第4話

新学期が始まって一週間がたった。

焼き尽くすような日差しはさほど変わることはなく、絶命した蝉の死骸ばかりが道路脇を歩く足下に増えていく。


一週間前、始業式に伝えられた一人の少女の命がこの世界から消えてなくなったというショッキングな出来事は、過ぎる時間がそのインパクトを薄めていったらしい。

初めは悲痛な声でざわめいていたクラスメートたちもいつの間にか落ち着きを取り戻し、彼らの中では普段と何ら変わらない日常が繰り広げられはじめた。


彼女の机には立派な花瓶が置かれることになったようだ。真面目で何事にも熱心な学級委員長の提案。遠目に見た彼女がいたはずの場所には、満場一致で採用されたその案により、色とりどりの花が所狭しと生けられていた。


まるで学校みたいだ。その花を見て思う。

主役の花、脇役の花。

邪魔者としてむしりとられる葉っぱ。

そういう序列を忌み嫌っていたというのに、死んでしまったあとまで「学校」につきまとわれる彼女は不幸だ、と僕の中の冷静な部分が思う。


僕はといえば、普段と変わりない日常を過ごしていた。少なくとも表面上は。

ただその内面では、凄まじい嵐が吹き荒れているかのようだった。


図書室にはあれから一切近づいていない。

いつものあの席に座っても、もう彼女は来ない。それを体感してしまうのが怖かった。

図書室から見えた裏庭も、あの空間独特の古い紙の匂いも、僕の中ですべてが「三嶋葵」という存在に直結している。

その事実に、僕は驚愕する。

こんなにも僕の中で、三嶋葵は大きい存在だったのか。

それとも、「死」という現実離れした結末が、そのように思わせているのだろうか。


今の僕は、僕自身のことすらろくに分からないでいるのだ。


僕と三嶋葵がつながっていることを知る者は、僕たち以外いない。

クラスも違ううえに、社交性というものをいっさい持ち合わせていない二人だ。誰もがここに接点があったことを知らないだろう。


だからこそ、僕は今、自分自身の感情に対して整理ができないでいる。

この、説明のつかないモヤモヤを誰かと分かち合えれば、もう少し彼女の死に納得できたのかもしれないのに。


いや、誰かと自分の感情を分かち合いたい、など考えている時点で、もう十分自分らしさを失っていると言えるのかもしれない。

誰とも相容れなかった人生だ。唯一距離感を感じなかった相手が当事者なのだから、もう手の打ちようがなかった。


そして、彼女の死を知ってから、僕は考え続けている。

なぜ彼女が死を選んだのか。

二学期が始まろうという新たな日々を、自らの死をもって飾ったのか。

少なくとも、僕といるときの彼女は非常に安定していたし、むしろ自分の方が死に近いのだと思っていた。

それなのに、先に飛び立ったのは彼女の方で。


別に、彼女の死を止めたいと思ったわけではない。

薄情者だと人は言うだろうか。

こういう感情こそが僕という人間に欠けている情緒なのかもしれないけれど。

それでも、彼女が死を決意したのなら、きっと僕には止められない。

止めてはいけない、と思うのだ。

僕たちの関係は、ただ無言でお互いの存在を受け止める、そういった関係だったと思うから。

だから、ただ知りたいのだ。

なぜ彼女にはその方法しかなかったのかを。

考えても考えても分からない。

その答えは、三嶋葵自身が握ったままだ。


先生の誰もが彼女の死について、亡くなった、という事実以外多くを語らなかった。

不慮の事故のため。そんなありふれた言い訳が高校3年生に通用するはずもなく。

誰かが聞きつけてきた一人の少女が選んだ死の方法は、様々なバリエーションをもって今も語られている。

「マンションの15階から飛び降りたんだって。コンクリートにたくさん血が飛び散ってたらしいよ」

だとか、

「自分の部屋で首を吊ったみたい。お母さんが第一発見者だったんだって」

だとか、それはもうおもしろいくらいにたくさん。


ハンカチを握りしめながら、眉をひそめながら、少女たちはついこの間まで共に机を並べ同じ空間で授業を受けていた一人の女の子の死について途切れることなく語り合う。

こういう噂というのはどこまで本当なのか分からない。

みんながみんな、面白がって勝手に物語を作り上げていくから。


そして、その話は自然と僕の耳にまで入ってきた。こんな地味な生徒にまで聞こえるほどネタにされてしまっているということに、また僕はなんとも言えない皮肉を感じる。

目立つことを嫌うがゆえ独自の存在感を醸し出していた彼女の生き様そのもののようで、どうにも可笑しい。


正直言えば、そんな話を僕に聞かせないでほしかった。

どんな方法を選んだのか、誰が発見し、どういう状況だったのか。

そんなことを知ったところで何になるのだろう。

そんなことを知ったところで、三嶋葵は帰ってこない。

今ここに、三嶋葵がいないということ。

その事実だけが、僕には大切なことだったのだ。


ああ、もう一度。もう一度だけでいい。

キミに会いたい。









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