わかったけどソルベントとか言ってる女と付き合ったらいろんな意味でドキドキの毎日だわ



 登場人物

 ・ミカ(彼女、大学二年)

 ・すぅくん(彼氏、大学二年)




「おはよう、すぅくん! 今朝はナスの揚げ浸しみたいな顔してるけど、また寝不足だな? 一体夜な夜な何してたの? 白状しろぉ!」


「おはよう、ミカ! まーったく、自分の彼氏に朝の挨拶ついでにナスの揚げ浸し感を指摘するってのもなかなかの彼女だと思うよ? だってさぁ、ナスの揚げ浸しの彼女って言ったらニンジンの金平くらいしか思い浮かばないじゃんか」


「あ、話を逸らしたな? 私は今、昨夜何をしてたのって聞いてるんだよ?」


「なはー! バイトだよバイト。ラスト間際にいっぺんに客入って来ちゃってさぁ、もう片付けまで手ぇ回んなかったの。帰宅した時には日付変わってたわぁ」


「あれ? すぅくんのバイトってそんなやつだっけ? この前は近所のおばあちゃんのボディガードって言ってたけど」


「あぁ、あれ? あれさぁ、おばあちゃんが俺の二倍の握力あることが判明してさぁ、使えねぇなって言われて即刻クビだよ。逆にサンドバッグ代わりに使用されそうな気配すらあったからさぁ、辞めて正解だよ」


「ふーん。なんかすぅくんって何やっても続かないねぇ。なんか長いこと続けて会得したものとかないの? スポーツとか、音楽とか、森で熊に遭遇したが格闘の末撃退したという空手高段者のおじいさんにあえて遭遇しに森に行くのとか」


「うーん、ないなぁ。まぁ、なんの取り柄もない無垢な所がチャームポイントとでも言っておこうかな」


「え、本気? 無能で許されるのは美少女くらいのものだよ? すぅくんと美少女って人類の中で最も離れたカテゴリーに属するじゃん? 天使とうんこくらい距離あるじゃん? すぅくんが美少女になるためにはそんじょそこらの異世界転生じゃ到底無理だし」


「それはそうだけどさぁ、まぁまだ俺ら若いしさぁ、伸びしろが多い方が将来性あるんじゃないの?」


「うんこくん……じゃなかった、すぅくんてそういうとこあるよね。よく言えば前向き、悪く言えば死んだ方がいい」


「いや、未来には希望持っといた方がいいからさぁ。なんかこう、自分の道を狭いものにしたくないっていうかさぁ、こう、大地を前に何も持たずに立つ、みたいな人生が格好良いと思うわけよね?」


「うんこくん……じゃなかった、すぅくんて常に丸腰だもんね。最終的に大蛇とかに丸飲みされて終わる人の典型だと思うからほんと背後と足元に気を付けて生活してね。私、うんこくん……じゃなかった、すぅくんが私より先に死んじゃったらもうカレーの闇スパイスを入手するために路地裏のインド人に差し出す人質がいなくなっちゃう。そんなの悲しすぎる」


「はははっ! 俺がそんな簡単に死ぬ男だと思う? 俺が精神的にも肉体的にも鋼なのはミカが一番知ってるじゃん! ところで彼氏の名前を三度もうんこと間違えるなんてさすがの俺でも堪忍袋の緒が絡まってもう解けない」


「まぁいいや。とにかく昨日の夜の話。私おやすみメッセージ来るの寝ずに待ってたのに。ほんとのこと教えてよ、怒んないから」


「だからバイトだってー。それで疲れたから家帰ってスマホも確認せずに寝ちゃったんだよ。おはようのメッセージならしたじゃん」


「……私すぅくんのそういうとこが一番嫌い。すぅくんからのおやすみもなしに私が安心して寝られると思ってるの?」


「え、あぁ、ごめん」


「意に介さずぐっすり寝たけど、未読のまま放置されるのはやっぱり悲しい。すぅくんにとって私ってその程度の存在なのかなって不安になっちゃって、正直朝ごはんの味とか全然わかんなかった」


「え、ちょ、ごめんって」


「麺つゆだと思ってたやつが実は麦茶でそこに素麺付けて食べてたから味なかっただけだけど、すぅくんは私のこと猟奇的で可愛げがなくて人が苦しむ様を見てほくそ笑むのが何よりも快感な変態だと思ってるんでしょ」


「そんなふうに思ってるわけないだろ表面的には! ちょっと今日のミカはいつにも増して当たりがきついなぁ。なんだよ、さてはなんかあったな?」


「……なんでわかるの?」


「やっぱり! お前に何回無慈悲な八つ当たりされてると思ってるんだよ。それがストレス発散のためのバイオレンスなのか歪んだ愛情ゆえのバイオレンスなのかの違いくらいすぐにわかるんだよ。どれ、俺に話してみろ」


「 ……うん。お母さんがさ、実家の私の部屋の押し入れから、臓物クラッシャーを発見しちゃって……」


「え、臓物なに?」


「臓物クラッシャー。体内に撃ち込まれた後、一瞬で這い進み臓器を爆散。確実に息の根を止める小型兵器」


「へぇ、物騒極まりない小道具だな。そういうのはガチSFの中だけにしてほしいもんだよ。そんなもん一般人が入手できちゃっていいわけ?」


「高校の時付き合ってた彼氏の人体の一部と引き換えに手に入れ……、あ、ううん、なんでもない。とにかくやっと手に入れたはいいんだけど、使用する機会がなかなかなくって」


「俺その元彼とは朝まで飲み明かしたいなぁ生きてればの話だけど。その臓物なんとかが見つかってどうなったの?」


「お母さんに取られちゃって」


「まぁそりゃそうだよな。娘がそんな危ない兵器持ってりゃ取り上げるわ」


「嬉々として『ユキず㊙兵器BOX』に入れられちゃったの。お母さんの兵器コレクションが入ってる箱らしいんだけど、近付くだけで劇毒が噴射される仕様だから何が入ってるかもわからないの。あぁもう残念すぎるぅ」


「そうか、その趣味嗜好は血筋なんだな、そう思えば諦めもつくよ。まぁそんなことで元気なくすなよ、もういいじゃん。だいたいミカは普通にしてたらある程度は普通の女の子に見えるんだからさある程度は。もう変な物持ったり変なことしたりするのやめろって」


「そうかもね。普通の女の子になろうかな。散弾銃の銃身内掃除に使うガンオイルは普通の女の子っぽくソルベントに変えることにする。すぅくんの発言の九割九分九厘はくだらない戯言の吹き溜まりだけど一理あることは認めるしね。それで昨日の夜は何してたの?」


「だーからバイトだって言ってるじゃん。だってさぁ、今月末何があるか知ってる?」


地獄塚狂死郎じごくづかきょうしろう生誕祭」


「存じ上げねーわ。存じ上げねーけどだいたいの人物像は伝わってくるわ不思議と。じゃなくてもっと大事なこと!」


「超明解・拷問術の神髄・実践編167巻の発売日」


「神髄のくせに巻数かさみ過ぎだろ。どんだけ実践を重ねれば習得に至るんだよ無形文化財か。違うよもっと大事なこと!」


「スーパー安井の大特価市! 毎月29日は肉の日! 国産牛もも肉すき焼き用100g397円! 電子マネー払いでポイント二倍!」


「行かなくちゃ! 結局肉が正義だよな! それで何の日か思い出した!?」


「わかんない」


「もぉほんとに!? なんで忘れるかなぁ。付き合い出して二周年の日じゃん! 俺はそのためにバイト増やしてんの! 二人で楽しいとこ行ったりうまいもん食ったりしたいからそのためだよ! んがぁー言っちゃった! 黙っとこうと思ったのにぃ!」


「……それ、本気?」


「当たり前だろ?」


「今世紀一番みたいなどや顔のとこ悪いけど、私とすぅくんが付き合い出したのは今から711日前。二周年の記念日は来月の4日だよ? 念のためと言うか通過儀礼としてすぅくんの元カノとの記念日が29日だったことは把握できてるんだけど、まさかそれと混同するなんていう自ら命を落としに行くようなくだらないミスを犯してはいないよね?」


「んがぁっ……!!」


「ま、いいよ。間違いは誰にでもあるし。そもそもすぅくんは生まれてきたこと自体が間違いなんだから、こんなミスなんか取るに足らなすぎて揚げ足取る価値もないよ。あと、バイト代は自分のために使うべき。自己投資すべきってこと。せめてもう少し殺し甲斐のある男になってくれないと、私も積年の欲求を晴らせなくて生きた心地しなくなっちゃう。それくらいうんこくん……じゃなかった、すぅくんは私にとって大事なんだからね♡」


「ミカ……」


「てことで、来月4日は私んちで私のお手製スペシャル闇スパイスカレーで二周年お祝いしよっ! 空腹であればあるほど味覚は冴えるものだからうんこくんは三日前から完全断食ね! その間水でも舐めようものなら粉砕作業前の闇スパイスを体のどこかしらの穴に突っ込んであげるから楽しみにしててね♡」


「うわーいドキドキすぎるぅ!!」


〈わかったけどソルベントとか言ってる女と付き合ったらドキドキの毎日だわ・了〉


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