第67話 殺し屋は人形を弔う
「ピート、会いたかった。私、ここでずっと待ってた」
キャサリンはたどたどしい言葉でこみあげる思いを伝えてきた。一度初期化され、感情を記録したディスクを外されても俺たちとの絆は消えていない、俺はそう実感した。
「無事だったんだな、キャサリン。……しかしどうしてこの部屋に?」
「ゴミ分別APから、『阿修羅』さんが引き取ってくれた。危ないところだった」
やはり『阿修羅』か。やれやれ、夜叉といい阿修羅といい、俺はこの手の女に借りを作ることが多いようだ。
「『阿修羅』さん、私をここに連れて来た後「友達が来るまでずっといていい」って言ってくれた。だから私、感謝しながらピートが来るのを待っていた」
やはりキャサリンはキャサリンだ。たとえ俺との記憶が損なわれていたとしても、そんな物は今からだって作れるのだ。
「でも昨日『阿修羅』さん、でかけていった。私にこの『ガルダ』を預けて」
「『ガルダ』?」
訝る俺に、キャサリンは目で傍らの鳥籠を示した。そう言えばミハイルは『阿修羅』が建友氏のディスクが入った鳥と一緒にいると言っていた。これがそうか。
「『阿修羅』さん出かける前、私にこう言った。「私が戻らなくても、友達が来るまでここににていい」と。でも「外には危険なAPがいるからむやみに出歩かない方がいい」とも言っていた。「あの連中はあなたと同じ機械でも容赦なく破壊する」と」
俺は頷いた。今、まさにその危険な連中が階下の店にたむろしているのだ。
「『阿修羅』さんは「もし自分が戻らなかったら『ガルダ』は外に放してやって欲しい、できれば『サンクチュアリ』の外に」と言っていたけど、私一人ではこの部屋から出られない。……ピート、私ずっと待ってた。あなたが来るのを」
俺は心の隙間が埋まってゆくのを感じつつ、次に取るべき行動について思いを巡らせた。
「キャサリン『阿修羅』が戻って来ないのなら、俺たちはここを出て行くべきだと思う。もちろん、君や王のディスクを取り戻すためには『阿修羅』の力を借りる必要があるが、とにかくこの部屋は危険すぎる。いったん地下かどこかに居場所を変えたほうがいい」
俺がキャサリンに部屋を出るよう促すとキャサリンは一瞬、宙を見据え、思いだしたように口を開いた。
「『阿修羅』さん、『メディカルセンター』に行くと言ってた」
「『メディカルセンター』だって?」
『メディカルセンター』は、俺が初めて『阿修羅』を見かけた場所だった。……もっともその時は『夜叉』だとばかり思っていたのだが。
「わけをきいたら「『メディカルビル』で最近、『上級AP」が私を探し回ってるようだから、ちょっと行ってみる」って」
「まずいな。もし奴らによって『阿修羅』の身柄が拘束されたら俺たちが会うことが難しくなっちまう。……よし、いちかばちか『メディカルセンター』に俺たちも行ってみよう」
俺は鳥籠を持ち上げて顔の傍に近づけると「返事はできますか、大埜さん」と尋ねた」
俺の問いかけに赤と黄色の鮮やかな羽を持った鳥――『ガルダ』は「ぎいっ」と鳴いて翼をばたばたさせた。どうやら何らかの手順を踏まないとディスクは起動しないようだ。
「行き先も決まったし、ここを出るなら早いに越したことはない。行こう、キャサリン」
俺がそう言って腰を浮かせかけた、その時だった。階下で銃声を思わせる音が響いた。
「……何だ?今の音は」
俺はしばし思いを巡らせた後、「キャサリン、ちょっと下の様子を見てくる」と言った。
俺が不安そうな表情のキャサリンを残し部屋を出ようとした、その時だった。小さな影が俺に駆け寄り、ひょいと肩の上に飛び乗った。
「姑娘。……一緒に行くつもりか。もしいざこざの最中だったら巻きこまれるかもしれないんだぞ」
厳しい口調で俺が釘を刺すと、黒猫は「にゃっ」と鳴くと、わかってると言わんばかりに尻尾で俺の肩を叩いた。
「……わかった、一緒に行こう」
俺は202号室を出ると、来た道を逆に辿る形で一階に降りた。店の裏手に移動し、店内に通じる扉を細めに開けた瞬間、俺は思わず声を上げそうになった。
カウンターの手前にサボテンの背中が見え、その向こうに女性に銃をつきつけているマネキンの姿があった。驚いたことに女性は俺の知っている人物――ベティだった。クリスと共に『メディカル・タワー』に赴いた仲間だ。……しかし地下の住民であるはずの彼女がなぜ、こんな下級APの店に姿を見せたのだろう?
俺はマネキンの視線が入り口の方に向けられていることを確かめると、ドアの隙間から這うようにして中に潜りこんだ。俺がそろそろとカウンターの内側に移動すると、気配に気づいたサボテンが小声で「顔を出すな」と言った。
「……マスター、あいつらの目的は何だい?」
俺は蹲ったまま、囁くような声で尋ねた。
「『阿修羅』さんを出せと言ってきた。「ここにはいない」と言ったら「アパートにもう一人、女がいるという情報が入っている。その女を出せ。出さなければこの女を撃つ」と脅しをかけてきた」
俺は絶句した。『阿修羅』だけでなくキャサリンの存在まで漏れていたとは。俺が敵と一戦交えるべきか躊躇っていると姑娘が俺の腕に移動し、尻尾を巻きつけてきた。大丈夫か?と俺が囁くと、黒い仔猫は返事をする変わりに腕の上でブラスターに変わり始めた。
――くそっ、やるしかないか。
俺はカウンターの内側に身を隠したまま、マネキンが隙を見せる気配がないか探った。
「五分待とう。その間に女をここへ連れてくるのだ。一秒でも遅れたらこの人間は死ぬ」
――もう待てない。……行くぜ姑娘!
仔猫の瞳がチャージ完了の青い光を放ち、俺が立ちあがろうと膝に力を込めた、その時だった。くぐもった銃声が聞こえ「なんだ、何があった」というマネキンの声が聞こえた。
――今だ。
俺は立ちあがると、ベティを羽交い締めにしているマネキンにブラスターを向けた。が、次の瞬間、マネキンの肩が蓋のように開いたかと思うと、中に仕込まれていたマシンガンの銃口が姿を現した。
――くそっ、相撃ちか?
俺がそう覚悟した瞬間、轟音と共にマネキンの首から上が消え失せた。呆然と眺めているとマネキンは肩口の銃口を露わにしたまま、ゆっくりと床の上に崩れていった。
「――ベティ!」
俺が叫ぶと、戒めを解かれたベティが弾かれたようにカウンターに向かって駆けだした。
急げ、そう思った次の瞬間、近くにいたもう一体のマネキンが銃を抜くのが見えた。マネキンの動きは早く、俺がブラスターを構えるより先にベティの背中に狙いをつけていた。
――駄目だ、間に合わない!
俺の頭を絶望が過ぎった直後、マネキンの頭部が再び轟音とともに消滅した。
――まただ。……一体、誰が?
カウンターの中に飛び込んできたベティを抱きとめた俺の目に、店内に入ってくる人影が見えた。ショットガンを手にした人影は俺を認めると、中性的な顔にうっすらと笑みを浮かべた。
「……弥勒!」
黒い袈裟に身を包んだ姿はいつになく凄みがあったが、それは紛れもなく弥勒だった。
「お久しぶりです、ピートさん」
弥勒がそう言ってショットガンをリロードした、その時だった。フロアの隅に身を潜めていたマネキンが、弥勒の背中に銃口を向けるのが見えた。
「――弥勒、危ない!」
俺が叫ぶのとほぼ同時に、弥勒の投げた電磁ダガーがマネキンの額に突き立っていた。一瞬の沈黙の後、拳銃が落ちる音が響き、マネキンは煙を上げながら床に崩れていった。
「……ご心配なく。こう見えても元は殺し屋です。私の背後に立った時点で、彼の死はもう決まっていたのです」
弥勒は感情を交えずに言うと、己が殺めた機械を悼むように胸の前で両手を合わせた。
〈第六十八回に続く〉
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