二章

二章 1



「あーら、いらっしゃーい。お待ちしておりましたよ」


 文書室へ行くと、安っぽい酒場の酌婦のように、ロンドが迎えてくれる。ベッタリしがみつかれると、抹香まっこうくさい。


「あいかわらず、気持ちの悪いヤツだな」

「あいかわらず、冷たいお人。でも、ステキ」


 頰やら首すじやらベタベタさわられるのだが、今日は我慢しておかなければならない。少なくとも反古紙をもらうまでは。


「今日は、おまえに頼みがあって来た」

「あーん。わかりましたぁ! 今夜、忍んでまいりますぅ」


 ワレスはゾッとした。

「なんでだ。おれは反古紙の都合をつけてもらいたいだけだ」


 今日は仕事中なので、ロンドは司書の制服を頭からかぶっている。頭部ぜんたいを覆うフードのせいで、顔色はわからない。しかし、ガッカリしたようだ。

「しゅん……」と、擬態語をみずから発し、わざとらしく、うなだれている。


 ワレスはそれを無視して話を続けた。

「大きさにもよるが、三十枚ばかりでいい。来月からは石板と白墨を用意する」


 ロンドはひらきなおった。

「反古紙一枚につきィ、一回ィ……」


 亡霊のような抑揚をつけて、ワレスの耳元でゴチャゴチャ言っている。


「一回、なんだというんだ? 寝ろというなら、冗談じゃない」

「ダメですかぁ……?」

「どっちもイヤだが、おまえなら、まだしも中隊長のほうがマシだ」

「ひどいィ……」

「まともな人間みたいに傷ついたふりをするな」

「わたくしは、あなたの影。どこまでも、つきまとってやるぅ……」


 たえきれなくなって、ワレスは叫んだ。


「ハシェド! コイツをなんとかしてくれ!」


 つきとばすと、ロンドは両手を動く死体みたいに伸ばして追ってこようとする。

 ハシェドが笑いながら、ロンドの肩を押さえた。


「ロンド。それ以上やると、隊長、もう文書室に来てくれなくなるぞ。それでもいいのか?」

「それは、イヤですぅ……」


 離れたので、ワレスはホッとした。


「おまえも、だんだん人間離れしてくるな」

「それはまあ、わたくしも魔術師ですから……わかりました。反古紙ですね」


 あきらめたようすで、すごすごとロンドは歩いていった。


「よう。モテるじゃないか」


 声がしたほうをむくと、窓ぎわで絵を描くジョルジュがいた。今日は絵描きの商売が繁盛しているらしく、何人もならんでいる。


「忙しそうだな」

「おかげさまでね。絵の具をありがとう」


 それも盗賊団の件で協力してくれた礼だ。


「好きな色を使えるってのは気持ちがいいよ。ほら、男前に描けたろう?」


 ジョルジュはむかいにすわった男に絵を渡し、ワレスに手招きする。だが、顔は次にすわった男のほうを見ている。


「家族に送る絵? いいとも。一枚二リーブだ。金はそこに置いてくれ」


 注文を聞き、絵筆を動かしながら、ジョルジュは言った。


「たのみがあるんだ。小隊長。今日から、あんたの部屋に泊めてくれないか?」

「急にどうした?」

「気味悪くてさ」

「何が?」

「う、わ、さ。おれ、苦手なんだ」


 ワレスはハシェドと顔を見あわせた。


「階段のところで人が死んだというやつか?」

「まあね。知ってたのか」

「つい昨日、知った」


「今までは正規兵のところを泊まり歩いてたんだ。正規兵のほうがおとなしいし、生活時間も規則正しい」


「べつに泊めるのはかまわないが、変死にイチイチおびえていたら、砦じゃやっていけないだろう?」

「そりゃ、おれだって、魔物にやられるかもしれないって覚悟はしてきたさ。だけど、あればっかしは……」


 ぶるぶるっと、ジョルジュは自分の言葉にふるえた。


「あれって、なんだ?」


 ワレスがたずねると、イヤそうな顔をする。


「あれはアレだよ。ほら……聞いてるんだろ?」

「おれが聞いたのは、変死体が見つかったという話だけだ」


 ジョルジュは泣きそうな顔で、変なことを言いだした。


「ゆ……幽霊だよ」

「幽霊? 幽霊がどうしたって?」

「何度も言うなよ。おれ、ほんとに苦手なんだ。怖がりとでもオクビョウとでも、ヘナちょことでも、好きに言えばいいさ。こればっかりはダメなんだ」


 背だけは傭兵に負けないぐらい高いくせに、ジョルジュはほんとに、この手の話に弱いらしい。なさけない顔でふるえている。ワレスは笑った。


「そんな話があるのか?」

「正規兵のあいだじゃ、もっぱら話のタネさ。なあ、あんた、おれの代わりに話してやってくれ」と、ジョルジュは客にむかって言う。


 ジョルジュの前にしゃちこばってすわっているのは、二十歳くらいの兵士だ。評判の名物男のワレスを、まぶしそうにながめている。


「話してくれ」


 ワレスが声をかけると、みごとに赤くなった。

 ユイラ人は美形の多い民族なのだが、この兵士は丸顔で、少しばかりしていた。


「はい! ワレス小隊長殿。おウワサはかねがね聞いております」

「どうせ、ろくでもないウワサだろう? まあいいから、話せ」

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