第10話 Lv999(さいきょう)vs無敵(さいきょう)②

 単調な攻撃パターンながらも、僅かな油断が命取りと成りかねない。こちらの攻撃は傷一つ付けるのにも四苦八苦。そうして付けた傷も一瞬で再生してしまう。それに対して相手の攻撃は一発貰えば即お陀仏はまぬかれないだろう。

「やれやれだ」

 終始牽制と防御に徹するだけの、そんな退屈なゴーレムとの攻防にいい加減辟易へきえきして来ていたヴェンティの目に、フィーアを先頭にノーヴェ達が討って出て来た姿が飛び込んで来る。

「おっ! これは……」

 ヴェンティの期待を裏切る事無く、ノーヴェから指示が飛んで来る。

「ヴェンティ! 左を!」

「おうさ! 任せとけ!」

「じゃあ、アタシは右だねぇ!」

 ノーヴェの指示を受け、今までとは打って変わってヴェンティとフィーアが左右からゴーレムに対し猛撃を加え始める。

 相手に反撃の間を与えさせんとばかりに、それぞれの側のゴーレムの腕に攻撃を集中させる。

 ヴェンティもフィーアも、今までゴーレムにダメージを負わせるのに苦労していたのが嘘かの様に、ゴーレムの腕を斬り刻み、破壊していく。

「うおおおおおおおおおお!」

「はあああああああああああ!」

 一瞬たりとも止まる事ない二人の熾烈な攻撃は、しかしゴーレムの再生速度を上回る事はない。

 腕を破壊した次の瞬間には腕は元通りになっている。

 その直った腕を、その瞬間に再び叩き斬る。

 斬られた傍から修復し、修復したら斬る。

 その繰り返しだ。

 二人はこの一連の攻防に全ての力を注いでいる。後の事は考える必要はないとばかりに。

 このままこの戦いに決着を付けるのだから!

 ゴーレムは二つの物理的脅威に対し、その剛腕で対処を図るものの、肝心の腕が瞬く間に壊されてしまう。修復が間に合わない様であれば、その身に宿す上位魔法の数々で対処もする所だが、腕の修復は幸い間に合っている為、再度腕による反撃を敢行しようとする。だが、その腕はまた直ぐに破壊されてしまう。修復……破壊……修復……破壊……。

 なまじ修復が間に合ってしまうせいで、ゴーレムはその場で次の行動に移る事ができず、事実上の動作停止に追い込まれていた。

 ノーヴェの作戦の第一段階が成功した証であった。

 ノーヴェはそれを確認する間も惜しんでゴーレムの目前まで走り込んでいく。

 こんな余力も使い切る全力戦闘が、そんな長時間保つはずがあろうはずもないからだ。

 新たに現れた第三の標的に対し、ゴーレムは物理的対処を断念。新たな脅威に対し魔法での対処を実行する。

 展開されるゴーレムの魔法陣。

 だがそれが発動する事はない。

 クォートによる魔法陣破壊だ。

 魔法の相殺では、下手をすればノーヴェが無事では済まない。

 であれば発動する前に叩き潰すのみ。

 散々飽きるほどに見せられた魔法陣を崩す事など、実戦魔法の研究者であるクォートには容易い事であった。

 ノーヴェの描いた作戦通りに事は推移して行く。

 ゴーレムの反応を全て読み切っているのであろう。終局に向け、一手一手詰めて行くだけである。

 そして遂にノーヴェはゴーレムの目の前、僅か数ミートの距離に迫る。

 ゴーレムは最大の脅威を、そうと気付く事なく自身の懐まで招いてしまった。

 如何いかなレベル1の攻撃であろうとも、絶対必中の距離。

 如何いかに素早く動けようとも、その巨体では躱し切る事あたわぬ距離。

 ノーヴェは高らかに叫ぶ。


「レベル>>>パワーエンチャント!!」


 圧倒的なちからが。

 極限の一撃が。

 絶対の、破壊が。

 ここに顕現する!!


 ノーヴェのエンチャントの叫びを聞くや否や、それまで全力での連撃を続けていたヴェンティとフィーアは残る力を振り絞って、今度は全力で退避する。

 クォートは万一の事態に備え、何時でも魔法が放てる様に準備をしている。

 仲間達が見守るなか、ノーヴェが動く。

 ──残り十三秒。

 腰だめに構えていた剣を、一番面積の大きいゴーレムの胴体部分を狙って、下から上へ渾身のちからで投げ飛ばす。

 ノーヴェの手から放たれた剣は、衝撃波を発生させながらゴーレムへと迫る。

 刹那の間もなくゴーレムの体を、いとも容易く、穿ち、貫き、撃滅する。

 ──はずだった。


 ゴーレムは、ノーヴェがエンチャントの使用により想定外の、未知の脅威と成ったと瞬時に断定。

 即座に超限駆動エマージェンシーモードを実行。

 攻撃に回していた大量のマナをそのまま前方空間に展開。爆発させる。

 魔法制御に失敗した時などに起きる人為的なマナの暴発。マナバーストと呼ばれる現象だ。

 それを意図的に、且つ人が起こすそれを遥かに超えた高威力で、指向性を持たせて引き起こしたのだ。

 ゴーレムが起こしたマナバーストは、ノーヴェが放った剣を弾き飛ばす事こそ叶わなかったが、その軌道を僅かに上方に逸らす事に成功する。

 しかしそれだけでは、直撃コースからは逃れられない。

 更にゴーレムはマナバーストを推進剤として、急加速で後退しつつその巨体をけ反らせた。

 全ては計算の内だったのか、出来うる限りの回避行動を行っただけだったのか……。

 絶対に外すはずのなかった、必殺の一撃は、ゴーレムの前面をえぐり、破壊し、雲を貫き遥か上空へと一筋の光の帯を残しながら消えて行った。

 ただそれだけであった。

 ゴーレムの動力源たるコアを破壊できなかった事で、ゴーレムのボディは瞬く間に修復していく。

 その様をノーヴェは地面に伏しながら見ている事しか出来なかった。

 ──残り十秒。


 ノーヴェが剣を投げ放った瞬間起きたマナバーストにより起こされた爆風は、ゴーレムだけでなく、その余波で間近にいたノーヴェをも吹き飛ばす。

 攻撃の直後の硬直。想定外の攻撃。

 一切の防御行動、回避行動が間に合わず、このままではただ爆風に翻弄ほんろうされるより他はない。

 あの巨大なゴーレムをも吹き飛ばす爆風だ。僅かばかりの余波とは言え、ノーヴェにとっては致命傷と成りかねない。

 フィーアもヴェンティもその位置は遠く、クォートの魔法も果たして間に合うか……。

 そんな中、最もノーヴェの近くで、最も素早く反応したのはティオだった。

 爆風がノーヴェの体を、木の葉の様に吹き飛ばすかと思われた瞬間──

 強引にノーヴェの体を引き倒し、自身の影にノーヴェを庇う。

 ティオはノーヴェと体が密着する事もいとわず、出来る限り低い姿勢を取りつつ、互いの影を重なり合わせる。

 上方で荒れ狂う暴風は、二人の体をそのあぎとに捉えんと猛威を振るう。

影縫かげぬい!」

 ティオは左手でノーヴェを押さえつつ、右手の『陽』を重なり合う二人の影に突き立てる。

 するとガチリと固定された影が、今にも浮き上がりそうになっていた二人の体を、その場から捉えて離さなかった。

 マナバーストによる爆風が猛威を振るったのは、僅かに数秒。

 ティオの咄嗟とっさの機転で難を逃れたノーヴェは、その視線をゴーレムへと向ける。

 体の前面を抉り削り取られながらも、ゴーレムはそこに居た。

 急速に修復を行いながら背後に倒れ掛かった体を、再度マナバーストの反動で一気に起こす。

 いや、そのまま飛び上がった!

 加速度と質量と重力を乗せた両碗の一撃でもって、最大の脅威を撃滅せんとする。

 高速で迫りくる超重の巨体に、ノーヴェの意識は回避を実行するが、ゴーレムの速度に比してその体は遅々として動かない。ティオも影縫いを解除しノーヴェを掴んで躱そうとするも、俯せの状態からでは一手ゴーレムが勝る。

 ゴーレムが両碗を振り被り、ノーヴェとティオを叩き潰さんとしたその時──

「トマホーク!!」

 ノーヴェ達の上を二本の魔斧が、ブオンブオンと豪快に空を切り裂きながら回転。

 狙いあやまたず、二本の魔斧はそれぞれゴーレムの両碗の付け根に激突。

 激しい金属音を鳴り響かせながら、それでも回転を止めない魔斧は、遂にはゴーレムの両腕を斬り飛ばす。

 両腕を失い、魔斧との衝突で軌道が歪められたゴーレムは、ノーヴェ達の目の前にドスゥゥンと地響きを立てながら着地する。

 叩き潰される事は免れたノーヴェ達であったが、その衝撃で後ろにゴロゴロと転がされて行く。

 直ぐ様体勢を立て直しノーヴェはゴーレムに向かって駆け出す。

 エンチャントを発動してから、どれ程の時間が経過したろうか。

 もう残された時間はそうないだろう。

 ノーヴェのMPを一〇増やしてくれていた腕輪が、砕け散った。

 ──残り、三秒。


 ゴーレムもまた超限駆動エマージェンシモードにより、本来あり得ざるマナの消費。攻撃用のマナだけでなく防御機構に回していたマナまでをも使って、目の前の脅威を排除せんとしていた。

 このゴーレムにとって、防御機構こそ生命線。

 防御機構こそが、このゴーレムを無敵たらしめている。

 その絶対的優位性を捨ててでもこの脅威を排除する必要がある。

 ゴーレムは一切の逡巡しゅんじゅん躊躇ためらいもなく、マナを使い続ける。

 もはや斬り飛ばされた腕を再生させる事もなく、その巨体でもって圧し潰さんとノーヴェに迫る。


 駆けるノーヴェ。

 はしるゴーレム。

 二つの線が一つの点へと交わる。

 激突の直前、ゴーレムは跳ぶ。

 ね飛ばしたのでは衝撃が後ろに逃げ、殺しきれない可能性がある。確実に殺す為に威力の逃げ場のない、圧殺を選択する。

 ノーヴェは目の前で突然消えたゴーレムに戸惑うことはなかった。

 ここでゴーレムは跳ぶと、ノーヴェには解っていたからだ。

 最後の一歩。

 力強く踏み込んだ右足は地面を割り砕き、陥没させる。

 上空からボディプレスを仕掛けてくるゴーレムを、迎撃する構えだ。

 互いが激突する瞬間に合わせ、『ちから』を最大限にその拳に乗せて、ゴーレムのどてっ腹へと叩き込む!

 ノーヴェに残された時間は──残り、一秒。

 ノーヴェはここまで計算していたのだろうか。

 はたまた、己の体を犠牲にしてでも成し遂げる覚悟がこの結果を導いたのか。

 ノーヴェの拳がゴーレムの体を捉えた瞬間──

 強力無比な防御結界が発動する。

 瞬時にノーヴェの体を覆いつくし、保護する防御結界。クォートから渡された腕輪の効果だ。

 その防御結界はノーヴェの拳を保護しつつ、それ自体がゴーレムの装甲を打砕く為の至高の武器と化す。

 最高にして最硬の拳は、ゴーレムの巨体を遥か上空へと高々と打ち上げ、四散させる。

 ──残り、〇秒。

 MPを使い果たしたノーヴェは、そのままその場にパタリと倒れ伏した。


 空中で四散し、木っ端微塵に粉砕されたゴーレム。

 だが、それで終わりではなかった。

 そう。ゴーレムはノーヴェの攻撃だけで粉々に為った訳ではなかった。

 ゴーレムは自己保存の最大の要である駆動炉を保護するため、敢えて四散したのだった。

 ノーヴェの拳を受けたゴーレムは、瞬時にその威力が自身を全て破壊し尽くすと結論付ける。

 全身に伝わる崩壊の調しらべから駆動炉を守るため、自ら全身をバラバラに砕く事で衝撃をらして見せたのだ。

 駆動炉さえ残っていれば──

 ミスリルで出来た駆動炉は立ちどころにMPを回復させ、再びゴーレム自体を蘇らせる。

 そしてゴーレムは感知していた。

 最大の脅威が突如、消失した事を。

 体の再生が済めば、己の勝利は揺ぎ無い。

 そしてここは地上からは遠く離れた空の上。

 地上からの攻撃など届くはずもない。よしんば届いたとして、どれ程の威力があろうか。

 魔法であれば十分な威力を発揮できようが、魔法ではミスリル製のゴーレムの炉を破壊する事は出来ない。

 地上に落下するまでの十数秒もあれば、炉を保護し戦闘を行える程度には再生も出来よう。

 そう──、地上に落下するまでの、十数秒さえあれば……。


 その様子は地上に居る四人にも窺い知る事が出来た。

 ゴーレムをまだ、完全に破壊し切れてはいない事を。

 しかしどうやってその距離を埋め、あの炉を破壊するか。

 クォートは今手元に武器を持っており、より攻撃力の高いヴェンティを上空まで飛ばす方法を選択する。

 浮遊魔法レビテートで浮かし、風の上位魔法『竜巻トルネード』で一気に炉に手が届く位置まで送り込もうと言うのだ。

 クォートが一秒も惜しいと魔法を展開しようとしたが、それより早く動いた者が居た。

「ノーヴェのサポートはああああああああああ……」

 ティオがスキル『影渡かげわたり』を使い自身の影に沈んだ次の瞬間、ティオの姿は遥か上空。

 ゴーレムの駆動炉の影からその姿を現した。

「あたしの役目えええええええええええ!!」

 両手に携えた双剣『太極』を振り被る。

「クロスぅぅぅぅぅスラァァァァァァァッシュ!」

 陰と陽、黒と白。黒の中の白、白の中の黒。

 二つの線が、ゴーレムの駆動炉と交わる。

 『太極揃わば、この世に斬れぬ物なし』と言われるその切れ味を遺憾なく発揮する。

「たああああああ!」

 一息に、都合六度のクロススラッシュがゴーレムの駆動炉を完全に細切れにしてしまう。

 ティオによって完全に破壊された駆動炉は、遂にその活動を停止する。

 ミスリルゴーレムであった金属の塊たちは、駆動炉の停止に伴い、ただのミスリル金属となって地面に向かって落下していく。

 駆動炉の完全破壊を確認したティオもまた、後の事はクォートに任せ自由落下に身をゆだねる。

 クォートは倒れているノーヴェの所に他二人を呼び寄せ防御魔法を展開。落下してくる元ミスリルゴーレムの破片から仲間達を守る。

 続けて落ちてくるティオには、ヴェンティを飛ばすために準備していた浮遊魔法レビテートを掛け、地面との衝突を回避。無事ティオは地上へと帰還を果たした。

 ノーヴェ達は誰一人犠牲にする事無く、無事ミスリルゴーレムの撃破に成功したのだった。


 ◇


 そしてその一部始終を少し離れた場所からこっそり観察していた、弓の国の女王こと女隊長。

「これは思わぬ収穫だったわね。正直あそこまでの強さだと、一般兵を幾ら投入しても無駄ね。将軍級を五人以上……で一体を何とかと言った所かしら」

 ミスリルゴーレムと自国の兵の戦力を比較して、そう分析する。

 これでここでの用事は全て済んだと撤収の準備に入る。

「まあ、私なら……二射といった所でしょうか」

 その言葉には謙遜が多分に含まれていた。

「それにしても……あの子、本当にもしかするともしかするかも。ふふふ。これは楽しくなってきたわね。ふふふふふふふ」

 そう呟く女隊長の顔は、まるで恋人を想うそれの様──ではなく、亡くした大切なモノを見つけた様なよろこびに溢れていた。

 女隊長は全ての撤収作業を終えると、一切の痕跡を残す事なくその場から去って行った。

 後に残るのは、破壊され尽くしたミスリルゴーレムの破片ばかりであった。


 ◇


「こちら『いの一番』、今回の作戦はつつがなく全て終了。後処理を済ませた後、帰還する」

「こちら『いの二番』、了解。無事の帰還を待つ。…………」

「こちら『いの一番』、どうした?」

「こちら『いの二番』、何か良い事でもありましたか?」

「…………何の事かしら?」

「こちら『いの二番』、忘れてらっしゃいますよ」

「あっ……。…………こちら『いの一番』、探し物が見つかったかもしれない」

「まあ! おめでとう御座います! では、もう《雫》集めはお止めになるので?」

「こちら『いの一番』、それはそれ、これはこれ。まだ確証を得たわけではないし、別の事に必要になるかもしれないからね。一応手に入れておくとします」

「こちら『いの二番』、では今後は並行して進めるという事で、宜しいでしょうか?」

「こちら『いの一番』、ええ。その様に」

「こちら『いの二番』、了解しました。それでは交信終わります」


 ◇


 魔法の国。とある魔道師──魔道具制作を主とする者の総称──の研究所。

 白髪の老人の前に、一人の若い女性がひざまずこうべを垂れている。

「で、どうじゃった? 儂のミスリルゴーレム初号機は」

「はっ。攻撃機構、防御機構共に正常稼働を確認。攻撃の面では対個人における弱点が見られましたが、防御機構は非常に優れていました。将軍級の腕前の者ら五人に依って倒されましたが、特に再生機能は優秀でありました。それと、懸案けんあんであった超限駆動エマージェンシモードの発動、正常稼働も確認致しました」

「ほほー。そうかそうか。想定通りじゃの」

「いえ。想定以上の出来ではないかと、現場で見ていた私には感じられました。あの者らでなければ、将軍級を同時に五人以上相手取る事も可能かと」

 女は見たまま感じたままの事を伝える。

「ほっほっ。そうか、そこまでであったか」

「はっ」

「ならばいよいよ、この量産型ミスリルゴーレムの出番も近かろう。総MPは試作型の一.二倍、搭載魔法も上位魔法から高位魔法へと強化してある。実戦投入までに戦術機構のブラッシュアップを行い、真に最強無敵の機甲師団を作り上げてやろうではないか! さすれば、かの弓の国の女狐めのつらを! 屈辱に歪ませ、儂の前に這いつくばらせてやる事ができようて! はーっはっはっはっはっはっはっ!」

 高笑いを上げる老魔導師の声を、女はこうべを垂れたまま黙って聞いていた。

 屈辱にかおを歪ませ醜く無様ぶざまに命乞いをするのは、さてどちらかしらと。

 二人が居る研究所から覗ける格納庫には、都合十体のミスリルゴーレムが鎮座していた

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