僕冬ツレ夏、父さん達は春と秋
とまと
第1話 初の恋人
「アキ、聞いて!聞いて! 」
「お帰り、
「ハル、何食べてんの? 美味そう! 」
覗き込むと、アキの作ったアップルパイを食べていた。
「もちろん、
「分かった! 」
厨房の裏にある、食品庫にカバンを放り投げ、その奥のロッカールームで念入りに手を洗い、うがいをする。
毎日の日課だ。
今は、期末考査の真っ最中で、部活は無し。
だから、2人のティータイムに間に合って、美味しいオヤツにありつける。
アキのアップルパイは絶品だ。
店のカウンターに戻り、ハルの隣の席に腰掛ける。
「アキ、生クリーム、たっぷりね! 」
「だと思った」
パイの横に、こんもりと生クリームを盛り付けてくれる。
「そして、大人ココアも」
「はい、りょーかい」
「冬雪、甘いものに甘い飲み物だと、口の中
おかしくならないか? 」
「ぜーんぜん! 僕にはベストマッチだよ!」
ハーブティーを飲みながら、呆れ顔だ。
お僕は、
中学1年生で、13歳。
僕には、お父さんが2人居る。
1人は、
自社ビルで、社会保険労務士事務所を営んでいる、中性的なクールビューティ。
もう1人は、
同じビルで営んでいる、カフェ
僕たち家族には、血の繋がりがない。
だから、顔も似ていない。
母さんは…… 俺が3歳の時、交通事故で亡くなった。
母さんと離婚していた父親は既に新しい家族が居た為、僕を引き取るのを拒んだらしい。
よく知らないけど。
まぁ、ソコは全然気にしてない。
だって、今、僕は幸せだから。
兎に角、父親が拒んだお陰で、この2人が親代りになって僕を育ててくれたんだ。
ハルは、僕の“法定代理人”なんだって。
「ところで、僕に聞いて欲しい話ってなんだったの? 」
「そしかして、俺がいちゃマズイ話か? 」
「ううん。そうじゃない。2人に聞いて欲しいんだ」
「なに? 言ってごらん? 」
「あのね、恋人が出来たんだ!! 」
「へぇ。良かったな。それで、どんな子なんだ? 」
「隣のクラスの子でね、
「そうなの? スゴイなー、冬雪は。それで最近、発音とか気にしてたんだね! 」
「確かに凄い事だな。 それで? どうして恋人に? 」
「うん。 さっき告白された‼︎ 帰国子女でもないのに、自分より英語が上手くて驚いたって。それで、気になってるうちに好きになってたんだって! スゴくない? 」
「ん? そこは凄いのか凄くないのかよく分からないな」
「それで? 付き合う事になったの? 」
「アレ? どうなんだろ? 」
「えっ? 冬雪は何て答えたの? 」
「んと。『嬉しい』って言ったよ」
「他には何か言わなかったのか? 」
「うん。早く2人に知らせたくて、『また、明日ね。』って帰ってきちゃった」
ハルとアキは2人とも、眉を下げて呆れ顔で苦笑して僕を見ている。
間違っちゃったかな?
「ところで、
「うん! 僕がアップルパイが好きだって言ったら、弁論の練習の日に、リンゴの入ったパウンドケーキ作ってきてくれたんだ。美味しかったし、優しい子だなぁって思った。だから、好きだよ! 」
「食べ物で、胃袋掴まれた感じか」
「そうなのかな? でも、今度
「勿論、良いに決まってる。 今度ここへ連れておいでよ」
「やった! 」
「期末考査が終わってからだぞ」
「分かってるよ! 」
「最終日なら、早めに学校終わるんじゃない? 部活も無いし、狙い目かもしれないよ? 」
「あ、そうだね。 明日話してみる! あとさ、今度僕たちの練習、聞いてくれる? 」
「お安い御用」
「俺は良いのか? 」
「うん。 発音は、断然アキのが上手いもん」
「そうか。俺、英会話スクールに通うかな」
「もう、ナナさん。そんな事で拗ねない!」
「いいな。アキは。頼りにされて。英語も、料理も上手いもんな」
「ナナさんったら」
「あはは。2人は本当に仲良いな。僕たちも、夏と冬で上手く行くような気がする」
「冬雪。1つだけ言っておく。その時が来たら避妊だけはしっかりな」
「えー? それは大丈夫だよ……。もう!恥ずかしいな! 僕、上に帰るね」
「うん。落ち着いたら、ご飯を食べに下りておいで」
*
「もう、ナナさんったら。イキナリあんな事言って」
「でも、大事な事だろ? 」
「そうだけど! もう少し2人の関係が進んでからでも良くない? 」
「そうかもしれないが、ちょっとしたキッカケで、いつどうなるか分からないだろ? 」
「そうなんだけどさ。言い方とかタイミングとか、もう少し考えてあげようよ。デリケートなお年頃なんだから」
「分かった。すまない」
「僕に謝られてもね。後で、ちゃんと冬雪に謝っておいてよ」
「そうする」
冬雪との出会いは、10年前に遡る。
いつものように、ティータイムを楽しんでいた午後3時。
外から、キーという高いブレーキ音と、何かが爆発したような、パーンをいう大きな音の後、ガシャンと壊れる音が立て続けに響いた。
すぐに外に出てみると、店の前の電柱にぶつかった車が大破しており、少し離れた場所に人が倒れていた。
駆け寄ってみると、若い女性が頭から血を流して倒れており、その傍らには小さな男の子が、『ママ。ママ』とその女性の肩を揺らしていた。
泣いてはいなかったが、それはこの状態を理解していないからだろう。
しかし、不安そうな面持ちで、『イタイ?』『おきて』と懸命に話し掛けていた。
その惨状を目の当たりにした俺たちは、直ぐに、警察と消防に連絡し、一先ず迎えが来るまで男の子を預かる事にした。
直ぐに誰かが引き取りに来るだろうと思っていたのだ。
しかし、現実は残酷だった。
警察によると、母親は即死。
しかも、離婚していた為夫が居ない。
元夫は、既に再婚して新しい家庭が有り、この子を引き取りには来ないのだと言う。
母方の祖父母は亡くなっていた。
しかも、母親はひとりっ子だった為、この子の叔父や叔母にあたる親戚も居ないと来た。
自分も交通事故で家族を失ったが、まだ、祖父が居た。
年齢も分別のつく中学生だった。
この子は、おそらく施設に行く事になるだろう。
名前を聞くと「ふゆき」と教えてくれた。
この子のこれからの人生は厳しいものになるだろう。
自分ですらそうだったのだから、こんな小さな男の子の近い将来なんて、容易に想像がつく。
なんとかしてやりたいと思った。
なんとかしてこれから訪れる悲しみから守ってやりたい。
愛情を与えて安心して生活出来る環境を作ってやりたいと思った。
本来であれば、子供を望むご夫婦のところに貰われて行くのが一番だろう。
だが、この子は数日でこの環境に、すっかり、随分、馴染んでしまった。
母親が亡くなった事をまだよく理解してない事もあるだろう。
どうしてやるのがベストだろうかと、考えてあぐねていた。
「ナナさん、あの子の事、引き取りたいんでしょ? 僕はね、賛成。幸いにして、部屋も有るし、僕たちは自営業者で、多少の時間の自由が効く、もうミルクが必要な年じゃないし、2人で協力すれば、なんとかなるんじゃないかな? 」
「だけど、あの子にとって、デメリットはないかな?」
「多分、有るんだろね……。同性カップルだから、永遠に母親は出来ないし、もしかしたら、僕たちの関係が悪影響を及ぼすかも知れない」
「そこなんだよなぁ」
「でもね、どんな事にも、良い事と、悪い事の両方の側面があると思う。良い事しかない場面なんて想像出来る?」
「んー」
「それにね、もう少し大きくなって、ふゆきが現実を受け入れた時、それを理解して、支えになってあげられるのは、ナナさんしか居ないと思う」
アキに背中を押されたオレは、役所に何度も足を運び、何とか法定代理人の手続きを済ませた。
同性カップルの場合、2人とも親になる事は出来ないから、紙の上では、俺が後見人として親代りとなる。
養子縁組はまだしない。
本人が大きくなった時に自分の意思で選ばせようと思った。
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