第11話 バッドファーザーの息子


「トビー・ハンコック?……おまわりじゃないか。奴が『猿回し』になったってのか」


 端末に向かって思わず声を荒げた俺に、美貌のボスは「どうもそうらしいね」と返した。


 トビーは銃と違法薬物の取締官で、俺を見かけるたびに職質をかけてくる嫌なおまわりだった。奴の特技はAPへの共感能力で、犯罪に加担したAPを手なづけて捜査に協力させるという姑息なやり方を得意としていた。


 APへの共感が過ぎたからか二年ほど前に警察を辞め、治安管理局の業務に関わったという噂は耳にしていた。だがそこも辞め、今は何をしているかわからない。たしかに『猿回し』なら奴にうってつけの生業と言えた。


「どうやら治安管理局がAPによる街の統治を掲げたのに反旗を翻し、局を脱したらしい。噂では奴の率いるグループの主張は『APと人間の融合体による統治』ということらしいです。詳しい内容までは知りませんがね」


 俺はガフの整備を工場の片隅で待ちながら、唸った。さすがはこのゼロボーン・シティ一帯を仕切るマフィアのボスだ。


「しかしおまわりだったときから変わった奴だったが、APと人間を融合させるたあ、ついにトチ狂ったとしか思えないな。管理局にしてもハンコックにしても、こんなちんけな街を支配してどうしようってのかね」


「まあ、そう思うのが普通でしょうね。しかし曲がりなりにもこの街……しかも闇の世界を支配しようとしている私には、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばすことはできません。人にはそれぞれ、突き詰めずにはいられない夢や野望という物があるのですよ、『運び屋』さん」


 貴公子のごとき優雅さを持つ二代目は、どこか痛々しさの滲む口調で漏らした。


「親父さんが早々と引退したのも、組織がでかくなりすぎて疲れちまったからかな」


 俺が玄鬼のことを口にすると、急にルシファーの口調が険しいものになった。


「父が街の支配を諦めて仏門に入ったと思っているのなら、それは違いますよ、運び屋さん。あの父がそんな殊勝な考えを持つはずがない。あの人はより広い世界に足を踏み入れることで、この街どころではない、桁違いに大きな支配力を手にしようとしているのです」


「桁違いの、ねえ……まあ息子のあんたにゃ悪いが、確かに食えない親父ではあるよな」


 俺がつい本音を漏らすと、意外にも端末の向こうから聞こえてきたのは笑い声だった。


「とんでもない、あなたの方が父の本性を正確にとらえてますよ。僕なんかよりよほど息子らしいと言っていい。次男として言わせてもらえば、あの人の言うことは鵜呑みにしないほうがいい。目的のためなら子供でも利用しかねない人ですからね」


 ルシファーはどこか愉快そうに言うと「それでハンコックの根城ですが」と、さらりと話の矛先を変えた。


「なにぶん、入ってくる情報が多岐に渡っているのでどれも信憑性には乏しいのですが、そのなかでも有力なのがB区の廃棄物処理場跡です。最新の情報ではないのがいささか残念ですが、試しに訪れてみてはいかがですか」


「すまない。そこにキャサリンがいるかどうかはわからないが、とりあえず行ってみるよ」


 ルシファーからの情報を聞き終えると、俺は礼を述べて通話を終えた。


 ――B区か。仕事で足を踏み入れたことはあるが、陰気な場所だったな。


 俺が朧げな記憶を弄っていると、離れた場所からアイドリングの響きが伝わってきた。


「ようし、ばっちりだ。もう山奥だろうが砂漠だろうが遠慮なく走らせられるぞ」


 ハリーの自信たっぷりの声が聞こえたかと思うと、俺の前に灰色のクラシックカーとハンドルに手をかけた若い娘――ジーナが姿を現した。


「よう、彼女の捕まってる場所はわかったかい、おじさん。こっちは準備オーケーだ。いつでも出発できるぜ」


「そうか、それじゃあ敵のアジトらしき場所をちょっとばかり偵察しにいくとするかな」


「へえ、もうわかったんだ。どこだい?」


 俺がルシファーから送られてきた位置情報を渡すと、ジーナは計器の前に端末をかざし「わかったかい?ガフ」と言った。


「あー、なんとなく。ここに行けばいいんだろ?お安い御用だよ」


 行けるだけじゃ困るんだがな。俺がそう思った瞬間、背中を何か小さなものが這い上る気配があった。


「敵地に乗り込むのに、武器を用意しなくていいの?ボス」


「いいんだ。今日のところは近くまで偵察に行くだけだからな。必要となれば準備するさ」


 俺は肩の上で身づくろいを始めた姑娘に囁いた。


「さ、乗んな。……言っとくけど、この車に乗ってる限り、私がボスだ。おじさん、助手をよろしく頼むよ」


 俺はやれやれと肩をすくめると、姑娘と共に新たなギアたちの車にそっと乗り込んだ。


              〈第十二回に続く〉

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