第23話 友よ賑やかに蘇れ


「ほほう、これはまた愉快なゲストを迎えた物だな」


 エプロン姿の初老男性は、俺たちを見るなりそう言い放った。


 訪問するようジェイコブにうながされたのは、『地下道の犬』の中でもずば抜けてAPに詳しいという人物だった。


 電子部品の修理を営んでいるというその人物の居場所は一歩足を踏みいれた瞬間、眩暈がするような空間だった。なにしろ家庭のリビングと大差ない広さの空間を、床から天井まで用途不明の機器類が埋め尽くしているのだ。


「わしはセルゲイ・ホドロフといって、APなどという小賢しい名前が付く前の機械たちを開発してきた人間だ」


「俺はピート。運河の外で運び屋をしている。ジェイコブに助けられてここへやってきた」


 俺はジェイコブにしたのと同じ自己紹介を目の前の人物に繰り返した。セルゲイと名乗る人物は値踏みするように俺を見ると、ふふんと鼻を鳴らした。


「運河の外か。面白い。……お前さんが連れているAPはしかし、普通の機械じゃないな」


「普通かどうかはわからないが、俺の大事なパートナーたちだ」


「パートナーだと?……ますます面白い。お前さんよりAPたちと話がしてみたくなった」


 セルゲイは好奇心に目を見開くと、椅子から小さな身体を乗り出した。


「ふむ、腰に着けとる機械はAPではないな。……肩の上の小さな奴がそうか。なるほど」


「腰の機械はただのラジオさ。発信者は秘書と共に攫われちまった。こいつがその発信者からの放送を受信してるってわけだ。……肩の子猫ちゃんは有能な料理人で戦闘補佐だ」


 俺が姑娘を紹介すると、セルゲイは分厚い眼鏡を上げ下げして小さな猫を眺め回した。


「こいつは凄い。ここにはこんなAPを造れる奴はいない。あんたがこしらえたのか?」


「あいにくと造ったわけじゃない。スクラップの中で鳴いていたから、俺がミルクをやってここまで育てたんだ」


「馬鹿な事を。APを教育するには専門の知識と技術が必要だ。お前さんは技術者か?」


「いや、ただの運び屋さ。しかも三年前より昔の記憶がないときてる。知識とは無縁だ」


 俺が出自をあけすけに吐き出すと、セルゲイは「ふむ」と言ったきり押し黙った。


「……それで?わしは何をすればいいのかね」


「攫われた秘書を助けだすには、サンクチュアリを仕切るAPたちの中に飛び込んでいく必要がある。そう告げたらジェイコブからあんたに会うことを薦められた」


「なるほど、潜入となればAPたちに見つかって一戦交える可能性も高い。運び屋さんが連中との戦い方を心得ているとは思えなかったのだろう」


「あんたに聞けばわかると?」


「いや、わしは戦わずに済ませるための方法をいくつか知っているだけだ。……どれ」


 セルゲイは傍らの古い作業机を引きよせると、引き出しを開けた。


「こいつは投擲用の武器だ。『消去弾』は知っているか?」


「ああ、知っている。つい先日もリビングに一発、撃ちこまれた」


「どうやら楽しい暮らしをしとるようだな。こいつはその小型版と言っていい。爆発すると近くにいるAPは初期化されて動けなくなる。……もちろんバックアップが作動して復旧が始まれば、数分で元に戻ってしまう。早い話が逃走のための時間稼ぎだ」


 セルゲイは引き出しから取り出したライター大の手榴弾を、俺の方に放って寄越した。


「お次はこれだ。『ジュピターショット』だ。瞬間的に空中放電を起こし、周囲のAPをショートさせる。これもバックアップが作動すれば同じことだがな」


 俺が次々と放って来る武器をどうにか受け止めきった、その時だった。


「おお、これは何とも愛らしいお嬢さんだ」


 ふいに声がしたかと思うと、セルゲイの背後から四角い物体がのそりと姿を現した。


「お嬢さんって、あたしのこと?」


 姑娘が声を発すると、四角い物体は「いかにも。こんな可愛らしい『仲間』を目にするのは初めてだ」と言った。よく見ると物体は骨董品といっても差し支えないほど古いラジオだった。


「ふむ、腰のところにいるのは私の兄弟かな?……だがしかし残念ながら「目ざめて」はいないようだな」


「目覚めるとは?」


 俺は手足の生えたラジオに思わず問いを放っていた。


「こんな風に喋ったり動いたりできぬタイプだよ。みたところ私の爺さんと同じ型だな」


 俺は絶句した。ジェイコブの話と食い違うじゃないか。そう思っていると、今度は別の機械がはずむような動きで姿を現した。


「ヒャッホー、可愛子ちゃんのご来訪だあ。……ねえねえ君、名前なんてえの?」


「引っ込んでな田舎者。俺はパワーが売りのツーウェイスピーカーだ。よろしくな」


「お嬢さん、わたくし由緒正しい真空管アンプ。ラジオの通信教育で社交マナーも学んでおります。……それにしても美しいカーボンブラックのボディ。……失礼ですがご出身はどちらで?」


「ええと、出身はお寺のスクラップ置き場よ。よろしくね」


 次から次へと現れる機械たちに、さすがの姑娘も戸惑いを隠せずにいるようだった。


「セルゲイ、ジェイコブや屋台の親父は、APに感情なんてないと言ってたが、ここにいる連中は俺の仲間と同じタイプのようだがな。……ジェイコブは嘘を言っていたのか?」


「そうじゃない。奴のような技術者は、APが人間らしく振る舞うことが耐えられないのさ……その点、わしはAPが現れる前から機械には感情があると思っておったからな。連中がいきなり喋りだしたところで、さして驚きもせなんだよ」


「なるほど、そういうことかい。リーダーにしては頭が固いと思ってたんだが……」


 俺がそこまで言った時、ふいに背後から人影が姿を現した。ジェイコブだった。


「ピート、こっちに来てくれ。君の計画について、色々と聞かせてもらいたい」


「オーケー、今行くよ」


 俺が礼を述べて去ろうとした瞬間、セルゲイが聞こえるか聞こえないかの声で囁いた。


「ここじゃわしやあんたみたいな人間の方が少数なんだよ。APと友達になれる奴はな」


「……なるほど、言われてみればそうかもしれないな」


 俺は姑娘と名残惜しそうにこちらを見ている機械たちとを交互に見て、思わず頷いた。


             〈第二十四回に続く〉

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