第9話 マイ・ベターフレンド


 姑娘の『知りあい』がいるという工場は、俺たちが時々、休憩に使わせてもらっている公営グラウンドのすぐ近くだった。


「右も左も小さな工場ばかりだな。王の目を盗んでこんなところまで遊びに来てるのか」


 俺はあたりを見回しながら言った。キャサリンはこの三年間で工場に預けるほどの「重傷」を負ったことはない。小さな傷は自分で修復できるのだ。


「悪い子だって言うんでしょ。言っておくけどこのへんじゃあたしの方が顔なんだからね」


 小さな臨時秘書は俺の腕を飛びだすと、前を歩き始めた。なるほどもっともだ。俺は肩をすくめると、導かれるまま工場街の奥へ分け行っていった。


 無造作に置かれた大型の事故車両やらヴィンテージ・バイクやらを横目に見ながら進んで行くと、奥まった一角にひしゃげて錆びついた建物が姿を現した。


「ここの裏よ。先に行ってるから、人間のおじさんにちゃんとあいさつしてね」


 姑娘はそう言い置くと、暗い工場の中に飛び込んでいった。なるほど前後のシャッターが解放されており、建物の向こう側にある事故車が素通しで見えた。俺はシャッターを潜ったところで足を止め、人の気配を探った。

 動く者の姿はなく、俺はそのまま後方のシャッターから外に出ることにした。俺の耳が声らしきものを捉えたのは、その直後だった。


「修理の依頼なら、現物をもってこんか小僧」


 割れ鐘のような声が工場に響き渡ったかと思うと、古めかしいディーゼル車の下から髭だらけの小柄な初老男性が姿を現した。


「すみません、いらっしゃるとは気づかなくて」


 俺が慌てて取り繕うと、男性はそのままずるずると車体の下から這い出し、その場に胡坐をかいた。


「それとも、スクラップを買いに来たのか?うちの評判を聞いて」


 俺が「パーツの販売もされてるんですか」と問うと、男性の口元が弓型に曲げられた。


「上得意の連中がここに来るのはもっぱら、レアもののパーツが目当てだ。よそにはない極上の品揃えだからな」


 俺は得意気に胸をそらす男性と、シャッターの外に覗くスクラップとを交互に見遣った。


「実はここに性格のいいAPを積んだ車があると知り合いから聞きまして。本当ですかね」


 俺が核心に切り込むと、男性の目がとたんに鋭くなった。


「ふん、あのガラクタが目当てか。どこから聞きこんだか知らないが、あんたが期待しているような物じゃないよ」


 男性の返答はつれない物だったが、そんなことは大した問題ではなかった。姑娘の友達とやらにとにかく会ってみたかったのだ。


「話の種に見せてくれませんかね、そのガラクタを」


「いいとも。こっちだよ」


 俺が頼みこむと男性はあっさりと承諾の意を示した。案内されるまま、裏手にあるスクラップ置き場へ赴くと、壊れた車両が無造作に積み重なった鉄くずの山が現れた。


「このなかにいるんですか、その……性格がいいとかいう車が」


「どういう話を聞いたか知らんが、正しく言うと「おめでたい奴」ってことになるな」


 男性はそう言うと、ひゅっと口笛を吹いた。すると鉄くずの隙間から姑娘がひょこんと現れ、こちらを見た。どうやら彼女が現れた隙間の奥に『友達』とやらはいるらしい。


「起きろ、ガフ」

「ん~?……だあ~れ?」


 妙に間延びした男性の声が聞こえたかと思うと、スクラップの山ががたがたと震えはじめた。やがて二、三の鉄くずを押し上げるようにして一台の小型車が鼻先を露わにした。


「お客さんだ。出て来て挨拶しろ」


 膨らんだボンネットと丸いヘッドライトが印象的な灰色の車は、歪んだタイヤを動かしながら俺たちの前に現れた。


「どうもはじめまして。僕、ガフといいます。ここに来て三年経ちます。特技は……ええと、動物とか、古い型のロボットと仲良くなることです」


 ガフはのんびりした口調で言うと、笑うように車体を揺すってみせた。


「うちで飼っている猫型のロボットがどうやらガフ君と親しいらしい。譲ってくれとは言わないが、しばらく彼を貸してもらえないだろうか」


「ふむ。話によっては貸さぬこともない。……まあ、とにかく話を聞こう」


 男性がそう言って工場の方に引き返すと、ガフがゆっくりと後を追うように動き始めた。


「どう?いかす友達でしょ」


 姑娘が俺の肩に飛び乗って囁いた。この友達とキャサリンを追うことになるのか。


 俺は一抹の不安を抱えながら、ただならぬ年季を感じさせる一人と一台の後を追った。


              〈第十回に続く〉

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