うさちゃんパンツ同盟


 第2247回うさちゃんパンツ同盟定例会議において、議長であり同盟会長の美雛みひなはかつてない衝撃にカルピチュをぶっこぼした。


「……もっかい、言って」

「何回言っても同じだよ。私、うさちゃんパンツ、卒業するの」


 静かながらも芯のある声で言ったのは、うさちゃんパンツ同盟発足時からの会員である音衣ねい

 

「とっ、到底受理できない申し出だよ! 理由は!?」


 美雛は椅子を倒しながら立ち上がり、音衣に食ってかかる。一方の音衣も立ち上がり、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま言う。


「私、彼氏ができたの」


 にゃがぁああ!という声を発して机の上にあったパンダのマーチを音衣に投げつけ始めた美雛。その腕を後ろからへっぴり腰で引っ張るのは、同じく会員である、歌子うたこ


「みみみ、美雛ちゃん、もったいない! パンダさんもったいない!」

「そんなの、絶っ対、認めない!」


 美雛は音衣を睨む。身長の低い美雛は、音衣を覗き込む形になる。音衣はまったく怯む様子もなく言い放つ。


「私、変わったの。うさちゃんパンツなんていう子供っぽいのじゃなくて、もっとセクスィーなやつを履くことにしたの」


 美雛は首を締められたかのような声でセ、セ、セ、セクスィー!!!と叫んでから膝をついた。床の上でうなだれる美雛の背中を、歌子がおろおろしながら擦っている。音衣はその二人を見下ろしながら、また口を開く。


「女の子は、変わるものよ」



 ――遡ること10年。場所は、にっこり幼稚園の園庭。ミニトマトの実る畑において、きいろ組に属する女児3人による第3回うさちゃんパンツ同盟定例会議が行われていた。

 議題は『うさちゃんパンツのかわいさってどんだけなの?』であった。


「最初からね、うさちゃんはかわいいと思うんだけどね、でもね、それがね、パンツにつくとね、かわいいがバクハツすると思うのね」


 議長・美雛の言葉に頷く、音衣と歌子。


「でもね、それを履くのはね、かわいい子でなくちゃね、いけないのね」


 頷く音衣と歌子。


「だからね、わたしたちね、ずーっとかわいいわたしたちね。約束ね」


 美雛の差し出した小指に、音衣と歌子の小指がにゅっと巻き付いた。



 ――その5年後、場所は南小学校。掃除の時間、音楽室前の廊下にて、第824回うさちゃんパンツ同盟定例会議が行われていた。

 議題は『うさちゃんパンツのかわいさを守り続けていくためには?』であった。


「ストライプとか水玉とか、敵はいっぱいだよ。でもね、そんなものにうさちゃんが負けるわけないんだよ」


 議長・美雛の言葉に頷く、音衣と歌子。


「うさちゃんパンツのかわいさはずっと変わらないの。だから私たちも、ずっと変わらずにかわいい女の子でいなくちゃだめなの」


 頷く音衣と歌子。


「永遠にかわいい女の子でいようね」


 美雛の差し出した小指に、音衣と歌子の小指がしゅりっと巻き付いた。



 ――その5年後、つまり現在である。場所は南中学校。放課後、家庭科室内にて、第2247回うさちゃんパンツ同盟定例会議が行われていた。

 議題は『うさちゃんパンツにおけるうさちゃんの占める割合の最適解は?』であった。


 カルピチュをすすりながらいつもの調子で自論を展開する美雛に、音衣は会議開始時から一度も頷くことをしなかった。


「……音衣ちゃん。ここ数週間の出席率の悪さも、今日の出席でチャラにしてあげようと思ってたけど、やっぱだめだ。黙ってないで、反論があるなら、堂々と発言してよ!」


 議長・美雛に指名された音衣の返答が、先の『うさちゃんパンツ卒業宣言』であった。

 美雛は数十秒間うずくまったままだったが、やがて顔を上げ、声を絞り出す。


「……じゃあ今もう、うさちゃんパンツは履いてないって言うの?」

「履いてないよ。私は今日、花柄を履いてる」

「はっ、花柄ぁぁぁあああ!!」

「みみみ、美雛ちゃんしっかり……!」

「そして、レース付き」

「レッ、レーェスゥウウウ!!!」

「みみみ、美雛ちゃん気を確かに……!!」


 歌子に背中をさすられていた美雛だが、振り払うようにして立ち上がると、まっすぐに音衣と向き合う。


「……永遠の少女でいようって、約束したじゃん」

「したよ。したけど、わかったの。私たちは、いつまでも少女じゃいられない。変わっていくこと。それが、生きていくということよ」


 音衣の放つ言葉に刺されるかのように、苦しげに口元を歪める美雛。その美雛に向け、音衣は尚も放つ。


「私は、うさちゃんパンツのその先に行く」


 美雛は目を逸らす。小さく息を吐いてから、「わかった」と言って続ける。


「……いつかはこんな日が来るかもしれないって、私も心のどこかでは思ってた。永遠なんてないって、そんなことわかるくらいには、もう子供じゃない……」


 沈黙。そののち、悲しみを振り払うかのように顔を上げ、美雛はいつも通りの口調を再開する。


「でっ。その彼氏ってのはどこのどいつなの」

「B組の木村くんだよ」

「木村? よく知らないな」

「ききき、木村くん……っ!?」

「え、歌子知ってる奴?」

「だだだ、断片的に……だけ」

「どんな奴?」

「そ、その……、犬の、散歩をしてるっていう……」

「なにそれ、普通の目撃情報じゃん」

「それが、その、パパパ、パンツを……かぶって散歩してるって」

「はぁ!? どゆこと!? 音衣ちゃんどんな奴と付き合ってるの!?」

「ちょっと美雛。人の彼氏に向かってどんな奴、とか失礼じゃない? 木村くんはね、芯のしっかりした、とても強い人なの」

「ちょっと待って! まず、その木村くんとやらが、パンツかぶって犬の散歩してるっていうのはマジなの?」

「事実よ。彼は哲学的に物を考える人で、自分の掲げた命題に挑戦してるところなの」

「どゆこと!? パンツかぶって犬の散歩をするという挑戦!? 大丈夫!?」

「彼は、哲学的思考を仮説で終わらせることなんてしないの。疑問を疑問として終わらせず、突き詰めて自分で解答を得ようとしてる。決して信念を曲げない強さを持ってるの」

「パンツかぶって犬の散歩をするという信念!? 大丈夫じゃなくない!?」

「実行して、確証を得るための行動力と、人並み外れた勇気を持ってるの」

「パンツかぶって犬の散歩をする勇気!? 人並み外れ過ぎだよ! 踏み外してるよ!」

「ほら。みんなそうやって、自分の理解できない思考を持つ人に対して、嫌悪や拒絶の反応を示すでしょ? 自分の感情ばかりを噴出させて、理解しようと歩み寄ることをしない。結局、そういう不理解こそがこの世の断絶を生み、差別や戦争などの不幸に繋がっているんじゃないか。それが彼の命題であり課題、パンツをかぶって犬の散歩をしてる理由よ」

「崇高そうな理由だけど結果としては変態だよ!」

「彼がどんな真摯な顔でパンツかぶってるか、見もせずに言わないで」

「真摯な変態とか戸惑うよ!」

「彼は周りからどんな反応を示されても決して屈することなく、日々坦々と実行してるの」

「坦々とした変態とか根深いよ!」

「自分の手で解答を得て、その真理の元に、誰とも違う自分を確立しようとしてるの」

「変態の確立とか逮捕案件だよ!」

「彼の強い意志に、心を打たれたの。彼の力になりたいって、取り組みに協力したいって思ったの。だから、自分のパンツを提供することに迷いはなかった。でも、うさちゃんパンツじゃだめだった。セクスィーなやつをかぶらないと、彼の哲学的思考が研ぎ澄まされないの」

「パンツの造形が思考力に影響してる時点で哲学的じゃないよ! 完全に思考より性癖が優位になってるよ!」

「ううう」

「歌子泣かない!」

「……美雛、歌子、ごめん。だから私、もううさちゃんパンツは履いてられない。うさちゃんパンツ同盟を、卒業します」


 音衣の言葉を受け、美雛はほとんど中身のないコップを手に取り、残っていたカルピチュをごきゅ、と飲み干してから言う。


「……卒業希望、受諾します。うさちゃんパンツ同盟は、私たち3人の同盟。1人でも抜けたら成立しない。よって、これをもって、うさちゃんパンツ同盟を解散とします」


 美雛のはっきりとした声で告げられた解散宣言に、歌子はふにゃにゃにゃあと崩れ落ちるように泣き出した。音衣はいくらかの罪悪感のような色を目尻に滲ませ、ただ静かにうつむき、黙った。時を刻む針の音が、この世の無常の象徴のように空間に響き続けた。

 沈黙を破ったのは美雛の声だった。


「さて。では今しがた発生した、私たち3人が議論すべき新たな問題のために、新しい同盟を発足させます」


 え?と声を出した音衣と歌子。その視線の中心で、美雛は大きく息を吸ってから、背を反らし、口を開く。


「これより、第1回木村くん対策会議を行います。議題は『木村くんの性癖やばくね!?』です。これをもって、『変態木村くんからパンツを守る同盟』の発足を宣言します!」

「「ええぇ!?」」



 ――生きるとは、変わっていくこと。

 永遠の少女は存在しない。しかし議論すべき問題は、永遠になくなることはないのである。


「木村くんは変態じゃない!」

「変態だよ!」

「ううう、うわぁ~ん」

「絶対変態! 100%のド変態!」

「彼の深い思想も聞かずに何がわかるの!?」

「変態ってことだけはわかるよ!」

「ふふふ、ふへぇ~ん」


 彼女たちの議論は、永遠に続く――。


〈うさちゃんパンツ同盟・了〉


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