第2話 初のキス

 そして、期末考査の最終日。


 冬雪ふゆきが初めて恋人を連れてくる日。


 amenoアメーノは準備中の看板を下げ、ハルとアキはいつものように、遅めのランチを食べていた。


 七尾事務所のお昼休みは、12時から13時だが、全員で事務所を空けるわけにもいかない。


 従業員の史花と旬を昼休憩にやった後、所長のハルは14時過ぎから休憩入るのが常になっていた。


「ただいまー! ハル、アキ、夏海なつみを連れてきたよ‼︎ 」


「こんにちは。初めまして。俺、真崎 夏海まさき なつみっていいます。宜しくお願いします」


「「?!」」


「ほら、そんなとこに突っ立ってないで、こっちに座って。 紹介するね。僕の父さん達。座ってるのが、ハルで、立っているのが、アキ。 ねえ、アキ、クリームたっぷりのアップルパイお願い! あと、大人ココアも! 」


「ふふっ。分かったよ。夏海なつみ君も同じで良いの? 飲み物は別の物にしようか? 」


「すいません。 じゃカフェラテにして下さい」


「はい。りょーかい」


 2人は、あっと言う間に平らげて、少し話した後、さっさと上の自宅へ帰って行った。


「なぁ、アキ。 男の子だったなぁ」


「ふふっ。そうだね」


「やっぱり、俺たちの悪影響なのかな? 」


「うーん。悪かは分からないけど、ま、ハードルは低かったかも? 」


「さっきさ、『勉強するから来ないで』って言ってたけどさ、ホントに勉強してると思うか? 」


「また。 そう言う野暮な事言わない。自分だって経験あるでしょ? 」


「いや…… それが無いんだ。大学生になって一人暮らし始めてからなんだよ。それまでは、じいちゃんちだったし工場の仕事忙しかったし。そう言う、アキは? 」


「うん。 あるよ。 うちは両親仕事で遅かったから、好き放題にサルってた」


「はぁー。なんか心配」


「それで、避妊は大丈夫って事だったのか。でも、ゴムとか必要だよね? ちゃんと用意したのかな? 」


「そっちの心配かよ?!」


「だってちゃんとしてあげないと、夏海君が可哀想じゃない? 」


「えっ? 」


「あれっ? 」


「冬雪って、どっちだ? 」


「分からないけど、タチじゃない? 」


「そうかな? ネコっぽいだろ? 」


「「…… 」」


 2人は顔を見合わせ頭を悩ませたのだった。


 *


 その頃、自宅では、2人は発音の練習をしていた。


「girlって発音難しいよなぁ」


「うん。僕も苦手。後でアキに教わろうか?」


「そうだな。ところで、アキさんは何人なんだろう? 」


「なんかね。イタリアとかシンガポールとか日本とか、いっぱい混じっててよく分からない。でも、英語とイタリア語は上手だよ! 」


「へぇ」


「アキのおじいちゃんとおばあちゃんはシンガポールに居るんだ。僕も連れて行ってもらった事ある」


「良いなぁ。フユの家って、なんだかインターナショナルなんだ」


「そうなのかな? そもそもが珍しいからね」


「ガール。ガール。ガール。girl。!? 今のいけた?」


「うん。いけてた!!」


「そもそもが珍しいって? どういう意味? 」


「僕、ハルともアキとも血が繋がって無いんだ。このウチ赤の他人の集まりなの」


「そっか。そうなんだ。寂しくないか? 」


「ぜーんぜん。だって覚えて無いし。母さんの代わりも全部全部2人がやってくれるんだ。いつも一緒に居てくれて、寂しい思いした事無い」


「それなら少し安心した。でも、なら何でここのウチの子になったんだ? 」


「うん。母さんが死んだ事故が店の前で起きたんだって。誰かが迎えに来てくれるまでって預かったらしいんだけど、誰もこなかったの」


「なんか、切ないな」


「ほんとだよね。 でも、その頃の事で覚えてるのは、お子様ランチ! 毎日、色とりどりのスゴく可愛いゴハン、アキが作ってくれたんだ! 最初は母さんが迎えに来てくれると思ってたんだけど、だんだんそれは無いんだって分かってきた頃は寂しかったんだと思う」


「そっか」


「それで、ここのウチの子になるか?ってハルに聞かれて、なる!って答えたと思う。施設の見学にも行ったんだけど、ここにいる方が楽しかったんだ。アキと一緒にお菓子やゴハン作ったり、ハルと一緒に色んな乗り物に乗って、会社に行ったり、そして、天国にいる母さんにその日有った事報告するのが日課になって。母さんは天国から見てくれてるって、僕の声は届いてるって教えられたから、それを素直に信じてた」



 夏海なつみは少し潤んだ目をしていた。


「泣かないで。本当に寂しく無かったんだ。なんで、ぼくには父さんが2人居るのかな?と疑問に思う事は有ったけど」


「でも、今日来て分かった。冬雪ふゆきは、2人を見てたから、俺の事も拒絶しなかったんだな」


「そうかも。愛には沢山のカタチが有るって事は、ここで自然と知って行ったから」


 頬に夏海の手が伸びてくる。


 あ、キスされるんだ。


 思わずキュと、目を閉じた。


 触れるだけの優しいキス。


 目を開けると、夏海は優しく微笑んでいる。


「冬雪は、恋愛対象は男? 」


「よく分からない。好きになったのは夏海が初めてだから」


「じゃ、一人でする時は? 何をオカズにしてる? 」


「えっ? 一人で? 」


「オナニーで、抜かないの? 」


「オナニー? 」


「マスターベーション。保体でやったろ? 」


「…… っ‼︎ しない!してない! 」


「マジか。朝勃ちは? する?」


「それは…… する。 でも、ほっといたら治るし」


「もしかして、精通まだなのか? 射精した事無い? 」


「…… うん」


「なら、冬雪が出来るようになったら、抜きっこしよ。気持ちいいよ」


「分かった」


 もう一度キスされた。


 さっきより長いキス。


 なんだか、胸の奥がムズムズした。


 *


 翌朝。


「アキー!アキ。アキッ。アキ‼︎ 」


 バタンと寝室のドアが開く。


 ハルもアキも、突然の騒音に一気に夢から覚めた。


 ハルは、アキの腕枕から頭を上げ時計を見る。


「まだ、6時前じゃないか。どうした? 怖い夢でも見たか? 」


「大変!大変なんだ!」


 その様子に何かを察したアキは、ゆっくり起き上がり、冬雪をバスルームへといざなった。


「冬雪。もしかして、夢精した? 」


「……うん。 僕、寝てる間にいやらしい夢見ちゃったのかなぁ? 」


「違う。違う。コレは普通の事なんだよ。そんな夢見なくても、こうなっちゃうんだ。心配要らない」


「アキも? 」


「うん。僕も子供の頃に経験あるよ。多分、ナナさんだってあるはずだよ」


「ハルも? 」


「そう。恥ずかしい事じゃない。成長の証なんだ。これからは、時々、自分で抜いてあげると良いと思うよ。やり方分かる? 」


「多分。…… 大丈夫だと思う」


「そう。じゃ、シャワー浴びておいで。朝ご飯作っておくから」


「分かった」


「なんだったんだ? 大丈夫だったのか? 」


「うん。何も問題ない。精通が来たみたい」


「あぁ。もうそんな歳なんだな」


「この前、避妊がどうとか言ってたクセに」


「んー。 …… で、俺はどうしたらいい? 」


「別に何も。 普段どおりで良くない? 変にお祝いムードなのも、恥ずかしいでしょ? 」


「それもそうだな。昨日の夏海との事、心配なかったって事か」


「ま、キスくらいはしたんじゃない? 」


「そうなのか? 」


「知らないよ。自分で聞いてみたら? 」


「そんなっ。聞けるわけないだろ」


「なら、そっとしておこう。冬雪は何か困った事が有ったら言ってきてくれると思うよ」


「ん。そうだな」


「ナナさん、こっち見て」


 アキがハルのアゴを摘んで、上を向かせる。


「ん? …… んっ。 …… んん」


 いきなりの深いキスに驚き胸を叩く。


「ゴメン。 なんだか嬉しくなっちゃって」


「バカ。冬雪に見られるだろ! 」


「いいじゃない。キスくらい。コレだって勉強のうちだよ」


「早くゴハン作らなくて良いのか? 」


「ハイハイ。ナナさんも手伝って」


「分かった。俺は目玉焼きの係な」


「うん。お願い」



 シャワーから出で来た冬雪は、若干顔を赤らめハルの隣に来た。


「…… ねぇ。ハル? ハルも夢精した事ある? 」


「そりゃあるさ。当たり前だろ? 」


「ホラねっ? 」


 トマトを切りながら、アキがウィンクをした。


「これって、これから毎朝なるの? 」


「そうならない為に、自分で抜くんだ。手伝ってやろうか? 」


「いい、いい! もう。ハルったら何言ってるのさ」


「冬雪も、大人の仲間入りだな。 さ、出来た。食べよう」


 少しはにかんだ笑顔で、冬雪は目玉焼きの乗った皿を運んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る