第21話 姿なき戦場の犬たち


「どうだレディオマン、俺たちが近づいてるような感じはあるかい?」


 人通りはおろか車両の影すら見当たらない不気味な通りを、俺たちは慎重に進んでいった。


「ハハッ、残念ながらそいつは私にもわからないねえ。流れてる曲が目が覚めるくらい鮮明に聞こえたら、そこがゴールかもしれないよ。それじゃあ行ってみよう。トトで『ストレンジャー・イン・タウン』」


 軽快でどこか不穏な雰囲気の漂うロックナンバーが流れ出し、俺たちは交差点ごとに音の大きさを確かめながら行きつ戻りつを繰り返した。


「サンクチュアリはさほど広くない。情報を得るにはどこかに車を停めて手近な建物に入るしかないだろう」


 俺が計器盤に向かって話しかけると、ガフが「停める場所が決まったら教えてよ。みんなが降りたら変形して見つからないように隠れてるから」と応じた。


「なあピート、なんかラジオのヴォリュームがでかくなってないか?」


 四つ目の角を曲がってほどなく、ジーナがそう漏らした。


「……本当だ。ガフ、目的地が近いぞ」


 俺は前方を見据えながら言った。直線道路の奥は壁のような建物で塞がれていた。いずれにせよこれ以上は進めない。集合住宅かオフィスビルかよくわからないが、あの中にキャサリンが囚われている可能性は高い。


「秘書さんはあの中なんだろ?あたしは外でガフと留守番してるから、助けに行ってきな」


 ジーナが俺の肩を叩きながら言った。俺は「すまん、そうしてくれるか」と頭を下げた。


「おおっと、さすがにここまで来ると近いって感じがびしびしするねえ」


 レディオマンが突然、曲の途中にも拘わらず喋りを挟んだ。壁のような建物が間近に迫り、俺はガフに建物の通りを挟んだ向かいの路肩に停車するよう促した。


「よし、行こう。レディオマン、悪いが君を外して持って行くぞ。姑娘も俺と一緒に来い」


「オーケー、ボス」


 肩に姑娘が飛び乗り、俺はレディオマンをガフから取り外すと車から降りた。


「キャサリンを救出したらすぐ連絡する。それまでなんとかして敵に見つからないよう、頑張ってくれ」


「わかってるって。せっかくここまで来たんだ。助け出さずに帰れるかっての」


 ジーナはハンドルを軽く叩くと、片目をつぶってみせた。ジーナとガフを残して歩き出した俺は通りを渡ると、閉ざされた入り口が並ぶ建物の前を歩き始めた。歩き始めてほどなく、イヤホンからレディオマンの慌てたような声が漏れ出した。


「ああ、そっちに行くとスタジオから離れちゃうねえ。ここがたぶん、一番近いと思うよジェントルマン」


 俺は足を止め、身体ごと建物の方を向いた。ちょうど扉が途切れ、排気ダクトのような物がつき出した灰色の壁しかない部分だった。


「ここか。……こうなると前か後ろの扉をこじ開けるしかないな」


 俺は左右を交互に見て唸った。ピッキングの要領で開けられればラッキーなんだが。


 迷っていても仕方がない。俺は意を決すると少し戻り、扉の一つを選んで前に立った。


「いくぜ、姑娘、レディオマン」


 俺がピッキングの道具を取りだしかけた、その時だった。背後で金属がぶつかり合うような音が聞こえた。反射的に振り返った俺は次の瞬間、その場に凍りついていた。


 俺の目の前にいたのは、無数の機械――APの群れだった。


 道路標識、消火栓、変圧器などが人間を思わせる金属の腕をぶらつかせながら、俺の周囲を囲んでいた。しまった、人間はいなくともこいつらが最初からここに「いた」のだ。


 俺が後ずさると、姑娘が尻尾を腕に巻き付け変形を始めた。


「すまん、撃ち合いになるかもしれない」


「エネルギーはたくさんあるから大丈夫よ、ボス」


 何とかして逃げ道を確保できないか、そう思っていると突然、足首が何かに戒められた。


「くっ、何だっ」


 下を見ると縁石の一部が突起し、そこから金属の手が伸びて俺の足首を捉えていた。


「ボス、気をつけてっ」


 姑娘の声がした瞬間、今度は右腕を手足の生えたゴミ箱に拘束されていた。


 くそっ、早くも全面対決か。掴まれた腕で姑娘がチャージを開始した、その時だった。


 バチン、という何かがスパークしたような音と共に腕と足の戒めが消えた。さらにスパーク音が立て続けに聞こえたかと思うと、周囲のAPたちが糸が切れた人形のように崩れていった。


 ――いったい何が起こった?


 あたりを見回すと、折り重なった機械たちの向こうに人影らしきものが見えた。人影は武器を携えてマンホールから上半身を覗かせ、一方の手で「来い」という仕草をしていた。


「中に入れってことか?」


 俺が駆け寄ると、人影は声をかける間もなくマンホールの奥へと姿を消した。俺はやむなく後を追ってマンホールへと飛び込んだ。蓋を閉め、長い鉄梯子を無言で降りてゆくとやがてひんやりとした横穴にたどり着いた。


「ふむ、危ないところだったな。……あんた雰囲気から察するに「外」の人間だろう?」


 人影はぼろぼろのコートを纏った中年男性だった。髪と髭こそ伸び放題だったが、近くでよく見ると学者か技術者を思わせる知的なまなざしをしていた。


「運河の外で運び屋をしているピットです。ここも『サンクチュアリ』の一部ですか?」


「そうだ。我々は『地下道の犬』と呼ばれている人間だ」


「……『地下道の犬?』」


「かつてAPを開発し、道具として利用してきた職員や技術者のなれの果てだ。進化したAPたちは今、市庁舎を中心とするビルを乗っ取ってこの『サンクチュアリ』を牛耳っている。奴らが反乱を企てた時、働いていた人間の職員や技術者は連中に奉仕する『飼育係』と、支配から逃れて地下に生息する我々『地下道の犬』とに分かれざるを得なかったのだ」


「それで市街地に人間の姿がなかったんですね」


「どうしてここに紛れ込んできたかはわからんが、何が目的があるのだろう?話の中身によっては手を貸さないこともない。……来るがいい」


 男性はそう言うと身を翻し、水音を響かせながら薄暗い地下道を歩き始めた。


             〈第二十二回に続く〉

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