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しばらくして、派遣されていた団員たちが帰還したとの報せを受けた。遠征後は、まとまった休暇が与えられるはずだ。
祖母と手料理を準備してセシリアは兄と父の帰りを待った。今回、兄の口からはどんな話が語られるのか。
逸る気持ちを抑えていると、玄関に人の気配を敏く感じ取った。セシリアは躊躇いもなく笑顔で駆け寄る。
「おかえりなさい!」
しかし扉の向こうには兄と父ではなく、父とスヴェンの姿があった。どちらも険しい表情で、ヴァンに至っては左肩を大きく負傷し布で乱暴に覆われている。
ただ事ではない状況にセシリアは動揺が隠せない。するとヴァンが唇を震わせながらも、擦れた声ではっきりと告げた。
「セドリックは死んだ」
なにを言われたのか思考が停止し、頭が真っ白になる。そんなはずないと瞬時に否定しようもするも、声も出ない。セシリアの感情を待たずに、スヴェンが淡々とセドリックの最期を語り出す。
彼は敵に敗れたのではなく、戦に巻き込まれそうになった現地の子どもを庇って命を落としたのだと。
嘘だと思いたいのに、戦士としてはなんとも間抜けなのが優しすぎる兄らしくて、嫌でも受け入れざるを得ない。
父が部下の死を家族に告げる場面を何度か見たことがある。泣き崩れる者、責めたてる者。そして、こうして覚悟をしていたとその場では冷静に返す者。
報告する父の辛さややるせなさも十分に感じてきた。だからセシリアの取るべき行動は決まっていた。
「そう、ですか。報告を……ありがとうございます」
決まりきった文句をなんの感情を乗せずに返す。セシリアの反応にスヴェンはわずかに目を見張ってから顔を歪めた。
そこにやってきた祖母が事態を聞き、膝を折って号泣する。セシリアは祖母を支えつつ、自分に降りかかっている事実がどこか他人事に感じた。
セドリックの遺体は持ち帰られ、葬儀も滞りなく行われた。
眠っているよう、とはよく言ったものだが兄の死に顔は穏やかでも険しくもなく、無表情に近かった。夜警団として追悼の意を捧げられ、形式的に国王からも弔事を賜る。
なにもかもがよくあることとして片付けられる。人が亡くなるのも、この現状で団員が命を落とすのも、ありふれた事柄として処理されていく。
結局、セシリアは最後の最後まで泣けなかった。
薄情な妹だと思う人間もいれば、さすがはアードラーの娘だと感心する人間もいる。でもそんな外野の声などセシリアにとっては全部どうでもよかった。
葬儀で遠巻きにスヴェンやルディガーの姿を見つけたが、互いに口は利けなかった。
クラウスは王家として責任を感じているのか、申し訳なさと悔しさを滲ませ言葉数は多くはなかったが哀惜の念に堪えないと自分たち遺族に声をかけてきた。
スヴェンは疲れ切った酷い顔をしており、他者を寄せつけない荒み切った雰囲気が痛々しく、かける言葉も見つからない。
ただルディガーだけは遠巻きに見ただけで、どのような表情をしていたのかさえ確認できなかった。
ずっと会っていない。負傷した父が職務に復帰し、彼らの様子を窺うもいつも通りだと短く返されるだけだった。
空虚感が脱けない。
時折、ルディガーは大丈夫だろうかと密かに彼の心配をして日々は過ぎ去っていった。
セドリックの死から二ヶ月が経ち、生活も気持ちも徐々に落ち着く頃、セシリアは森に行く途中で偶然ルディガーを見かけた。どうやら非番らしい。
長い間話していない気まずさもあるが、ここは思い切って声をかけようと試みる。
ところが少し距離を縮めて、彼のそばにエルザがいたのに気づき、すんでのところで思い留まった。
わずかに見えた横顔からルディガーがいつも通り微笑んでいるのがわかり、セシリアは慌てて踵を返す。彼らに背を向けて目的地を目指した。
そうだよね。私が心配しなくても、彼には婚約者がいる。彼女の存在が慰めになっているなら……。
薄情だとは微塵も思わない。元気でよかった。むしろ自分と会えば、兄とのことをあれこれ思い出させて余計につらい思いをさせるかもしれない。
セシリアは勢いよく駆けて森の奥へと進み、よく父に内緒でセドリックに剣やナイフ投げを習っていた場所にやってきた。
森の中でわずかに木の空いたスペースがあり、格好の秘密の練習場だった。訪れたのは久しぶりで、いつも的にしている木にはナイフ跡がいくつも残っている。
『いいかい、セシリア。止まっている的に当てるのと動く標的を狙うのとは、わけが違うんだよ』
不意に兄の声がリアルに蘇る。セシリアは袖口に潜ませていたナイフを素早く指の間に滑り込ませ、挟んで構える。そして勢いよく右手から放たれたナイフは風を切り、わずかな時間差を開けて木の幹に縦に一直線に並ぶ。
『先を見越して、相手の動きを予想して投げるんだ』
続いて視線を移し、生い茂る枝の先からわずかに葉が落ちてくるのを今度は一枚ずつ狙って左手からナイフを飛ばす。
何枚もの若い青葉は木の幹に
腕は鈍っていない。なのに気持ちは沈んでいく一方だ。
セシリアは近くの幹に背を預け、そのままずるずると根元に腰を落とした。
袖口に余裕のある青のワンピースが汚れるのも気にしない。項垂れば長い金の髪も地面につくが、もうどうでもよかった。
私も、前に進まないと。
ぎゅっと体を縮め、必死で自分に言い聞かせる。いつも通りに振る舞っているつもりだが、セシリアの心の奥底はずっと澱んで濁っている。
重たくて暗い感情を上手く自分で吐き出せず、処理もできない。
なんで私だけ、できないの?
父も祖母も、スヴェンもクラウスも、ルディガーさえ思うところはそれぞれにあるだろうが自分の債務をこなし、日常に戻っている。いつまでも中途半端な自分が情けなくてしょうがない。
セシリアは体勢を変えず、その場でしばらくじっとしていた。今日は日差しが心地よく暖かい。どこからか虫の鳴く声が聞こえ、さんさんと降り注ぐ太陽光は深緑を通してほどよい明るさと穏やかな空間を作り上げている。
ずっと浅い眠りを繰り返している不眠気味の体は、ゆるゆると睡魔に攫われていく。投げやりな気持ちもあり、セシリアは素直に受け入れた。
兄さん、私どうすればいいの?
静かな問いかけに返事はなく、セシリアの意識はすっと
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