第68話 鬼よ、機械たちのために泣け


「そうですか『阿修羅』さんはもう、こちらにはいらっしゃらないのですか」


 鳥籠の中の『ガルダ』を食いいるように見つめながら、弥勒はしみじみと呟いた。


「てっきり『付喪』を追ってきたのかと思っていたが、その口ぶりだとそうでもないみたいだな」


「ええ。『サンクチュアリ』の様子を見に訪れたことは事実ですが、『阿修羅』さんが大埜建友氏のディスクを持つ鳥を飼っているという話を聞きこんだので、どこかでディスクの情報にぶつからないか期待していました」


 そう言って弥勒は籠の戸を開け、後ろを向いている『ガルダ』の尻尾をつまんだ。


「おそらくこの赤い尻尾がディスクの起動スイッチだと思います」


 弥勒は尻尾の先をつまんだまま「失礼します」と言うと、ためらうことなく引いた。あっと思った直後、かちりという音が聞こえ、『ガルダ』の目が赤く光った。


「……これで建友氏のディスクが起動したはずです。……大埜さん、私がわかりますか?」


「あなたは……たしか、弥勒さん」


 弥勒が問いかけを口にすると、『ガルダ』が突然、男性の声で喋り始めた。


「そうです。以前あなたに「心の奥で涙を流している」と指摘された弥勒です」


「弥勒さん、よく会いに来てくれました。……しかし本物の大埜建友は、残念ながらもうこの世の人ではありません。私は大埜建友の人格と記憶の一部をコピーした、ただのバックアップディスクにすぎません」


「構いません。私はあなたともう一度だけ、お話がしたかったのです。あの日、あなたが私の心の内を見抜いたのは、私の身体の中で『彼ら』が上げる声が聞こえたからですね?」


 弥勒はそう言うと黒い僧衣をはだけ、腹直筋のあたりに両手をあてた。次の瞬間、弥勒の腹部が戸棚のように開き、電子機器と絡み合うケーブルが露わになった。


「弥勒……あんた、サイボーグだったのか?]


「殺し屋という宿命上、仕事をこなすたびに私の臓器は大きなダメージを受けてきました。敵を一人殺せば本来の臓器を一つ失う……その繰り返しと言っても過言ではありません。私の名が闇社会で知られれば知られるほど、私の肉体は筋肉や骨、血液に至るまでどんどん人工の物と入れ替えられていったのです。大埜氏の店に行った時、私は大きな仕事を一つ終えたばかりで本来の身体と入れ替えた機械とがまだうまく調和していませんでした」


 弥勒は腹部の蓋をしめると、鳥籠の中の『ガルダ』を見つめた。


「その時、私の身体の中では本来の臓器と、無理やりに融合させられた機械とが互いに悲鳴を上げているような状態だったのです」


 弥勒が絞り出すように言うと、『ガルダ』が建友氏の声で後を続けた。


「私は料理人になる前、技術者だったのであなたの内側で機械たちが上げている叫びがわかったのです。彼らはこう叫んでいました。すべての部分が機械になる前に殺生から足を洗って欲しい、ほんの少しでも人間の部分を残して置いて欲しい……と」


「その通りです。私は人を殺めることの罪深さを、体内の機械たちと大埜さんから教えられました。自分が殺めた人々の無念と、機械たちの悲しみを知ることで私は殺しを生業とする人生から足を洗うことができたのです」


 弥勒は長い話を終えると、静かにため息をついた。


「大埜さん、私は僧として迷える人々のために身を捧げる日々を送っています。が、外の街もこの『サンクチュアリ』も今、『上級AP』という輩のために乱されています。もし私が戦うことで平安がもたらされるのなら、私は鬼に戻ってでも悪を倒さねばなりません」


「……それはあなたの自由です、弥勒さん。ですが、これだけは覚えて置いてください。心を持つ者は必ず愚かなことをします。迷う心に人も機械もありません。もし機械たちが悪に心を奪われているのなら、あなたの力で彼らを救ってあげて下さい」


「わかりました。そうなるよう、努力します」


 弥勒はそう言うと、鳥の姿をしたかつての恩人に深々と頭を下げた。


「長い告白につき合わせてしまってすみません。ディスクをシャットダウンさせてもらってもいいですか」


「いいですよ。私も何だか眠くなってきました。この次は平和な街で会いたいものです」


 弥勒が『ガルダ』の尻尾を起動時と同じように引くと、『ガルダ』の目は再び赤から黄色に戻った。


「さあ行きましょう、ピートさん。私は地下の人々の状況を見てから外の街に戻ります」


「「阿修羅」には会わなくていいいのか?それとこの『ガルダ』はどうすりゃいいんだい」

「大埜さんに会えたことで、一応の目的は果たせました。『サンクチュアリ』も気になりますが、それより私は外の街を救いに行かねばなりません。『ガルダ』は私が外の街に連れて行って空に放ちます。あなたはあなたの目的を果たしてください」


「わかった。それじゃあ地下まで一緒に行こう」


 俺がキャサリンを促して立ちあがろうとした、その時だった。突然、部屋のドアが音を立てて吹き飛んだかと思うと、外の様子が露わになった。

 

 穴の向こうに俺が見た物、それは窓やドアから金属のアームをこちらに伸ばしている、建物の形をした巨大APだった。


             〈第六十九回に続く〉

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