第22話 ロストメンズ・ラビリンス
横穴は数分ほどで開けた空間に合流した。てっきり狭いアジトでゲリラたちが身を寄せ合っているのだろうと思っていた俺は予想外の光景に一瞬、我が目を疑った。
俺たちが足を踏みいれたのは伽藍といってもさしつかないほどの広い空間だった。広いだけでなく、そこには地下とは思えないほどの人数が集い、暮らしを営んでいた。
「こんな場所が地下にあったのか。……APはこれをどう思ってるんだ?」
俺は思わず傍らの男性に問いかけた。これほどの広さの空洞が感知されないはずはない。
「当然、周知している。その上で自由にさせて動向を逐一、記録しているのだ。彼らはただの機械ではない。我々を滅ぼすのが目的ではなく、生かして利用することを第一に考えているのだ」
「自由にさせて反乱の芽が育つことも想定内……ということか」
「おそらくはね。……立ち話も何だ、どこかその辺の店にでも入ろう」
男性はそう言うと、地下の人々を幽霊のようにすり抜けながら広場の奥に進んでいった。
俺は街とも広場ともつかない奇妙な空間を眺めながら、慌てて男性の後を追った。広場は集会所としての機能だけでなく、市場としての役目もあるようだった。多くの人々が壁や柱を背に商いを行っており、その中にはちょっとした屋台や床屋、診療所らしきものまであった。
「大した物は出ないが、ここならまあまあ食べられる物が出せるよ」
男性がそう言って潜りこんだのは、奥まった一角にある定食屋と思しきスペースだった。
「メニューは無い。三種類くらいの惣菜を適当に組み合わせて注文してくれ」
俺は男性のやり方に倣って魚のフライを中心とした定食を頼んだ。この地下コロニーでどうやって物品を流通させているのかは謎だったが、数分も待つと香ばしい匂いを放つ品がカウンターに並んだ。
「私はジェイコブ・ノーラン。有り体に言えば『地下道の犬』のリーダーの一人だ」
男性はスティックを器用に使って太めの麺を啜りながら自己紹介した。
「以前は官庁でAPの教育を行っていた。まさか自分の「教え子」の中から反乱者が出るとは思いもせずにね」
ジェイコブは自嘲気味に言うと、湯気で曇った眼鏡を外した。俺はフライの皮を歯で剥がしながら、なぜ『猿回し』であるハンコックが運河の外でなく『サンクチュアリ』にキャサリンを連れてきたのだろうかと訝った。
「単にAPから追われてここに来ただけなら、必要以上のことは聞かない。だが、もしこれからここで何かを企てようとするなら、洗いざらい事情を話してもらわねばなない」
俺は一瞬、躊躇した。ここの連中は少なくとも敵ではない。だが、キャサリンを救出するにはAPたちと一戦交えなければならない。見てみぬふりをしてくれればいいんだが。
「俺は攫われた相方を助け出したいだけだ。あんたたちの暮らしを乱すつもりはない」
俺はそう前置くと、キャサリンが連れ去られた経過をかいつまんで語った。ジェイコブのまなざしが険しくなったのは、俺が一年足らずでキャサリンたちを「機械」から「人間」にしたという経験を語った時だった。
「まさか。君は技術者か?……信じられないな」
「信じるも信じないも、記憶がない俺にできることと言えばそれくらいしかなかったのさ」
「ふむ……だとすると天性の才能か、APとの相性が生まれつきよかったということだな」
「俺に言わせれば人間を支配しようとするAPも、APを道具としか見ない技術者たちも、どっちも愚かに見えるがね。俺とキャサリンみたいに助け合っていけばいいじゃないか」
俺が名前も知らない白身魚を貪りながら言うと、ジェイコブが不機嫌そうに眉を寄せた。
「我々技術者はAPを君のような目で見ることができない。残念ながら道具は道具だ。道具が人間にとってかわるような事態は何があっても避けなければならない」
「じゃあもし――」
俺はそこでいったん言葉を切ると、海藻のスープを一口すすった。玄鬼によれば、俺はAPに依存しているという。考えてみればその通りだ。俺はキャサリンたちに自分の命を預ける事に対し、何のためらいもないのだ。
「彼らが人間より優れているということが判明したら、あんたはどうする?」
俺が大胆な仮定を思い切って口にすると、予想通りジェイコブの表情が一瞬、凍った。
「そんなこと、あるわけねえよ」
ジェイコブの代わりに応じたのは、屋台の主だった。主は白くなった顎髭を撫でながら「奴らには人間のような情はねえ。俺は奴らに囲まれた時、目を見てそう確信したんだ」と言った。
俺は反論したかったが敢えて黙っていた。……と、それまで考え込んでいたジェイコブがスティックを置いて顔を上げた。
「APに感情があるかどうかは、我々の間でも意見が分かれている。その結論は尚早だ」
ジェイコブが言うと主は「そうですかねえ」と眉を顰め、麺を茹でる作業に戻った。
俺は皿に残った見たことのない果実を齧りながら、ここで本音を漏らすことは場にそぐわないなと思った。俺はキャサリンを助けだせるなら命をかけることも厭わないからだ。
――あんたたちは信じないだろうが、俺の仲間は俺よりよほど豊かな情を持ってるぜ。
俺は口の中に溢れた甘い汁を飲み込むと、闇のように黒い種を皿の上に吐き出した。
〈第二十三回に続く〉
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