第9話 Lv999(さいきょう)vs無敵(さいきょう)①
「このまま突っ込むぞ!」
ヴェンティは馬の脚を止める事無く術士の一団へと突撃していく。
フィーアは
クォートは二人を視界に収める位置に陣取り、援護に回る。
ノーヴェはクォートの横で弩を取り出し構える。
ティオはノーヴェとクォートの護衛として敵の動きを注視する。
ノーヴェ達一行は到着と同時に戦闘へと雪崩れ込んで行った。
争いの現場が目視できる頃には、もう既に戦闘は終了していた。
倒れ伏す騎士団員と街道警備兵達、そして商人風の男が一人。
商人風の男が例の《女神の雫》を盗んで行った犯人であろう。
そして、その男が持っていたであろう箱は今、目の部分だけが空いた白一色の仮面を被った一団の手の中にあった。
先頭を行くヴェンティとフィーアは、倒れた兵達を
一瞬の油断でやられる。
周りの状況を
特にあの
ヴェンティは経験と勘から圧倒的な実力差を、女術士から感じ取っていた。
その女術士とは言うまでもない、《女神の雫》回収部隊『ソーサー』の女隊長である。
ならば他の面子はそうでもないかと言えば、あくまで女隊長と比べれば劣るというだけである。
決してその実力はヴェンティ達に劣るものではないと感じさせる。
馬の勢いを殺す事無く突撃した事によって、相手の迎撃魔法は逸れ、尚且つ相手の撤退の足を止める事には成功する。
その隙にフィーアも術士達一団の前に回りこみ退路を断つ。
一見挟み撃ちに成功したようにも見えるが、戦力的に考えて各個撃破される危険性も高い作戦だった。
「これは少々誤算でしたね」
思わずクォートの口から苦笑が漏れる。
「想定した以上に相手が強い」
高レベル者を狙って狩るクォートが「強い」と言い切る相手。
一体どれほどの者だと言うのだろうか。
ノーヴェ、ティオ、クォートの三人は馬から降りて油断なく敵集団を観察する。
ヴェンティとフィーアは足捌きだけで馬を巧みに操りながら、馬上から武器を繰り出し互いの位置を交換し合う様に駆け抜け敵集団を撹乱しつつ、的を絞らせぬ様に一時として同じ場所に留まる事はない。
二人の動きに合わせてノーヴェは水平に矢を放つ。
クォートは二人に向けて放たれる魔法を阻害しつつ、攻撃魔法で援護射撃を行う。
戦況としてはややノーヴェ達の方が優勢に戦いを進めていた。
近接戦闘において、術士はどうしても武器による直接攻撃に弱い。
術士が正確に魔法を発動させ、狙いを定めて敵に放つ為には高い集中力が要求される。更に加えて詠唱と呪文までもが必要となる。無詠唱などは一部の例外だけが可能としている超技能である。
であると言うのに、ノーヴェ達の怒涛の攻撃に術士の一団は持ち堪えている。
何となれば魔法で反撃までしてみせる。
全員が全員、高速で戦闘行動を取りつつ詠唱し、呪文を唱え、魔法を使ってくるのだ。
これには流石のヴェンティとフィーアも舌を巻く思いだった。
そうは言っても二人もローレンツィアで名を馳せる熟練の戦士、幾度となくその刃は術士達を捉えんとしていたが、その度に女術士によって全て妨害されていた。
「なんつー動きだあの女術士はっ!」
「しかもあの女術士だけ、まだ魔法を使ってる所を見ていないよ!」
フィーアがそう言う様に、女術士は一度として魔法を放ってはいない。
彼女は魔法を使っていないのではない。
弓の国の女王である女術士こと女隊長は、あまり魔法が得意ではないのだ。
つまりは、使っていないのではなく、この戦闘に堪えうる魔法を使えないのだ。
ただ言うならば、魔法は確かに使えないが、彼女にとってそれは大して必要な物ではない。
彼女の武を持ってすれば、ノーヴェ達を圧倒する事など然程難しい事ではなかったからだ。
とは言え今は魔法の国のいち隊長。魔法も使わず格闘でこんな熟練の傭兵達を倒してしまっては後が面倒である。
もっと言えば、彼女達はもう全ての目的を達成しているため、後は撤退するだけなのである。
別段ノーヴェ達を倒す必要もないのだ。
そして彼女は無用な犠牲を好まない
その結果が、女隊長が致命打を
優勢に見えるノーヴェ達だが、その実女隊長の動き一つでいとも簡単に引っ繰り返される状況であった。
そしてそれをノーヴェ達は薄々感じていた。
しかし、この状況に苦慮していたのは何もノーヴェ達だけではなかった。『ソーサー』の面々もノーヴェ達の予想外の強さに苦しい対応を選択させられていた。
馬の機動力を生かした二人の間断ない近接攻撃。
これだけならば幾らでも対処のしようがある。
事実、先程は十に及ぶ騎士団の騎馬部隊を無傷で無力化している。
騎士団の騎馬部隊の個々の実力は確かにこの二人には劣るが、部隊全体の総合力と比較すれば決して勝りはしても劣りはしない。
問題はこの二人の隙を補うように放たれる、無詠唱無呪文での援護魔法だ。
しかも通常では有り得ないような発動のさせ方をしてくる。
術士の部隊だけあって、魔法の発動を感知する能力に関しては他の追随を許さない。例え無詠唱無呪文によってノータイムで繰り出される魔法であろうと、完全に対応して見せている。
そして更にその間隙を縫って、気付かれにくい様にだろう、低い位置から足を狙って正確に矢が飛んでくる。
何度となく気付かずに喰らい掛けた所を、女隊長によって助けられていた。
一瞬でも気を緩めれば一気に崩される。
そう確信させるほどの圧力を『ソーサー』の四人は感じていた。
お互いに決定打がないまま時間と体力、そしてMPが消費されていく。
(このまま長引くのは面白くありませんね……)
(このまま長引くのは面白くないな……)
この状況に奇しくも、互いのリーダーは同じ感想を抱いていた。
先に動いたのはノーヴェだった。
「ティオ! 頼む!」
視線は外さないまま、じっと護衛を務めてくれているティオに短く声を掛ける。
何を頼むのか?
そんな事は言わずとも承知の事。
「クォート! お願い!」
ノーヴェからの指示を受け、クォートに強化魔法の要請をする。
「
クォートは器用に前衛の二人に援護魔法を飛ばしつつ、手早くティオに速度上昇の魔法を掛ける。
魔法が自身に掛かったのを確認するや否や、ティオが動く……!
瞬きの間にティオはヴェンティとフィーアが暴れる戦闘域に突入。そのまま一呼吸終える間もあっただろうか、正に一瞬にして《女神の雫》が入っているであろう箱を持った術士──『ソーサー』の部下その二である──の背後に、いとも容易く回りこむ。
護衛の傍ら、じっと敵の視線、癖、足捌き、呼吸のリズムを観察し続けていたティオならではの芸当であった。
『ソーサー』の四人はティオを妨害するどころか、反応することさえ出来なかった。
そしてそのまま何の反応も出来ていない術士の男から、華麗に箱を奪う……はずであった。
ただ一人、ティオの動きに完全に対応してきた者が居なければ。
「それを持って行かれては困りますね」
女隊長の声はティオに聞こえただろうか。
ティオの手が箱に触れるか触れないかといった所で、女隊長の蹴りがティオの体を大きく吹き飛ばす。
「ティオ!」
激しく吹き飛ばされたティオ心配してノーヴェは声を上げる。
「だーいじょうぶっ!」
ててて……と蹴られた片手で脇腹を押さえながら直ぐに元気な姿を見せる。
そしてもう一方の手には、《女神の雫》が納められた箱が乗っていた。
蹴飛ばされる瞬間、袖から鉤を伸ばして箱に引っ掛けていたのだ。
「このティオ様。あそこまで近付いてタダで蹴飛ばされ……とわぁっ!」
ドヤ顔でドヤっていたティオが勢いよくその場から飛び退る。
女隊長が箱に向かってアンカーを投擲してきたのだ。
回避して一安心と思いきや、
「甘いですよ」
魔道具のアンカーは女隊長の意思に従い、軌道を変更。ティオを超える速度で追尾する。
「なんとぉ!」
箱を狙った思念誘導のアンカーを、強化された身体能力とティオの優れたセンスで二度、三度と、辛うじてながらも躱し続ける。
が、それすらも女隊長にとっては予定調和でしかなかった。
そう、このアンカーを投げられた時点で、ティオは詰んでいたのだ。
四度、五度、と躱す内、アンカーの動きに合わせて伸びて行く紐によって、ティオの可動範囲はどんどんと狭められていたのである。
いよいよ逃げ場のなくなったティオは遂に、追尾してくるアンカーを避け切れなくなる。
「ちぃ!」
アンカーが箱に突き刺さるや否や、一気に巻き戻され箱は女隊長の手に渡る。
「ふう。油断も隙もありませんね。ですが、次はありませんよ」
ティオの手に箱が渡ってから、僅か数秒の出来事であった。
あまりの速さと早さ。ヴェンティ達がティオの援護をしようと動き出した時には、箱はもう女隊長の手の元であった。
「はい。今度は取られないで下さいね。大事な物ですから」
女隊長はそう言って、再び部下その二に箱を渡す。
「仕方ありません。アレを使うとしましょう。丁度良い時間稼ぎになるでしょう」
部下その一にアレを使うよう指示する。
「
部下その一はこの女隊長が、敵味方関係なく無駄な犠牲を嫌っている事を良く理解していた。
そしてアレから出てくるであろう物を考えると、交戦中の連中はともかく、周囲に倒れている連中がどうなるかは想像に難くなかった。
「それも含めて……ですよ」
ここまでの相手の実力を鑑みての判断という事か。
「はっ! では直ちに!」
部下その一は徐に手を前に突き出し呪文を唱える。
「
呪文を受けて、魔法でその一の掌に貼り付けられていた魔法陣が起動し始める。
パタパタパタと魔法で小さく折り畳まれていた紙が、中空に展開し壁の様に広がる。その大きさは実に四ミートを超えるだろう。
「させませんよ!」
珍しく強い焦りを感じさせる口調でクォートが火の魔法を放つ。
それに合わせてヴェンティとフィーアも、魔法陣の発動を阻止せんと斬りかかる。
魔法陣の媒体が紙である以上、それ自体の破壊は困難な物ではない。
そしてそんな事は、それを所持し、こうして利用している『ソーサー』達は百も承知の事だ。
「三! 四! 魔法陣を死守!」
鋭い声で女隊長から指示が飛ぶ。
「拒絶せよ!
「阻め!
部下その三と四が返事の代わりに、力強い短縮詠唱を経て呪文を唱える。
強力な対魔法結界が『ソーサー』と魔法陣を覆い尽くし、クォートが連続して放つ攻撃魔法を
それと同時に展開された多重物理障壁が魔法陣の紙を隙間なくその内に閉じ込め、ヴェンティとフィーアの全力の一撃にも耐えて見せる。
どちらも多少時間を掛ければ破壊は可能であると思わせる手応えではあったが、着々と魔法陣が起動していく
全力攻撃の後で隙だらけだった二人を、女隊長は一蹴し魔法陣から距離を取らせる。勿論ティオへの意識を欠かす事もない。
いよいよ巨大な魔法陣が輝き出し、完全に起動状態に入る。
そして、魔法陣の向こうから巨大な金属製の腕らしき物が現れる。
ここに至ってノーヴェ達は、それが召喚陣であると知る。
もう、時間はない──
(……やるしかないか!?)
そうノーヴェが判断し、「レベ……」とスキルを発動しようとすると……。
女隊長が初めて見せた魔法?──水系の初級魔法『フリーズアロー』と思しき氷の矢がノーヴェの眼前に迫っていた。
ティオが傍で護衛をしていれば難なく弾いていただろう。
クォートが魔法陣への対処に意識を取られていなければ、容易く防げただろう。
ここでノーヴェがスキルを発動出来ていれば、全てを吹き飛ばす事が可能であっただろう。
しかしもうそれらは全て過去の仮定でしかない。
氷の矢がノーヴェを捉え様としたその時、ノーヴェの装備している『見躱しの靴』の防御魔法が発動する!
咄嗟にスキルを中断し回避に専念するノーヴェ。
靴の防御魔法が氷の矢を弾こうとするも、氷の矢の威力はそれを上回る。
だが、僅かながら軌道を逸らす事には成功する。
ノーヴェの素早い回避行動と防御魔法の効果により、氷の矢はノーヴェの頬を掠めて背後へと消えていった。
ただそれだけの、女隊長の稼いだ時間は僅かなものであった。
だが、それで充分であった。
ノーヴェが再度スキルを使おうとした時には、召喚陣からソレは完全にその威容を現していた。
全身を銀の光沢に包まれたその巨体は優に四ミートを超す。
形状はずんぐりむっくりとした人型。表面に凹凸はなくつるんとしていて、光の反射が眩しいほどだ。特徴としては倒れにくくするためだろうか、足が太く短くされている。
「やはり、ゴーレムですか……」
クォートがそう洩らす様に、その巨体はゴーレムと呼ばれる古魔導王国時代の魔導兵器だ。
逃げを打とうとしている彼らがこんな場に呼び出すという事は、ここで使い捨てる積りだろう。
だとするならば、魔法の国はゴーレムの製造を可能にしたという事に他ならない。
クォートは目の前のゴーレム以上に、その事実に脅威を感じていた。
「このゴーレムは総
と今や余裕の笑みを
ノーヴェ達の戦意を喪失させる為であろうか。はたまた──
(もしかして……これが噂の『冥途の土産』と言うやつかっ!?)
等とノーヴェは考えていたりしたが、『パーフェクトゴーレム』という響きにふと視線がゴーレムの足へと向かう。他の四人はゴーレムを見上げているというのに。
そんな五人の様子を、気付かれない様にしながら女隊長はじっと観察し、ノーヴェの反応にピクリと反応する。だがそれに気付いた者は誰も居なかった。
「それでは皆さん、これにて失礼致しますわ」
女隊長は優雅に一礼すると、サッと身を翻して後方の森へと撤退を開始する。
他の四人も女隊長に先行して撤退を始めている。
「クソっ! 行かせるかよ!」
ヴェンティが何とか機動力を生かして追い
「ちっ!」
地面に叩き付けられる前に体を捻り、何とか着地を決め衝撃を軽減する。チラリと視線を遣ると、ここまで頑張ってくれていた馬は激しく地面に叩き付けられ、息絶えていた。
それを見てフィーアは追撃を諦め、ノーヴェ達の所に戻り馬を降りる。
ティオも追撃を試みようとしたが、魔法発動の気配を察知し断念していた。
ミスリルゴーレムという強敵を前に、ノーヴェ達は森の中へと消えていく『ソーサー』の背中を見送る事しか出来なかった。
◇
「追手はなし。──皆、無事に帰れそうですね」
森の中を少し進んだ所で後方を振り返り、安全を確認したところで女隊長は部下たちに声を掛ける。
「アレはあのまま置いて行って良いのですか?」
部下その一の問いに女隊長は、
「良い訳がないでしょう。一応はウチの軍事機密ですからね?」
と軽い調子で答える。
じゃあ何で召喚したんだよと内心部下たちは思ったが、口にはしなかった。
「『上』から実戦データが欲しいと頼まれましてね。折角他国へ行くんだから、ついでに使ってくれと」
部下たちの内心など、女隊長にはバレバレであった。
「と言う訳で、私は戻ってアレを監視して来ます。最終的には自爆させる手筈になっていますので、アレに関しては気にする必要はありません」
「では私達は……?」
「このまま森を突っ切って……とは言いません。もう隠れている必要もありませんから、森の上を飛んで帰りなさい。国に戻った後は、いつもの様に。いいですね?」
『はっ!』
女隊長の命を受け、『ソーサー』の四人は魔法の国へと飛んで帰って行った。
それを見送ると、女隊長は邪魔な仮面と『ソーサー』の隊服を脱ぎ、腰のポーチへと詰め込む。
明らかに大きさが合わないが、するりとポーチに収まってしまう。これもどうやら魔道具の様だ。
それと入れ替わりに小型の弓を一張と、弓矢を扱うのに適した弓の国の戦闘服一式を引っ張り出して着替える。
「ふぅ。やっぱりこっちの方がしっくりくるわね」
「『パーフェクトゴーレム』と聞いて足を見ていたあの少年……。あの人が好きだったロボットアニメの、敵役のロボに似てたからあんな名前付けたけれど、これはもしかするともしかするかもね……」
そんな事を呟きながら、また手近な木に登ってゴーレムの様子を観察するのだった。
◇
そのゴーレムと対峙するノーヴェ達は、フィーアとティオに囮を任せつつ男三人で辺りに倒れたままの騎士団員と街道警備兵達の回収に追われていた。
このまま放置しておいては、ゴーレムとの戦闘の余波で死人が出るのは必至だ。
その為、小柄なフィーアと素早い動きのティオに密着しての接近戦を指示して囮を任せ、男衆はせっせと倒れた人達を一ヵ所に集めて周っていた。
ゴーレムの攻撃優先度はどうやら、敵対行動を取る者、動く者の順で、倒れている人間は大分優先度が低い様だった。
自身の周りをチョロチョロと動き回る二人に対して、腕を振り回し、数多ある上級魔法を惜しげもなくばら撒くものの、小柄な二人は剛腕の一撃を屈み、密着して躱す。
繰り出される魔法に対しても、風と雷に関してはフィーアの風神雷神が打ち消し、その他の魔法はゴーレム自身を壁として使うことで全て躱してのけていた。
二人の囮が貴重な時間を稼いでくれている間に何とか集め終わると、クォートが集めた人達を囲うように線を引く。
ノーヴェは何をするつもりだろうとその様子を眺めていると、クォートからまだ近くに居る馬を何頭か連れて来て欲しいと頼まれる。
ヴェンティと二人で手分けして、今度は馬を集めていると、ズゴゴゴゴと先ほどの場所から大きな音が聞こえてくる。
何事かと振り返ると、先ほどクォートが線を引いた位置を境に一ミートほど地面が競り上がっていた。クォートの『
続けて、その競り上がった地面を『
「ふむ。急
出来上がった台座を『
「台がちょっと重かったですかね」
クォートがそう零した様に、石の台座は殆ど動いていなかった。
「おーい! まだかいっ! いい加減こっちもそろそろキツイよっ!」
フィーアの怒鳴り声が急かしてくる。
「風の魔法で押してやったらどうだ?」
「成る程。やってみましょう」
馬と反対の西側にポーチから取り出した符をペタペタと貼り付けていく。どんな事態を想定しているのか、既に魔法陣が描いてある符を幾種類もポーチに詰めて来ている様だった。
「
クォートの起動呪文に応じ、魔法陣が起動。込められた魔法が発動する。
発動した風の下級魔法『
後は慣性に従って十分な距離を稼いでくれるだろう。
問題はブレーキが無い事だが、馬の命と少々の怪我は勘弁して戴こう。人命には代えられない。
途中で騎士団員が目を覚ませば、上手く速度を落とすなり、繋いである綱を切るなりしてくれる事を期待しよう。
戦うにしろ、逃げるにしろ、空間的にも精神的にもやり易くなったと言うものだ。
「いま代わるぞ!」
ヴェンティがフィーア達に向かって声を掛け、クォートを伴ってゴーレムに向かって走り出す。
クォートは流石にMPが無くなってきたのだろう、走りながら懐から小さな瓶詰のMP回復薬を取り出して一気に
フィーア達とすれ違う際には、再生強化の魔法『
ヴェンティ達と交代しゴーレムから距離を取ったフィーアとティオはノーヴェと合流。ノーヴェはポーチから液状の傷薬を取り出し、合流した二人に振り掛ける。
『
「どんな感じだった?」
と休憩中の二人に、ノーヴェはゴーレム戦の感想を尋ねる。
「硬い。とにかく硬い」
「だねー」
「隙を見てスキルも叩き込んでみたが、掠り傷を付けるのが精一杯だね。それも直ぐに再生しちまうけどね」
「あたしの太極ならそこそこ斬れたけど、アイツでか過ぎ! 切断出来ないから結局フィーアと一緒で、直ぐ再生されちゃう!」
「魔法も上位魔法をバンバン惜しげもなく使ってくるせいで、一瞬も気を抜けないよ」
「威力も範囲も高レベルな上に、自分には効かないからって、自分を巻き込んで使ってくるからチョー厄介!」
二人から出る感想は、ゴーレムの強さを肯定するものばかりだった。
「あの仮面の女術士の言ってた通りって訳か……」
「アレを
「だね。ちまちまダメージ積み重ねて倒せる相手でもなさそうだし。一発超強力な奴でドカーンとぶっ飛ばすしかないかなって思う」
「やっぱりそうだよなー」
今現在ゴーレムの相手役を務めてくれているヴェンティとクォートを見ても、まともにダメージが通っている様子はない。
ヴェンティが相手を惹きつけ、上位魔法にはクォートが相克の上位魔法をぶつけて打ち消している。時間稼ぎとしては非常に安定したコンビネーションを見せているが、出来ているのはあくまでも時間稼ぎでしかない。それも、長期戦になるとMPの加減で追い詰められていくのはコチラの方だ。
やはりゴーレムを倒せる可能性があるのは、ノーヴェのレベルエンチャントだけであろう。
ただ問題は、どうやって攻撃を命中させるか、だ。
持続時間はごく短く、失敗も許されない。
威力の調整なんてものも出来様はずもないため、ゴーレムの周囲及び、攻撃後に発生するであろう衝撃波の射線上にティオ達が居てはいけない。
仮に威力を落とせたとして、そのせいで仕留め損なうことがあれば本末転倒である。
やるなら全力以外に、ない。
しかしそうなると、レベルだけは999と最強だが、中身はレベル1である最弱のノーヴェが、ゴーレムと一対一で向かい合う形に為らざるを得ない。
(フフフフフフ……死ねる。マジ死ねるわぁ)
だがしかし、それしか無いと言うのなら、やってやるさと覚悟を決める。
ゴーレムの動きはもう散々観察させて貰った。
行動パターンは完全に掴んでいる。
自分一人ならどうにもならない相手でも、皆の援護があれば……っ!
「ティオ! フィーア!」
「良い
「何でも言ってねー」
「今からオレが、あのデカブツをぶっ飛ばして来るから、援護ヨロシク!」
命を張る覚悟に対して、出来るだけ軽い口調でノーヴェは二人に告げる。
「任せておきな」
「てめーのたまはおれがあずかったぜー」
「で? 何か作戦はあるんだろうね?」
「作戦って言う程のモンでもないけどね。あのゴーレムは強すぎるせいで、あまり複雑な動きをするように造られてない様だから……」
「まっすぐ敵陣に突撃してどーん! って暴れるだけで相手は壊滅だよ!」
「そう。まさにその通り。だからか小技を駆使して戦う様な想定が殆どされていない様に見える。だからこそ、そこにオレがあのデカブツに近づけるチャンスがある」
二人に自分の考えた突撃プランを提示すると、
「歳の割には良い観察眼をしてるね。良いだろう。その作戦で行こう」
フィーアの姐さんからゴーサインが出された。
「ヴェンティとクォートにも……」
「必要ない。あの二人がその程度の事、気付いていないとでも?」
「思わない」
「お前が指示を出せば、即座に対応するだろうさ」
「皆頼もしすぎるよ……まったく」
そう零すと、ノーヴェは手近に落ちていた剣を一本拾い、突撃の準備に取り掛かる。
ティオはと言うと、
「ふむふむ。さっすがノーヴェ。よく考えてるなー」
と
「詰み筋を読むとか心理戦みたいなのって苦手なんだよねー。相手の動きとか呼吸とか、視線とかで流れを掴んで戦う方が簡単なんだもん」
との事。
ノーヴェにしてみれば、そっちの方が難易度高ぇわ! と内心激しくツッコんで居たが、「まぁティオだしな」と一人納得する事にしたのだった。
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