絵画からついてきた女の子

シオン

絵画からついてきた女の子

休日のある日、俺は柄にもなく美術館に足を運んでいた。


いつもはそんな堅苦しい場に行くことはないのだが、今はなんとかっていう画家の展示をしているらしく、特に興味はないのだが職場の人間と話すための話題作りのために来たのだ。


とはいえ、俺はその行動を早くも後悔していた。佐藤夕也という人間はこのような難解なものを好む人間ではなかった。齢24になった今ならそれなりの素養を身についたかもしれないと期待していたのだが慣れないことはするべきではなかった。


それでも全てが全て興味のない絵ではなかった。アンテナの問題なのか、素養のない俺でも良さがわかる絵が中にはあるらしい。


特にこの絵、母親と少女の親子の絵はどこか感じる物があった。母親は少女の手を握り、少女も手を握り返している絵なのだが、それはどこか懐かしいと思わせる絵だった。自分の子供時代もああだったのか、そう昔を懐かしんだ。そうしている内にだんだん虚しくなり、その場を離れた。


そしてそれなりに美術館を楽しんだ俺は美術館を後にした。


意外と美術館も悪くない、そう思いかけていたが俺は再び後悔することになった。



俺はアパートに帰るとある違和感を感じた。


部屋の中の物の位置が微妙に変わっているのだ。それもひとつふたつではない、ティッシュ箱やテレビのリモコン等の日用品が大量に定位置からずれていた。


泥棒でも入られたか?


そう思い近くにあったテレビのリモコンを手に周辺を見渡した。すると台所のほうからガサゴソと物音が聞こえた。俺は足音を消して近くに近づいた。


その正体に俺は驚いた。


その泥棒は、年端もいかない少女で、俺の冷蔵庫から魚肉ソーセージを取り出してムシャムシャと貪っていた。


「な、なんだお前は!」


俺は手に持ったリモコンを少女に向けた。ちっとも威嚇にはなっていないからか、少女は不思議そうにこちらを見上げた。


「なに言ってるの夕也?」


少女は俺の名前を呼び、手に持った魚肉ソーセージをこちらに見せた。


「これを食べていいって言ったのはお前じゃないか」



「お前は元々ここに住んでいたっていうのは本当なのか?」


俺と少女はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。少女はまだ魚肉ソーセージを食べていていまいち緊張感がない。


「元々ここに住んでいいって言ったのはお前じゃないか夕也。他に行くところのない私をここにいていいって言っておきながら今更捨てるのか?」


少女は魚肉ソーセージを貪りながら尊大な態度で言った。


「そもそも俺はたった今お前と知り合ったのだが?」


「なんだ記憶障害か?だから少しは仕事休んで私と遊べと言ったのに」


「お前のような奴を置いておく時点で相当疲れていると思うよ」


俺は早くも頭を抱えていた。さっさと警察に引き渡すべきか?いや、こいつの言うとおり仮に以前からここに置いていたのならあらぬ疑いをかけられない。


俺は現実逃避をするようにテレビの電源を入れた。するとあるニュースが流れた。


どうやらそれは美術館に展示してあった絵画の絵が消えていたという内容だった。


それも奇妙な話で、絵そのものが消えたのではなく、絵に描かれていた少女の部分だけが白く消えていたのだという。


ニュース映像のその絵はさっき見に行っていた美術館の絵で俺が一番印象に残っていた親子の絵だった。そして信じられない話だが、確かにその絵の少女の部分だけポッカリと消えていたのだ。


そのとき俺のなかで点と点が繋がった気がした。その点と点は到底繋がるものではないのだが、記憶の中の少女の姿と目の前の少女があまりに似通っていたのだ。


「なあもしかしてお前・・・・・・」


「む、なんだ少年」


向こうも勘付いたか少し緊張した顔つきになった。


「あの消えた少女の絵って・・・・・・もしかしてお前?」



「・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


やや沈黙が続いた。そして少女は口を開いた。


「・・・・・・いや、そんなことないよ?」


「嘘をつけ!目が泳いでいるぞ」


「お前絵画から少女が飛び出てくるとでも本気で思っているのか!?私でもそんな少女趣味抱いていないぞ!」


「確かに自分でも馬鹿なこと言ってるとは思っているけど、あれは間違いなくお前だろ!」


少女は白いワンピース姿に黒いショートの髪形をしていて、とてもあの絵画の少女と似ていた。絵から人が飛び出てくるなんてファンタジーにも程があるが、この正体不明の少女をもってすれば説明できなくはなかった。


なにしろ既に不可解な現象は起きているのだ。こう解釈したところでありえない話ではない!


「仮に私が絵画から出てきたとしても、お前はこれからどうするつもりなのだ?美術館にわざわざ私を引き渡しに行くか?出来ないだろうそんなこと」


「くっ」


確かに仮に絵画から出てきた可能性があったとして、しかしそれを相手に理解してもらえるとは思えない。実際にやったものなら俺は確実に異常者扱いされるしそのまま少女監禁でムショにぶちこまれるだろう。


「ならこれだけは教えてくれ。お前はなんなんだ?本当に以前からここに住んでいたのか?それとも」


その問いに少女は考えるように黙り、やがて口にした。


「・・・・・・いや、ここにいたというのは嘘だ。私はお前の言うとおりあの絵画の絵だ」


「なぜ絵から抜け出した?」


少女は神妙な顔になり、言った。


「それは、人に見られ続けることに耐えられなくなったのだ」


「は?」


俺はポカンとした。


「だってお前想像したことがあるか!?人から見られ続け自由に行動出来ずただただストレスを抱える日々を!!!」


「・・・・・・いやまあ、わからないことはないが」


「だろう!!?私にだって自由に外の世界を出歩いたっていいじゃないか!!!」


なんというか、それは切実な叫びだった。


「そのことは同情するが、ならなぜ俺の家に居座る。自由に出歩くなら好きに行動して勝手に帰ればいいじゃないか?」


「それがそうもいかんのだ。私が現世に留まるには生者のエネルギーが必要なんじゃ」


「生者のエネルギーってまさか?」


「つまり、お前の生命エネルギーだな」


少女は指を差して言った。


こいつ今俺の生命エネルギー使ってここにいるって言ったか?


「まあでも、お前もムサイ男の一人暮らしに少しは彩りがあったほうがいいだろ?お互い助けると思って私をここに置いてくれ☆」


少女はウインクを決めて頼んだ。いや、頼んですらいない。もう決定事項のように決め込んでいた。


「この・・・・・・この・・・・・・」


「ん?感謝で言葉も出んか?」


「帰れこのちんちくりーん!!!!」




つづく

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