解いてください」
セシリアはしれっと返す。セドリックが亡くなった後、彼らは決まった副官をつけなかった。とはいえ位が上がっていけば、必然的に抱える部下も仕事も増えていく。
スヴェンやルディガーは今や小隊をまとめた分団の長にまでなっていた。やきもきしたのは周りで、セシリアの配属希望が叶ったのは「やれるものならやってみろ」というのもあったのかもしれない。
ルディガーは納得できずに説得口調になる。
「この仕事は血生臭いことも多い。人間の嫌な面を見るし、下手すれば命を落とす可能性もある。それに女性は特に……」
「覚悟しています」
遮った言葉は力強く、揺るぎがない。なによりセシリアの瞳は真剣そのものだ。これ以上はなにを言っても無駄だと先に悟ったのはスヴェンだ。
「俺に副官は必要ない。セドリックも基本、ルディガーについていたしな」
言い捨て、おもむろに部屋を出て行こうとするスヴェンにセシリアが声をかける。
「なにかあればなんなりと仰ってください」
スヴェンの性格も熟知しているので無理強いはしない。実力と必要さえあれば彼が私情を挟まず、自分を使うのも理解していた。
「わかった。また声をかける」
短く答えてスヴェンは部屋を出て行った。部屋にはルディガーとセシリアふたりになる。
ふと思い出した調子でセシリアはルディガーに向かって声をかける。
「ひとつ、質問をよろしいですか?」
「どうした?」
まだ現状を受け入れ切れていないディガーにセシリアは感情を乗せずに質問する。
「おふたりに恋人はいらっしゃいますか?」
「は?」
さらには想定外の問いかけが飛んできた。ルディガーが意表を突かれていると、セシリアが補足する。
「もしいらっしゃるなら、幼い頃から知っているとはいえ副官に女性である私がつくのをお相手はよく思わないかもしれませんから……」
セシリアの言いたい内容を汲み、ルディガーは苦笑する。
「妙な気遣いをするね。あいにくそういう相手はいないよ。おそらくスヴェンにも」
「そうですか」
とりあえず胸を撫で下ろす。自分の存在で彼らになにか迷惑をかけるのは不本意だ。異性というのはこういうときに不便だと感じる。
「シリー」
いつもの調子で呼びかけてきたルディガーにセシリアは瞬時に反応した。
「もうそう呼ぶのはお控えくださいね」
セシリアはルディガーを軽くたしなめた。
「名前か、いえ姓でもかまいません。私は子どもでもなければ、あなたの妹分でもない。部下なんです。身内としての斟酌はいりません。よろしくお願いします、エルンスト分団長」
はっきりと言い放つ彼女にルディガーは押し黙る。改めてセシリアに視線を送れば、幼さはすっかり鳴りを潜め、顔立ちも大人っぽく纏う雰囲気も凛々しい。
一年間の訓練期間もあったからか、いつのまにか彼女は子どもでも、自分の知る妹でもなくなっている。
覚悟を決めるのは、どうやら自分の方らしい。
「セシリア」
ルディガーが改めて力強く名前を呼んだ。
「俺たちの……俺の副官を務めるなら、俺のために命を懸けられるか?」
温和な雰囲気も茶目っ気もない。ルディガーは覚悟を問うかのごとくセシリアに尋ねる。セシリアは一切目を逸らすことなく口を開いた。
「はい。副官としてこの命も、この体もあなたのためにすべて捧げます」
「……わかった。明日からよろしく頼むよ」
ルディガーは軽く息を吐き、セシリアに手を差し出した。セシリアは彼の手と顔を交互に見て、ぎこちなく自分の右手を差し出す。
緊張し指先に神経が集中する。わずかに彼と触れ合った瞬間、ルディガーが自分の方にセシリアを引いて強く握った。そして彼女の頭に自分の額を預ける。
「先は長いんだ、今日はゆっくりお休み。シリー」
そばで囁かれた優しい声色と手から伝わる温もりが体中を駆け巡る。すぐさま彼に目を向けると、物言いたげなセシリアに対しルディガーは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「明日から、なんだろ?」
今はまだセシリアは自分にとって大事な妹分というわけだ。ルディガーは言い聞かせる口調でセシリアに告げた。
「部下になったとしても、俺にとって君が大切な存在なのはなんら変わらないんだ。これだけは覚えておいて」
上官からは身に余るほどの言葉だ。セシリアはなにも返せないただ、しばらく握られた手は異様に熱かった。
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