二章 5


 ぽかりと、リメラはハシェドの頭をなぐる。


「そんなこと言うと、お菓子をあげないわよ」

「わかったよ。リメラは可愛いし、いい子だよ」

「お菓子がほしくて言ってるんじゃないでしょうね?」

「違うよ。リメラはとっても可愛いよ。お母さんの次にキレイだよ」


 リメラは何か言いかけたが、むっと口をとがらせた。


「まあいいわ。叔母さんは美人だから、叔母さんの次でもゆるしてあげる。はい、カップケーキ。今日はなかにフルーツとクリームが入っているんですって。ハシェドはイチゴと栗と、どっちが好き?」

「イチゴ」

「……いいわ。イチゴをあげる。でも、今度のときは、あたしがイチゴよ?」

「うん」


 中庭のかたすみで、庭石に腰かけて、日替わりのおやつを食べたものだ。


「リメラの髪はまっすぐでいいね」

「イヤよぉ。あたしの髪、黒いのよ? 黒くてまっすぐなんて、なんのヘンテツもないわ。ええと……ヘンテツでいいのよね。昨日、習ったの」

「ふうん、ぼくは、まっすぐのほうがいいな。だって、クシにひっかからないし」


 鳥の巣みたいにちぢれた自分の巻き毛。せめて、まっすぐだったら、少しはユイラ人らしく見えたかもしれない。


「あたしは、ハシェドみたいな巻き毛がいいな。巻き毛は女の子のあこがれなのよ」

「そうかなぁ」


 では、この黒い肌を、リメラはどう思っているのだろう?


 リメラの光に透ける白い肌。赤いくちびる。可愛い少女。


 初めて会ったとき、リメラは花壇のなかで泣いていた。

 ハシェドが四つのときだ。


「ねえ、そこ、どいてよ。ぼくの植えたお花があるんだ」


 母のために父が持ち帰ったブラゴールの花。もうすぐ芽を出し、きれいな花をつけるはず。ブラゴールの草原に、夏になると色とりどりの花を咲かせるのだと言う。


「何よ、おまえ。あっちへ行って」

「ぼくの花壇だよ。おまえがあっちに行け」

「よくも、あたしに、おまえって言ったわね。わたしのお父さまはこの屋敷の主人なのよ。おまえ、誰よ。ユイラ人じゃないわね」


「ぼくはユイラ人だ!」

「ウソよ。だって、肌が黒いもの。お父さまに聞いたブラゴール人みたい」


「ぼくのお母さんはブラゴール人だけど、お父さんはユイラ人だ」

「お父さんって、誰よ」


「お父さんの名前は、アリエルだ」

「ウソよ! アリエル叔父さんは結婚なんてしてないわ」


「してるよ。ぼくのお父さんだ」

「ウソよ。してないわ。ウソつき。ウソつき」


 泣きだしたのは、よくあることだ。優しくてハンサムなアリエル叔父さんに、少女はあわい恋心をいだいていたからだ。

 でも、そのとき、ハシェドは幼かったので、どうして少女が泣いたのかわからなかった。


「どうしたの? どっか痛いの?」

「ウソつき! おまえなんか、大キライ!」


 少女は泣きながらかけだしていった。


 次に会ったのは半年後。

 ブラゴールへ行っていた父がもどったあとだ。


「おまえ、ほんとに叔父さまの子どもなんですってね」


 モジモジして、うしろめたそうだ。おそらく、父から真実を聞いたに違いない。


「そうだよ」

「悪かったわね」


 プイと、そっぽをむいて走っていこうとする。

 ハシェドはついていった。


「ねえ、痛いの、なおった?」

「どこも痛くなんかないわ」

「でも、泣いてたよ」

「うるさいわねぇ」


「ねえねえ、花が咲いたんだ。見てごらんよ」

「お花なんて見たくないわ」

「どうして? きれいなのに」

「だって、花なんて庭じゅうに咲いてるもの」


「お父さんがブラゴールから持って帰ったんだ。めずらしいんだって」

「ほんと? ウソだったら、ゆるさないから」

「いろんな色があるんだよ」


 父に愛されない少女と、屋敷でつまはじきにされる少年は、急速に親しくなっていった。

 ハシェドの弟たちはまだ小さかったし、しぜんと、おたがいだけが遊び友達になった。


「ハシェド。あんたって素直だし、優しいよね。それにくらべて、ヴィクトリーなんて、ほんとイヤになっちゃうわ。ワガママで生意気で、すぐ怒って物をなげてくるし。なのに、ケンカすると、あたしが叱られるのよ。そんなのっておかしいわ。あんたが弟なら、よかったのに」

「ぼくもリメラなら、お姉さんでもよかったよ」

「約束しましょうね。あたしたち、ずっと友達よ」

「うん!」


 そう言っていたのに——


「あんたなんか、大嫌い!」


 あのとき叫んだリメラの泣き顔が忘れられない。

 今でも、なぜ、リメラがとつぜん、あんなことを言いだしたのかわからない。


(隊長、遅いな)


 ハシェドは寝返りをうった。


(朝までに帰るって言ってたけど、夜が明けてから帰るつもりかな)


 エミールみたいに部屋に呼びこまれるのも苦しいが、外へ出られると、それはそれで気にかかる。


(あの人の、白い肌……)


 昼間、エミールたちの話していたワレスの体の特徴は、ハシェドも知っている。何度もいっしょに水浴びしているのだ。

 透きとおるように白い肌がまぶしくて、まともに見ることはできないが、それでも、その白さが目の奥に焼きついている。


(ほんと、マヌケな話だよ。自分の隊の隊長を好きになるなんて)


 ベッドのなかで、ハシェドはひそかに自分を笑った。

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