第8話 争奪! 女神の雫②

 西から東へ猛然と駆ける騎馬の一団。

 剣の国が誇る首都警備の要、ローレンツィア騎士団である。

 今回は脚の速さを優先し、装備は軽装、騎士団の中でも速さに優れた者を選抜した少数の部隊である。

 十名ばかりの一団を率いるは騎士団一の馬の名手とされる、上級騎士のチェントである。

 術士の傭兵クォートを探しに行かせていた騎士が戻り、犯人の行方を掴むと直ぐにあらかじめ編成されていた捜索隊が出発。夜が明ける前に一番関所へと到達。一戦あるやも知れぬと考え人馬共に休憩を挟み、そして現在再び走り出していた。

彼奴きゃつはおそらくこの一番から二番の間に居よう! 術士の話では抗魔アンチマジックの施された箱を持っているとの事だ。《女神の雫》が納められた箱だ。手に持てるようなサイズではない。東へ向かって移動するそれらしき人物全て当るぞ! 抜かるなよ!」

『おう!』

 術士の話を受け、捜索隊の面子には小さな光の玉を飛ばす魔道具を携帯させている。

 抗魔アンチマジックの箱に当てれば光の玉が弾け飛ぶ。

 これを使って犯人探しをしようと言うのだ。

 幸いバザールの影響もあり東から西へ向かう人は多いが、その逆はそう居ない。

 総当りでも十分に探し当てられるだろうと、チェントは見ていた。

 その読みはおおむね正解で、順当に行けば日が暮れるまでには十分犯人を特定出来たであろう。

 そう、想定外の邪魔さえ入らなければ……。


 ◇


「う……ん……? ここは……?」

 目を覚ましたノーヴェは、見慣れぬ景色に誰に聞くともなく呟く。

 ベッドで寝かされていたノーヴェを、横でずっと見守っていたティオがノーヴェのつぶやきに答える。

「転移の魔法陣で移動した先。二番関所の西宿場町にあるクォートの別荘だよ」

「あー……そっか。うん。了解」

 気を失う前の事を思い出しながら、ティオの答えを理解する。

 ベッドから起き上がると、「ん~……」と声を洩らしながら、グッと背筋を伸ばす。

 軽くストレッチをして体をほぐすと、意識もハッキリしてくる。

「お。目が覚めたか」

 物音を聞き付けたのだろう、ヴェンティが顔を出す。

「他の二人は?」

「フィーアには色々と調達しに行って貰ってる。俺らが行くよりも何かと安上がりなもんでな」


 小さな背丈と幼げな容姿、しかしそれに似合わぬ妖艶さと邪気あどけ無さを兼ね備え使い分けるフィーアが、惜し気もなく肌を晒しながら商店を訪れる。

 そして、店主は大概が男性である。

 店に訪れたフィーアに店主は、得も言われぬ背徳感に加え、見目の可憐さ、体付きのなまめかしさに思わず唾を飲み込む。

 そうなればもうフィーアの物だ。

 たっぷりと『サービス』を引き出して、その店での買い物を済ませる。

 そんな遣り取りをもう何軒も繰り返していた。

 相当な『サービス』をさせられてしまった店主達であったが、何故か皆「良い取引だった」と恍惚の笑みを浮かべていた。一体どんな取引があったのかは定かではない。


 一方クォートは──。

「クォートは上空から偵察に行ってるよ」

 浮遊レビテート遠視ルックの魔法を行使して、街道とその周辺の情報収集に当っていた。

 ノーヴェがティオとヴェンティから現在の状況を説明してもらっていると、玄関の戸が開けられる音がする。

「帰ってきたみたいだな」

 直ぐにドンドンと、床を踏みしめる重たげな音が近付いてくる。

「そろそろ起きる頃だと思って戻って来てみりゃ、丁度良いタイミングだったみたいだねぇ」

「ああ。ついさっき起きたばかりだよ」

「そうかい。……よっと!」

 フィーアは両手と背中に持った大量の荷物を床に降ろしていく。

「また凄い量買って来たな」

「ね!」

 その量に驚くヴェンティとティオに、フフンとフィーアは笑って見せる。

「限界まで引き出して来てやったからな。アッチの方もな」

 アッチと言うのが何を指すのか分からないノーヴェとティオではない。少し顔を赤くして言葉に詰まっていた。

 そんな三人の遣り取りを見て、ヴェンティはケラケラと笑っている。

「あまり若い子をからかうものじゃないですよ」

 何時の間にやらクォートも戻って来ていた様で、そう言ってフィーアをたしなめる。

「それにしても……確かに凄い量ですね、これは」

「野郎相手の交渉事は任せておきな」

「流石に全部持って行く訳にもいきませんね。必要な分だけ選ぶとしましょう。余った物は置いておいて、後で回収しましょう」

 そう言うと荷物の中身を広げていく。各自その中から目ぼしい物を選んで仕舞っていく。

 ノーヴェが何を持って行こうか考えていると──。

「これを」

 とクォートが広げた荷物の中から腕輪を一つ、あらかじめ自身が用意していた腕輪をもう一つ渡す。

「一つはMPを一〇増やしてくれます。もう一つは一度だけ自動で攻撃を防いでくれます。これは私が少し弄って当たり判定を緩くしていますので、直撃しか防ぎませんので注意して下さい」

「分かった……。どんな風に攻撃を防ぐんだ?」

「良い質問です。こちらの腕輪は独自の攻撃識別圏を展開し、その攻撃が保護対象に対して命中するかどうかを計算し、攻撃が当たる瞬間に合わせて瞬時に強力な防御結界を形成します」

「その結界はどの程度の時間保つんだ?」

「発動した結界は十秒程で腕輪と共に砕けます。あくまで緊急用ですので、防御結界で盾になろうとかはしないで下さいね」

 そう教えられた腕輪を、早速両腕に一つずつ装備していると、ティオも一つ選んで渡して来る。

「じゃーん! あたしからはコレだ!」

 と一足の靴を差し出す。

「ほうほう。成る程。良いですね」

「この靴にはどんな効果が?」

 ついノーヴェがクォートに尋ねると、ティオがズイっと割り込んでくる。

「そーこーはー! あたしに訊くところでしょー!」

「あっ! いや……つい……ね?」

「まーついクォートに聞いちゃうのは、正直あたしも分かるけど」

 学者風の見た目の所為か、物を聞くという事に関してはついついクォートを頼りがちだ。

 今回も何の悪気も無しにノーヴェはクォートに聞いていた。

 それが分かっているからティオも怒ってますよという体だけで、別に本気で怒っている訳ではない。

「じゃあ改めてティオ、コレは?」

「コレはねー、『身躱しの靴』っていう魔道具よ!」

「名前からするに、攻撃を躱しやすくなる……とかか?」

「平たく言えばそうとも言えるし、そうではないとも……うーん」

「どっちだよ!」

「先生! 後はお願いしゃーっす!」

 とティオは結局説明をクォートに放り投げる。

「やれやれ……。『身躱しの靴』はですね、履いた者のすばやさを一〇上げてくれるのに加えて、風の防御魔法である程度の攻撃をらしてくれる効果があるのです。ですから、躱し易くなると言えばそうですし、躱してないと言えば躱してはない場面も多いです。まあ結果として攻撃が当り難くなるという所は同じですから、大した問題ではないですが」

「そう! それが言いたかった!」

「ホントかー?」

 疑わしげな視線をティオに向けるノーヴェ。

「ホントホント。『創生神ゼイロ』に誓って!」

(創生神ゼイロって、何かどっかの管理なんちゃらの誰かさんみたいな名前だな……)

 そんな不信心な事を思い浮かべるノーヴェ。

 ノーヴェの生まれ育った村には、創生神ゼイロをあがめる創神教の教会がなく、太陽神サンズをまつやしろがあるだけだった。

 そのお陰か、宗教的な事には疎い方であったが──。

「まあティオがそこまで言うなら、そういう事にしておきますか」

 『創生神ゼイロに誓って』のフレーズを神官以外が使う時は、嘘吐きの常套句であるという事くらいは知っていたが、ノーヴェは敢えて突っ込まないことにした。

 ティオから靴を受け取り履いてみる。

 見た感じだいぶ大きそうに見えたが、履くと自動的に足のサイズに収縮し、ピッタリフィット。

「おお!」

 なんかちょっと感動を覚えるノーヴェ。

「誰が使うか分かりませんから、大抵の魔装具──魔道具の一種。主に装備品に対して使われる呼び名──にはサイズを装着者に合わせる魔法が組み込まれているのです」

 すかさずクォートが解説を述べる。

 後は回復系のアイテムを色々ポーチに詰め込んで、ノーヴェの仕度も一段落する。

 それを見計らってヴェンティがクォートに訊ねる。

「相手の位置は?」

 当然の様に、掴んでいない等とは考えもしていない。

「先程確認した所、ここから西方におよそ五〇ジンミート、街道を東に向かって移動中」

 それを聞いてノーヴェは、ふと疑問に思ったので聞いてみる。

「クォートのサーチは防がれてなかったっけ?」

「単純に出力の問題ですからね。ある程度近くに居るのは分かっていたので、索敵範囲を狭める事でサーチの強度を上げたのですよ」

「なるほど」

「ここを出発したら、サーチの魔法は恒常展開させます」

「相手にバレたりしないか?」

「バレても構いません。常に位置が把握出来るのですから、ここまで来たら逃がしはしませんよ」

 クォートの力強い言葉を受け、ノーヴェも得心する。

 それを見届けたヴェンティが声を掛ける。

「おーし! それじゃあ全員準備も良い様だし、行こうか!」

「何でてめぇが仕切ってんだい」

 ドンとフィーアにあっさりと突き飛ばされる。

「ホレホレ。リーダーはアンタなんだ。ビシっと決めな」

 ぐいっとノーヴェの腕を引っ張り、皆の前に立たせる。

 急に皆の視線を浴びて少し気後れするものの、ふんっと気合を入れ直す。

「《女神の雫》はオレ達が頂く! 皆、行こう!」

「「「「おう!」」」」

 別荘の前に用意されていた──これもフィーアが調達してきた──五頭の馬にまたがる。

 先頭にヴェンティとフィーア、ティオ、ノーヴェと続いて、殿がクォートという並びだ。

 一行は一路街道を西へと向かって全速力で駆け出して行った。


 ◇


 ソーサーの一行は大樹の下で一時間程度小休止した後、次の作戦に移るべく準備を進めていた。

 女隊長は再度大樹を登り、ホークアイを使って周囲を今一度確認。

 西からの騎馬団がこちらまで来るにはもう一時間程は掛かりそうに見える。

 南の警備隊は大分こちらの近くまで来ている。

 東の関所からは相変わらず特に兵が動く様子はない。

 一つ気になる所と言えば、傭兵らしき五人組が馬で西に向かって移動している所か。

 偶然かあるいは……まあどちらでも大した問題ではないかと女隊長は結論付ける。

 一通り確認し終わり、望む状況に近い形が出来上がりつつある事を確信する。

 大樹から下り、絶賛準備中の部下達に声を掛ける。

「今より三十分後、仕掛けます」

「「「「はっ!」」」」

「あと、万一に備えてコレを渡して置きます」

 女隊長は懐から折畳まれた一枚の小さな紙を取り出し、部下その一に渡す。

「なんですか、コレ?」

「召喚陣の描かれた特別な紙です。MPも充填済みですので、呪文を唱えるだけ勝手に広がって陣が発動します」

「結構大きな魔法陣のようですが……」

 コンプレスの魔法で小さく圧縮されているのを考慮すると、およそそ四~五ミート程はありそうだと推察する。

「大きな物を召喚するには、大きな魔法陣が必要ですから、当然です」

「こんなサイズの物となると……」

「多分想像通りの物ですよ。最近やっと開発に成功した試作機らしいですよ?」

「大丈夫なんですか、それ?」

「さあ? 普通に動いてくれればそれで十分でしょう。あと、その紙は貴重品なので失くさない様に気を付けて下さいね」

「ははっ!」

「では、準備は抜かりなく。失敗は挽回出来ますが、失った命は戻りません。自分一人の油断、慢心が隊を全滅しるという事を肝に銘じて下さい」

「「「「はっ!」」」」

 緊張感のある引き締まった顔で良い返事を返してくる部下四人を見遣り、一つ頷くと女隊長は自分も入念に準備をする。

 この四人の部下達を死なせないために。

 本来の部下である『ろの一番』も死なせないために。

 弓の国の家臣や配下達には甘いと言われる事もあるが、本来は敵国の兵であるこの四人の部下達の事を、女隊長こと弓の国の女王陛下は存外気に入っていた。


 ◇


 ノーヴェ達一行がクォートの別荘を出発しておよそ一時間。

 クォートのサーチによる反応が、目的の場所が程近い事を示す。

「後一~二ジンミートで接触します!」

 クォートが前を走るティオとノーヴェに声を掛ける。

「あと一~二ジンミートだって!」

 ノーヴェが更に前を走るフィーアとヴェンティにそれを伝え、ヴェンティは了解の合図を送る。

 各々武器を手に取り、何時でも戦闘に移れる様準備する。

 と、そこでヴェンティとフィーアが前方の異変に気付いた。

 ヴェンティがクォートにハンドサインで前方確認を要請。クォートが遠視ルックで偵察すると、騎馬の一団と術士の一団が戦闘状態にあるのが見える。

 それ以外にも、多数の街道警備兵が打倒うちたおされている姿も確認できた。

「どうやら一足先を越された様です!」

「なら、急がないとねえ!」

「一旦様子見という選択肢もありますよ?」

 判断はノーヴェに任せると言う様に、視線を向ける。

 ノーヴェは一拍も間を置かずに応える。

「このまま突っ込む! 争っているならむしろ好機! あそこに《女神の雫》があるっていう証拠だ!」

「そうこなくっちゃな!」

たぎるねえ!」

 ヴェンティとフィーアは意気揚々と、

「ブツの回収は任せなさーい!」

 ティオは軽い調子で、一番の危険所を請負い、

「良い判断だと思いますよ」

 クォートはノーヴェの判断を肯定する。

 何処の誰だか知らないが《女神の雫》渡すまじと、一行は完全戦闘態勢で渦中へと飛び込んで行くのだった。

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