第3話

幼い頃から、どこにいても居心地の悪さを感じていた。

友達と遊ぶことよりも読書を好み、外での活動よりも部屋で絵を描くことを選んだ。


なぜ人は群れるのだろう?

そして、なぜ人はみんなと同じであることを好むのだろう?


そんなことを考えている僕は、当然いつだって一人で。

それでもそれを苦痛とも思っていなかった。

自分を偽ってまで誰かと行動を共にしたいとは思えなかったし、自身の心の安定のためにはあるがままの自分でいたかったから。

もちろん年相応の寂しさも持ち合わせてはいたが、それには極力見ないふりをして来たように思う。

ただ自分に正直にありたい、そう思っていたから。


子どもらしいキラキラした瞳や快活な笑顔を持たない僕は、親でさえ可愛げを感じられなかったのだろう。いつの間にか生まれた微妙な距離感が、今に至るまで続いている。

そんな息子だからか、両親は家庭よりも仕事に精力を注ぐようになっていた。

両親の遅い帰宅。一人の食事、一人の就寝。

何でもなんとなく一人で出来る子ども。それが僕だったのだ。

リビングでの家族団欒、なんてあるはずもなく。

僕の最大の居場所は自室で、そこだけが唯一僕が僕で居ることを許してくれる場だった。


だからと言って愛されなかったわけではないと思う。

こういう子供に対しての愛し方を、両親は分からなかったのだろう。

それが自らの考えやモノに対してのスタンスが生み出した結果であることは明白だった。

それでも、陳腐な言葉で言えば、僕は「愛されたかった」のだろうと思う。

何となく避けられる視線とか、心の奥を探りあうような会話とか、そういうものではなく。ひたむきな愛というもの。

それを僕自身が持ち合わせ、表現できていたのかと言えば、自信を持って「そうだ」とは言い切れないけれど。

非常に分かりにくい形ではあったと思うけれど、それでも僕は家族を愛していたのだ。



何となく居心地が悪いのは、家だけではない。

明るくハキハキした生徒がクラスでも上位に位置する「学校」という場において、僕の存在はひどく異質なものだったらしい。

それでも、表立っていじめられたことはない。

いじめにつながる軽いいたずらめいたものを仕掛けられても、僕のリアクションはそれを仕掛けた人間にとって面白くもなんともないものだったから。

「気持ち悪っ…」

そんな言葉を吐きかけられることで、事態は収束した。


傷つかないわけはないのだ。

キモチワルイ、と言われて喜ぶ子どもはいないだろう。

それでも平気な振りをするのは、僕のプライドだ。こんなことでショックなんて受けない、という明確な意思表示をして、それはそのまま彼らに伝わった。


そこから僕に与えられたのは「いじめ」ではなく、明らかに異分子のものを見る視線。

僕が自宅で感じる居心地の悪さと何ら変わらないものだった。


慣れている、と言えばそれまでだ。

僕はそういう存在なのだ、と常に自分自身に言い聞かせてきたから。

それでも、やはりキラキラまぶしい学園生活の中に存在せざるを得ない異分子である自分の存在が、どうしても苦しくなることもある。

そんなときに僕が逃げ出したのは、学校の敷地の隅の方にある図書室だった。


特に本が好きだったわけではない。

人並み程度の読書量、読解力。

それでも図書室は静かで、薄暗くて、それでもどんな人間が入ってきても受け入れてくれるような包容力を感じさせていて。

その存在感に、どうしたって惹きつけられたのだ。


図書室は一般の学校の図書室、というイメージよりも大きい建物だ。

大学の付属高校、という利点だろうか。

大学生の論文のための書庫が地下にあり、一階はかなりの数の蔵書が並べられている。そして二階が自習室を兼ねたフリースペースとなっていた。

僕の定位置は、二階の階段から一番遠くにある席だった。

なぜそんな作りになったのはかは分からないけれど、その席はほかの席からぽつんと一つ離れていた。隣には小さな窓があり、図書室の裏側にある学校の庭の木々の間から光がやさしく差し込んでくる。しかもほかよりも一回り小さいその白い机は、2階に唯一置かれている大きな本棚の背中に隠れていて、僕にとっては絶好の場所だったのだ。


昼休みも放課後も、僕はその席にいた。

隠れるように、匿われるように。

普段よりも静かだけれど、それでも笑い声や話し声に満ちたその場所で、僕は意図的にそれらの音を遮断し、そっと息を吐く。

学校という閉ざされた空間の中で、僕が唯一僕でいられる場所。

見たこともないような分厚い本に囲まれながら、やっとのことで僕は心の底から落ち着くことができるのだった。


桜の花が散り、新緑のまぶしさに目を細め、猛暑の光を遮ってくれる存在感に安堵し、葉の色づいていくのを日々眺め、そしてすべての葉が落ちて。

そんな風に季節が巡るのを、この場所からずっと眺めていた。

そして、三回目の桜のときを迎えたとき。


「…えっ」

いつもの席に座り、一心不乱に本を読む見慣れぬ黒髪の少女。

まさかこんなところにほかの誰かがいるなんて。

予想もしなかったじたいに、しばし固まる。

それは、僕の城がついに僕だけのものではなくなった瞬間だった。









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