一章 3
*
翌日。
昼すぎの食堂には、人影が少なくなりかけていた。混むのが嫌いなので、ワレスはわざとピーク時をさけ、このくらいの時間帯に来る。
今日もハシェドとともに食事をしながら、ワレスは両サイドを二人の少年に挟まれていた。
エミールとカナリーだ。
二人ともワレスのとなりを陣取って、にらみあったまま、一歩もひかない。
「あんた、あっちに行ったら」と、エミールが言えば、
「そっちこそ」と、カナリー。
「この人は、おれのものなんだからね」
「そんなこと、誰が決めたの?」
「隊長がさ。おれはこの人の恋人なんだから」
「嘘つき。ワレスさんはそうは言わなかったよ」
「だったら、聞けばいいじゃないのさ。ねえ、隊長?」
急にエミールに問われて、ワレスは返事に窮した。
言葉につまっているうちに、今度は反対のとなりから、カナリーがワレスの腕をつかんでくる。
「ね? 約束したよね。もう一度、抱いてくれるって。あのときの約束はどうなったの?」
甘ったるく、しなだれかかってくるので、エミールがムッとして、もう片方のワレスの手をとった。
「なんだよ。たった一回、寝たぐらいでさ。おれなんか、隊長のあのときのクセなら、なんだって知ってるんだ」
「そんなこと、僕だって知ってるんだもの」
「嘘ばっかり!」
「嘘じゃないよ。内股のこのへんに、刺青を入れかけたあとがある!」
あやうく、ワレスは口にふくんだザマ酒をふきだしかけた。が、そんなのは、まだ序の口で、
「下のヘアは髪より濃い金色で、ほんとの純金みたい!」
「口でしてくれるとき……が——」
「あのときの声なんて、こんなだからね!」
混みぐあいが少ないとはいえ、まだ大勢の兵士がいる。
二人が真昼の食堂で話すことではない内容をおおっぴらに暴露するので、ワレスは視線の集中砲火をあびた。
そうでなくても、この前の泥棒さわぎで、ワレスの顔と名前は砦じゅうに知れわたった。
若くて美形で、砦へ来てたった
盗人の汚名をきせられたことでは悪名をとどろかせ、その濡れ衣を独力で晴らしたというので、今度はまた、ちょっとした英雄あつかいだ。
「いいかげんにしろ!」
ワレスは立ちあがり、二人の口を左右の手でふさいだ。
「うぐっ」
「それ以上しゃべると、二人とも縁を切るぞ」
「うっうっ」
「行くぞ。ハシェド」
早々に食堂をあとにする。ハシェドはうつむいたまま、ついてきた。
「まったく、毎日これでは、やりきれない」とは言うものの、ワレスにも責任はある。
エミールはワレスのもと部下だ。そのぶん、なじみも深い。食堂で給仕係をするようになってからも、ずっと、ワレスの愛人だった。
そのエミールをさしおいて、カナリーに手を出したわけだから、エミールが怒るのはしかたないことだ。いくら、あのときは自分にかかったぬれぎぬを晴らすためだったとはいえ。
一方、カナリーは、エミールが砦に来る前から、ワレスに目をつけていたらしい。この機会を逃すはずがない。
どちらも、ひかないわけだ。
ワレスが席を立つと、あわてて少年たちが追ってきた。
「待ってよ。ごめんよ。怒らないでよ。だいたいさぁ、もとはと言えば、あんたが、どっちつかずだから、カナリーがいい気になるんだ。なんとか言ってやってよ」と、エミール。
「さあな。勝手にやってろ」
「うわっ。最低。そういうヤツだって知ってたけどさ」
「だったら、つべこべ言うな」
「もう、頭にくるなぁ」
エミールがからみついてくる。
誰に買ってもらったのか、髪と同じ赤い上着を着て、小悪魔のようだ。兵士の食事の給仕係というのは名ばかりで、本業は男娼の給仕役にはピッタリだ。エミールが着ると、下品にならずに、よく似合っている。
ワレスの耳に赤い唇を押しつけるようにして、ささやいてくる。
「そんなこと言ってると、あのこと、バラしちゃうぞ」
エミールには弱点をにぎられている。
ワレスがハシェドを愛しているということを。
「たちの悪いヤツだ」
ワレスはエミールの頭をひきよせ、唇をかさねた。
周囲の視線は、ワレスたちに釘づけだ。
「どうやら、赤毛の勝ちらしいな」
「小隊長は天使より小悪魔がお好みなんだと」
「どこにでもいるんだよな。ああいう名物男」
「あの人は目立つもんなぁ。あの容姿」
「うん。あれだけキレイな男は、国内でもめずらしい」
「給仕とジャレてるところ見るとなぁ。変な気分になる」
そんな声も聞こえてくるが、寝技を公表されて、ここまで恥をかいたのだから、何があっても大差はない。
エミールを離すと、ワレスはかるく赤毛の頭をこづいた。
「いいかげん、機嫌をなおせ」
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