第10話 ユーズドカーズ・エンジェル
「俺の名はハリーだ。中古車の修理と販売で食っとる。扱っとるのは主に二十世紀の車でな。中身をチューンナップしては売りさばいとる。ガフも最初はただのクラシックカーだと思っとったよ」
男性は工場の隅でひとくさり経歴を語ると、うまそうに煙草をくゆらせた。
「たしかに外見だけならAPが積まれてるとは思わないな。喋り出さない限りは」
「その通り。あの呑気な坊やがいきなりスクラップの山から話しかけてきた時は驚いたよ。……それにしてもあんた、その子猫ちゃんも見たところAPのようだが、技術者か何かかね」
「いや、ただの運び屋さ。こいつは空き箱の中で泣いていたのを拾ってきて育てたのさ。ちゃんとミルクも与えてね。……そしたらいつの間にか減らず口まで聞くようになってた」
「ふふ、面白い。女の子はそういう物だ。APといってもなに、人間と何も変わりはせん」
たしかにそうだ、と俺は思った。彼らをばらばらに分解したところで、キャサリンが魅力的なわけや、姑娘のお転婆の理由がわかるわけではない。彼らは生まれつきそうなのだ。
「それで?車が必要ということだが、今まで車もなしにどうやって運び屋をやっとった?」
俺はここを訪れるまでの一部始終を、包み隠さず語って聞かせた。
「なるほど、それは災難だったな。それにしてもあんた、仲間が全員APとは珍しいな。言われてみればあんたも過去の匂いが全くしない。だからAPとウマが合うんだろうな」
「その通り。俺は過去を奪われた男さ。だが誰かに作られた人間ってわけじゃない」
「そんなことはわかっとる。人間に付き物の『業』や『罪』の匂いがしないといっとるんだ。もしかあるとすれば絶対に思い出さぬよう、記憶に手を加えられたのだろうな」
俺ははっとした。、そういう人間だから夜叉も俺を好き放題に振り回すのかもしれない。
「案外、あんたとガフは相性がいいかもしれん。賃貸料はいらんから好きに使うといい」
ハリーは鷹揚に言うと、秀でた額を撫でた。俺は「ありがとう、ハリー」と礼を述べた。
「……そうそう、一つだけ難点があった。ガフは危険に対する判断力と馬力は天下一品なんだが、集中しすぎると寝てしまうという癖がある。……もちろん、運転中であってもだ」
「寝てしまうって、じゃあ彼が寝そうになったらすぐマニュアルに切り替えろって事かい」
「そういうことだ。それが嫌なら手を組まん事だ。どんな奴でも長所と短所は不可分だよ」
俺は腕組みをして唸った。有能ではあるんだろうが、相当、癖の強い相棒になりそうだ。
「マニュアルの運転なら私にまかせな」
ふいに横合いから声が飛んできた。顔を向けると小柄な若い女性がこちらを向いて立っているのが見えた。
「ジーナ。戻ってたのか」
「鉄くず集めも飽きたからね。……話は聞いたよ。おじさん、運転なら私に任せな。ガフが「おねむ」になっても私がいれば問題なしさ。いっぺん運び屋ってのをやってみたかったんだ」
ジーナという娘は会うなりぺらぺらと喋り始めた。どうやら屈託のない性格のようだ。
「運転してくれるのはありがたいが、俺の仕事は危険がつき物だ。しかも俺は戦いのプロじゃない。何かあっても君の身を守れるという保証はない」
「自分の身くらい自分で守るさ。……なあじいちゃん、いいだろう?いい加減、来る日も来る日も暗い工場で整備ばかりやってちゃ、せっかくの女ざかりが腐っちまうよ」
よれよれのワークシャツにカーゴパンツ姿のジーナは、癖のある赤毛を揺らしながら言った。そうか、この子はハリーの孫娘か。
「やむを得んな。確かにお前もそろそろ外に出て自立する時期だ。……ピートとやら、ガフと一緒にこの子も連れて行ってくれ。ガフが事故にあった時は俺がただで修理してやる」
俺は思わず両肩をすくめた。保護者からじかに頼まれたら嫌とは言えない。
「やったあ。ガフは私が今日中に整備しとくよ。じいちゃんほどじゃないが、こう見えても腕はいいんだ」
ジーナが言うと、ガフがぶるんとアイドリングの音を響かせた。ジーナはガフに近づくと、いつの間にかシートに収まっていた姑娘を抱きあげた。俺と同じでAPになつかれるタイプなのかもしれない。
「……可愛いねえ。こんないかす猫型ロボット、初めて見たよ。ガフといいコンビになるんじゃないかな」
ジーナが姑娘を撫でながら言うと、ガフが「コンビだなんて、照れるなあ」と言った。
〈第十一回に続く〉
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