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「――というわけなんです!!」


「はぁ……なるほどとはならないけどな」


 やはり世話しなくジェスチャーを交えながら、尻尾と耳をぴこぴこ動かしながら話すまた子。


 以前飼って貰っていた飼い主に恩返しをするためにねこまたへと成ったのだが、いかんせんかなり昔のことであり飼い主を探しながら放浪していると、べろべろに酔っ払った俺を見つけたという訳であった。


「その飼い主ってのはこの辺りに住んでるはずなのか?」


「はい、猫だったときの記憶をたどってここまで来たのですが、中々見つからずに……」


「泥酔してる俺を見つけたってことか」


「なんか飼い主と同じような臭いがするなーと近づいてみたらあなた、竜也さんが倒れていました」


「なるほどなぁ」


 また子はしょんぼりしながら正座をし、床にのの字を書いていた。


「まぁ、がんばって飼い主を探してくれや。じゃあな」


 とても飼い主思いでいい妖怪じゃないか。妖怪っていうのは何だか怖いものだと思っていたが、案外そうでもないんだなぁ。


 俺がそんな回想で締めくくり、布団にもぐろうとしたその時、俺がタオルケットを体にかけ、横になるのを制止する手が伸びてくる。


「ちょっと待ったぁー!!」


「うわっ なんだよ。早く出ていってくれよぉー」


「ちょっと待ってくださいよぉー! こんな話まで聞いて、私を追い出すんですか! 助けてあげたじゃないですかぁ!」


 こいつ意外と恩着せがましいやつだなと思ったものの、実際家まで運んでくれたのはこいつだしなぁと思う俺もいる。


「じゃあどうすればいいんだよ」


 するとまた子は申し訳なさそうな表情をしっかり作ってから、全く悪びれた感じも申し訳なさそうといった感じがない声音で俺に言った。


「一緒に飼い主を探してくれると嬉しいなぁ……なんて」


「無理ですね」


 俺は即答。


「えぇぇっ!? そんな殺生なぁ! 助けてあげたじゃないですかぁ!! 何でですかぁ!」


 これは誠に苦渋な決断だ。助けてやりたいのは山々だが、俺にそんなことをする道理はない。まぁ、助けてもらったことは確かに感謝しているが、それとことは別問題であるのだ。


 うわーんと泣きつくまた子。泣きたいのはこっちである。俺は彼女に二股かけられて捨てられた男ぞ? もう人のことなんて考えてられないぐらい気づいてるのだ。というか妖怪のことか。


 ぐすぐすと泣きながら、俺の自室の散らかった床に座り込む彼女。自分の部屋で女の子が泣いているというのはいささか不味い状況でもあるし、困ったことではあるが、俺に彼女を救うことはできない。というか面倒くさい。


 そこでこいつ薄情なやつだなと思った諸君。いきなり押し掛けてきた訳のわからない妖怪を名乗る美少女に、知らない人を探す手伝いをしてくれと頼まれて、君たち快く素直に即答で受けれることができるだろうか。というか改めて字面だけでみるとめちゃめちゃ面白い状況ではあるな。というか俺は誰に語りかけてるんだ。


 そんなことを考えていると、いつの間にやら泣き止んでいた彼女がぼそりと呟いた。


「なら、交換条件です……」


 その顔は先程の泣きじゃくる情けない顔から何か策を思い付いた軍司、いや悪巧みを画策したガキ大将程度だろうか、そんな悪そうな顔になっていた。


 ひきつらせた笑みのまま、また子は続ける。


「あなた彼女に二股かけられてたらしいですね」


 何だこいつ、喧嘩売ってんのか?


「そうだよ。だから今は心のケアで忙しいから手伝えないんだわ!」


 やけくそにいい放つ。自分で二股だのなんだのと口にする分にはあまり傷つかないが、改めて人に言われると結構来るものである。というかなんでこいつ知ってるんだ?


「泥酔しながら喚いてましたよ。どうして俺じゃないんだ! とか俺は君を信じてたのに! だったりね」


 嫌らしい笑みを浮かべるまた子。前言を撤回しなければならない。こいつはいい妖怪なんかじゃない。妖怪はやはり妖怪だ。誰か知り合いに陰陽師がいる方は是非連絡先を教えて欲しい。


「まぁ、だとしても俺がお前の人探しを手伝う理由とはならないだろ」


「だから言ったじゃないですか、交・換・条・件だって」


 なんでそんな一文字ずつ発音するんだ。ムカつくな。


「あなたが私の飼い主探しを手伝ってくれた暁には……」


 正座していたまた子はそこまでいい終えると、相変わらずベットの上に座っている俺の方に素早く近づき、耳元で囁いた。


「彼女に復讐してあげますよ」


 先程までの情けないまた子の声はなかった。耳元に囁かれた声音は、明らかにのものだった。


 俺は唾を飲み込んだ。


 再びするりと正座していた位置に戻るまた子。


 心臓が高鳴る。酒と時間で押さえつけていた憎悪が甦る。


「復讐、だと?」


「そうですよー。私これでも妖怪なんですよ? 人一人を滅茶苦茶にするくらい御安い御用ですよ」


 俺を騙していた彼女。俺をこけにしていた彼女。俺の気持ちを裏切ったあいつ。俺を弄んだあいつ。


 ギリギリとなんの音かと思えば、俺の歯ぎしりだった。


「どうです? 飲んでくれます? この条件」


 ガキみたいだと思っていたまた子の顔は、今は妖艶で不気味な物に見えた。


 どうする? どうする? 俺は……どうする。


「か、考えさせてくれ」


 俺が絞り出した答えはそれだった。しかし。


「ダメですよ? やるかやらないか、ですよ?」


 沈黙が訪れる。俺以外学生ではないアパートであるが、時刻は10時を回っている。なのに俺以外の音は感じられなかった。


 どれくらい時間がたったか。いや、恐らく数秒程だろう。しかし、それは途方もない時間のように感じられた。


 俺はその後、口を開く。


「わかった。手伝おう」


「ほんとですか?! やったー!」


 また子は俺の返答に無邪気に喜ぶ。さっきまでの妖怪としての顔が一瞬にして消え去り、さが顔中に広がる。


「ただ!! ……ただ……」


「ん? どうかしましたか?」


「彼女への復讐の件は待ってくれ」


 俺はまだ迷いを抱えていた。


 すると俺の返答を聞いたまた子は、一瞬何とも言えない表情をした。その顔はなんて表現すればいいのだろうか。安堵とでというのだろうか。やはり元は飼い猫だからだろうか。


「わかりましたよ。どんな復讐にしたいか考えといてくださいね」


「まだ、するって決まったわけじゃ……」


「とりあえずこれで交渉成立ですね」


「まぁ、そうなるな」


 また子は満面の笑みを浮かべた。それこそ正に子供のように。


「これからよろしくお願いしますね!」


 俺とまた子の奇妙な関係は、夏休み残り3日。9月16日から幕を開けた。












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