第8話 あなたをさがさないと


 人生最大の失態をやらかした俺は、すぐにでもキャサリンから連絡が入るのではないかと、馬鹿みたいに端末を眺め続けていた。


 だが、最初に端末を鳴らした相手はキャサリンでもレディオマンでもなく、碌でもない依頼を寄越した張本人だった。


「誘拐された?あなたの秘書が?……それで『荷物』の方はどうなったの」


「ご同様さ。どうやら敵は俺の大事な秘書を拉致するために、あんたからの依頼を利用したらしい。残念だが依頼はキャンセルだ」


「そう。……しかたないわね。で、どうするの?車も助手もなければあなたの稼業も当分、休業ってことになるのかしら」


「そうせざるをえないだろうね。……だがその前に、こんな依頼を寄越したあんたには俺に協力する義務がある」


「私が?なんのこと?」


「あんたが『チップマン』の話を持って来なけりゃ、俺の大切な相棒が攫われることもなかった。奴らについて思い当たることはないか?特に怪しいのは『猿回し』の連中だ。『チップマン』はともかく奴らがなぜキャサリンを狙う?」


「さあ、わからないわ。ご自分の仲間のことはあなたの方が詳しいんじゃなくて?」


「俺にもわからない。だから手がかりが欲しいと言ってるんだ」


「まだまだ子どもね、ピート。そこまで大事な相方なら、死ぬ気で見つけだしなさいな」


 突き放すような言葉を最後に、『夜叉』からの連絡は途絶えた。途方に暮れた俺はアジトのリビングでしばし頭を抱えた。


「旦那、しょげてても始まらないよ。何かお腹に入れたらどうだい。頭も回るよ」


 王がいつもと変わらぬゆったりした口調で言った。この状況では食欲も出ないが、王の慰めはありがたかった。


「わかってるさ。でもいきなり『ファイブ・ギア』が『スリー・ギア』になっちまった。有能な秘書が去っただけで見ての通り、子供同然さ」


 俺は自虐めいた韜晦を口にした。夜叉の言う通り、俺は自分のことしか考えられないちっぽけな奴だ。


「そうね、たしかにギアが三つじゃさみしいね。でもこの『家』だって一応は車だよ、旦那。キャサリンの代わりはいないけど、探すための道具だったらいくらでも調達できるね」


 俺はうなった。言われてみればその通りだ。だが何より先に必要なのは敵の手がかりだ。


「王、この街で『猿回し』のことを知っていそうな人間はいるかな?」


「難しいね。旦那の知り合いで言うなら『ドラ息子』が一番、詳しいと思うけどね」


 ルシファーか。確かにマフィアのボスなら街のごろつきには詳しいにちがいない。俺は一瞬、彫像のような横顔を思い浮かべた後、すぐさまルシファーのオフィスに電話をかけた。できれば顔を合わせたくない相手ではあるが、キャサリンに繋がる情報はすぐにでも欲しいところだった。


「やあ『運び屋』さん。やくざに直接電話とは、どういう風の吹き回しです?」


「すまないが『猿回し』について何か知っていたら教えてくれないか。……そう、連中がたむろする場所とか、何でもいいんだ」


「ふむ……まあ、考えておきましょう。今日というわけにはいきませんが、明後日頃にはお教えできる物を用意できると思います。秘書さんあてに送信すればいいですね?」


「それが……キャサリンはいないんだ。『猿回し』と思われる連中にさらわれちまった」


「なんですって。……なるほど、それはさぞお気落ちされていることでしょう。私が言うのも何ですが、無事でいらっしゃることを祈っています」


「ありがとう。今回の件でいかに自分が相方に依存してるか思い知ったよ。……じゃあな」


 端末をテーブルに置いてソファに背を預けると、何かが俺の膝に飛び乗る感触があった。


「元気ないのね、ボス」


 猫型のロボットは俺の顔を覗きこむと「にゃっ」と鳴いた。


「そりゃあキャサリンがいないと不安だろうけど、まだパパとあたしだっているんだよ」


 姑娘のちょっと拗ねた口調に俺ははっとした。そうだ、たしかに四人いる家族のうち、二人と連絡が取れなくなってはいるが、俺にはまだ二人とこの『家』がある。だが……


「そうだな、悪かったよ。……でもこのトレーラーでキャサリンを探しに行くわけにはいかない。目立ち過ぎる」


「……あのさ、車が必要なら、いい奴を知ってるんだ、あたし」


「どういうことだい?」


「町はずれの工場に、ちょっと抜けてるけど素直なAPの子が積まれた車があるんだ」


「友達なのかい?その車と」


「まあね。見に行ってみる?」


 俺は頷いた。ルシファーの情報が手に入るのはまだ先だ。じっとしているより何か行動を起こすに越したことはない。


「よし、行こう。……王、留守を頼むぜ」


「あいよ。旦那が歩いて出かけるところを見るのも、久しぶりね」


 俺は王の言葉が胸にちくりと刺さるのを感じながら、猫型ロボットを抱いてトレーラーハウスを出た。


              〈第九回に続く〉

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