第58話 戦場と化した橋


 ゲートの前には先行車両が一台、停まっていた。どうやらゲートはこの車両のために開けられるようだ。俺は先行車の後ろに車をつけると、ゲートが開くのを待った。


 やがてサイレンの音が空気を震わせ、橋へと通ずる扉がゆっくりと左右に開き始めた。


 先行車両が走りだすと、俺は距離が開かないようぴったり後ろについて走り始めた。


 走り出してほどなく、向こう側の対向車線上に車両らしき影が見えた。対向車との距離が近づくにつれ、小さな点だった姿が巨大な重機――道路整備用のローダーであることがわかった。重機は先行車とすれ違った途端、前部に折り畳まれていた長いアームを左右に広げていきなり俺たちの行く手を塞いだ。


 俺が慌ててブレーキを踏むと、大きな爪のついたアームが俺たちを両側から挟むような動きを見せた。咄嗟にギアをバックに入れた直後、目の前で鋭い爪が音を立てて重なった。


「くそっ、引き返せっていうのか?」


 俺は仕方なく車をバックさせた。二百メートルほど戻ったところで後ろを見ると、入り口のゲートが閉じてゆく様子が見えた。


「やばい、このままだと閉じ込められちまう」


 俺はバック走行をやめ、前方を見据えた。すると重機が甲殻類のようなアームを閉じたり開いたりしながらゆっくりと迫ってくる姿が見えた。


「ええい、邪魔するなっ」


 俺が舌打ちすると、膝の上の子猫が「にゃっ」と鳴いた。見ると伸びた尻尾の先が車のエネルギー供給コネクタに接続されていた。俺はそれを見てはっとした。


「ブラスターであいつを退治させるつもりか?」


 たしかに車のエネルギーを使えば弾の破壊力は倍になる。だがそれは体内でエネルギーを圧縮する仔猫の身にも倍の負荷がかかることを意味しているのだ。


「姑娘……いいのか?」


 俺が問いかけると仔猫は「にゃっ」と鳴いて俺の右腕に手足を巻きつけた。


「……わかった、やってみよう」


 俺は窓を開けると右腕を出し、前方の重機に狙いをつけた。腕の上で仔猫がブラスターに変形すると、俺は重機の操縦席を狙って引鉄を引いた。


 ――やったか?


 そう思った次の瞬間、重機の車体が二つに割れ、左右に開いた。ブラスターから放たれたエネルギー弾は、二つに分かれた車体の間を抜け、遥か彼方へと吸い込まれていった。


「畜生、姑息な真似をしやがって」


 俺は一つに戻った車体を歯噛みしながら睨みつけた。と、その直後、目の前で仔猫の瞳がオレンジ色に瞬き、両耳が力なく垂れ下がるのが見えた。エネルギーが半分近くにまで減っているのだ。


「姑娘、もう駄目だ。これ以上撃ったらお前さんがダウンしちまう」


 俺が呼びかけると、ブラスターが俺を叱るように「みゃっ」と鳴いた。もう一度だけ撃てという意味だ。


「――だが、また弾をかわされたら……まてよ」


 その時、俺の脳裏にある奇妙なアイディアが閃いた。


「よし、わかった。やってみよう」


 俺は再びブラスターを構えると、重機に狙いをつけた。


「そこを開けろっ」


 俺がエネルギー弾を放つと、先ほどと同様に重機の車体が二つに割れた。


「――今だっ」


 俺はアクセルを踏みこむと重機に正面から突っ込んでいった。左右に分かれた車体が再び元に戻ろうと間隔を狭め始めた瞬間、俺はハンドルを切って車体を横に傾けた。


 次の瞬間、車は二つに分かれた車体の間を斜めになりながらすり抜け、向こう側へと飛びだしていた。


「――やったぜ!」


 一つに戻った重機をミラー越しに見ながら、俺はガッツポーズを取った。


「ようし、あとはこのまま終点まで一気に突っ走るだけだ」


 俺は姑娘を膝の上に戻すと再び前を見据え、アクセルを踏みこんだ。車が再び加速を始めた、その直後だった。前方の路面に横一文字に亀裂が走ったかと思うと、橋の表面が真下に向かって落ち込むように折れ曲がるのが見えた。


「うわっ、橋が分断されたっ」


 なくなった橋の向こうに反対側の折れた断面が見え、途切れている部分に何もないことをうかがわせた。


「まずい、このままだと運河に真っ逆さまだ」


 俺は必死でブレーキを踏み、車はタイヤを派手に軋ませて切断部分の手前で止まった。


「くそっ、どうすりゃいいんだ」


 俺がミラーで後方を確かめると、先ほどの重機がゆっくりと転回を始めているのが見えた。おそらく俺たちを後ろから追い立てて運河につき落とそうというのだろう。


「進むも地獄、退くも地獄ってことか」


 俺は駄目元でジェット飛行のコマンドを入れた。だが、羽根が出たりひっ込んだりを繰り返すばかりで、ジェットノズルにも火が付く気配はなかった。


「駄目だ、やっぱりキャサリンが接続されていないとスムーズに動かない」


 俺は観念してギアをバックに入れた。ここから加速して、どれほどの長さを飛べるだろう。数十メートルもの空間を跳んで向こう側へ無事に着地するなど、到底できそうにない。


「こうなったら跳ぶしかない。……キャサリン、もし俺の力不足で運河にランデブーしちまったら天国で謝るよ」


 俺はそう言うと、わずかに羽根の出た車のアクセルを目いっぱい踏みこんだ。見る見る迫ってくる切断面に、俺が悲鳴を上げかけた、その時だった。


「ピートさん、今です。全速力で屋上を走り抜けてください」


 突然、端末から波多野の声がしたかと思うと運河の水が盛り上がり、橋の左手から巨大な箱型の物体が鯨のように姿を現した。


「――あれは『美趣仁庵』じゃないか!」


 車が切断面に到達する直前、浮上した『美趣仁庵』の屋上部分がちょうど橋の欠けた部分にぴたりと合う幅で侵入し始めた。切断面を飛び出した俺たちは水浸しの屋上を飛沫を上げながら駆け抜け、建物が通り抜ける直前に向こう側へと抜けだした。


 俺がブレーキを踏んで肩越しに振り返ると、橋の切断面に到達した重機が止まり切れずに転落する様子がスローモーションのように視野に飛び込んできた。


「助かったぜ、波多野さん」


 車の屋根に大量の水飛沫を浴びながら、俺は端末に向かってそう呟いた。


「――行くしか、ないか」


 俺はまだかろじて開いている『サンクチュアリ』側のゲートを睨んで呟くと、俺たちを待つ運命――相手によっては地獄かも知れない世界へ向かって一気に飛び込んでいった。


            〈第五十四回に続く〉

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