Big-M社 カスタマーサービスセンター
『お電話ありがとうございます。Big-M社、カスタマーサービスセンター鈴木でございます』
「もしもし。あの、そちらの製品『電動腹筋ベルトS』について聞きたいんですが。お腹に巻いて、電波振動で脂肪を燃焼させつつ筋肉を鍛えるやつ。ネットで見た広告の『なりたい自分を手に入れる』っていうキャッチコピーにピンときて買ってみたんですけど、実際に使ってみたら疑問に思う点が多々あって」
『ご購入いただき誠にありがとうございます。ご質問、お伺い致します』
「はい。あの、まず振動の強弱のレベルが10段階で選べるっていう設定のことなんですけど、1~7まではめちゃくちゃ弱いんですよ。怯えた子ねずみかってくらいの震えしかなくて。おかしいなと思いながら8に行ったら、8で唐突に最強になるじゃないですか。まったく段階を踏まないんですよ。腹筋ねじり取られるかと思いました」
『恐れ入りますが、こちらの製品のコンセプトとして「驚愕の変化」を掲げております。その突然の最強振動により腹筋がかつて体感したことのない驚きに晒され、眠っていた力を発揮させることを目的としている製品でございます』
「そういう驚愕だったんですか。効果として体の変化に驚愕するかと思ったらそこに驚愕するんですか。それはまさかですね」
『驚愕のご体感、誠におめでとうございます』
「いやそんな腹筋の目覚めを祝うみたいに言われても、まだお腹としてはまったく効果出てないんで。あとあの音がですね、思った以上にうるさいです。なんか電子音の他に変な音がするんですけど」
『そちらは早春のピレーネ山脈の雪解け水が平地の小川へと流れ込む音でございます。腹筋を鍛えながらも耳から雄大な自然を感じつつリラックスしていただこうという狙いでございます』
「あぁ確かにそうとも聞こえますね。でも大き過ぎて濁流音みたいに聞こえて小四の夏休みに川で溺れた記憶がフラッシュバックしてリラックスどころじゃなかったです」
『それはお辛かったですね。誠にご愁傷さまでございました』
「そんな死んじゃったみたいに言わないでください、一命は取り留めました。あとは本体の重さなんですけど、これちょっとしたアジアゾウ並に重いですよね。装着しただけで全身に相当な負荷がかかるんですが」
『大変申し訳ございませんが、製品の特性上必要な重量となっております。アジアゾウの牙から採取した象牙質成分をパッド表面に組み込むことにより、本体の耐久性を飛躍的に上げているのが重さの理由でございます』
「ものの例えとしてアジアゾウ出したのに物理でアジアゾウだったんですか。まぁ確かに丈夫であることは大事ですけど。あと振動パターンのことなんですけど、8つのパターンから選べるってなってますけど、どれもリズムが変なんですけど。なんか、どこかで感じたことのあるような……」
『お察しの通りでございます。すべてのパターンを、幼少期に誰もが耳にした懐かしの童謡からリズムを取っております。腹筋を鍛えながらも、ご自身の故郷や家族を思い出していただこうという狙いでございます』
「どおりで母さんの顔が思い浮かんだわけだ。思わず電話しちゃいましたよ。そしたらいろいろ言われました。そんなブラック企業に勤めてて将来大丈夫かとか、結婚相手はいつ見つかるんだとかいつもの話に……あ、すみません、つい愚痴ってしまった」
『お察しいたします。弊社といたしましては、この暗澹たる時代を強く生き抜こうとする方々を、製品により応援していこうという気持ちでございます』
「なんだか心強いですね。そちらの商品を買って正解だったなって気がしてきました。でもまだ疑問に思う点がありまして、この側面に付いてるタンクみたいなのは何に使うんですか?取説にも書いてないんですが」
『そちらは数量限定で生産した型にのみ搭載されております燃料タンクでございます。ベルト本体が発揮できる能力を助長、増幅させる機能がございます。通常の型の数段階上の特別製品となりますが、通常型をご注文頂いたお客様の中から抽選でお届けしております』
「知らないうちにハイグレードタイプを引き当ててたんですね僕。やった。特別製品だから取説に記載のないボタンがたくさんあるのか。これ、押してもなんの反応もないんですけど、どう使うんです?」
『恐れ入りますが、今一度確認させて頂きたいことがございます。お客様は腹筋を鍛えることにより、ご自身を、ひいてはご自身の未来を変えたいという、そのようなご意志の元で本製品をご購入いただいたと、そういう解釈でよろしいでしょうか』
「かねがねそんな感じです。腹筋を引き締めれば少しは見た目も変わるかなと。かっこいい男になりたいとまでは言いませんけど、何かができそうな可能性を秘めてると言うか、潜在的破壊力をそれとなく漂わせる男になりたい、という感じですね」
『ありがとうございます。そのご意志、承りました。これより、電動腹筋ベルトS・クラスHの起動準備に移らせていただきます。まずはお手元に本体をご用意いただき、電源、強弱レベルを1234、振動パターンを5678、側面にあるボタンをネコふんじゃったのリズムで押してください』
「やってみます。1234、5678……ネコふんじゃった……。うわ、すごい強さで振動し始めました。すべてのボタンが光ってます」
『準備が整った合図になりますので、さっそくお腹にご装着お願い致します』
「はい、付けました。おおお凄いですね。腹筋って言うか、全身の筋肉への伝導がすごいです。まるで筋肉と言う筋肉全てが奮い立たされるみたいな、叩き起こされるみたいな、おおお」
『おっしゃる通りでございます。特殊周波数を全身の筋肉に行き渡らせることにより、体の底に眠っている力を目覚めさせるための機能でございます』
「す、すごい。力が漲ってくる。今ならなんでもできる気がする」
『本製品は、お客様の奥底に眠る本当の願望を思い出させ、それを成し遂げられるだけの肉体的、精神的な力を励起させます。つまり、なりたい自分を手に入れるための製品でございます』
「そうだ、そうだった。殺伐とした社会に疲弊して、すっかり忘れていた。でも今、思い出した。僕は、正義のヒーローになりたかったんだ!」
『お目覚めいただいたようですね。それでは最後に、電源ボタンを力強く押してください。その時、お客様の本当になりたい姿を大きな声でおっしゃってください。空気振動を加えることによって電動腹筋ベルトS・クラスHの起動が開始されます。では、どうぞ』
「正義のヒーローになってかっこよく悪者をやっつけて世間的にちやほやされたい!!」
『起動確認として、その場で跳躍していただけますか?』
「うおおベルトの両側から翼みたいなものが出てきました! 飛べる!! 飛べるぞお!!」
『それでは頭上に気を付けて、高く飛んでみてください』
「高く、飛ぶ! 飛んだ! 飛行! 飛行している!! 僕は、ヒーローになるんだ!!」
『正常な作動を確認いたしました。電動腹筋ベルトS・クラスHにおけるお客様へのサービス提供は以上となっております』
「うおおおおありがとうございましたあああ!!」
『これ以降に発生する損害、生命にかかわる怪我、事故に関しましては一切の責任を負いませんので、製品のお取り扱いには十分ご注意ください』
「大丈夫です! 正義はいつも勝つので!!」
『お客様の素晴らしい未来を願っております。この度はご購入いただき誠にありがとうございました』
「こちらこそありがとうございましたああああああああ!!!!」
――そのようにして今日も、平和は守られていく――――。
〈Big-M社 カスタマーサービスセンター・了〉
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