第4話

重苦しい沈黙が続いていた。バーンは急に首を横に振った。

「ラティが死んだのは臣人のせいじゃない…」

そう静かに告げた。こんな臣人の姿を初めて見た。こんなに思い詰めていたとは知らなかった。今まで付き合ってきて、初めて見る姿だった。臣人も苦しんでいるとは気づかなかった。自分と同じように。

(俺がこんな“眼”さえ持ってなければ。力が100%覚醒していたら…?あの時、この力を100%使いこなせていたら…?もしかしたら、彼女を救えたかもしれない。

生きていなくても魂だけは。せめて、魂だけは救えたはずなのに…)

バーンも飲んでいた缶を片手で握りつぶしてしまった。つらそうにその手を見つめていた。

今でもこの両手には、あの時の彼女の身体の重みが残っていた。次第に冷たくなっていく身体をただどうすることもできずに抱き締めていた。後悔だけしか残らなかったあの日。

生きている彼女を見た最後の日。自分の17回目の誕生日。

バーンはそのまま眼を閉じた。

臣人は目の前の真っ暗な海を見つめていた。黙ったまま。ひと言も発することはできなかった。ただ、心の中で何かが叫んでいた。

(わいも、お前と同じように7年前を彷徨おてる。わいも答えが欲しいのかもしれへん。

わいがしたことに対する償いの。それとも誰かに許してほしいのか!?)

波が足下まで、すべるように迫ってきた。すうっと海水が退く音が砂に吸い込まれた。湿った海風が頬をなで、また海上へと去っていった。何度も何度も繰り返し、繰り返し。まるで彼らの想いを洗い流すように。消してしまおうとするように。このまま、この時間が永久に続くのではないかと思わせるほどに。

長い長い沈黙がそこにあった。

「お前と」

前をじっと見たまま、ようやく臣人がつぶやいた。

バーンが眼を開けて、臣人の方を見た。

「一緒におることが、わいのお前に対する…『贖罪』なのかもしれへん。」

消えてしまいそうなほどかすれた声だった。その言葉を聞いて、視線を臣人から移した。

バーンも同じようにその海を見ながら、静かに言った。

「いや。違うね」

否定したバーンの横顔を臣人は驚いた顔で見ていた。

「俺の唯一の…『救い』だよ」



突然、携帯電話の呼び出し音が鳴った。臣人の胸ポケットに入っていた携帯だった。左手で開いて、耳に近づける。

「へい?」

受話器を耳にあてた途端、臣人はハッとしてそれを遠ざけた。右手は耳を塞いでいた。そんなことをしたところで焼け石に水だった。

「喝!」

「!?」

「こんのボケー!!盆の忙しいさなかに坊主が遊んでおるとは何事じゃあ!早く戻ってこんかーっ!!」

受話器を遠ざけていても、バーンの所までビンビンに聞こえるくらいの大声が聞こえた。ハリのある声だった。臣人の祖父國充の声に相違なかった。喧嘩腰のひと言に臣人もキレたのか、ムッとして反撃をし始めた。

「やかましいぃ!!鼓膜破れたら、どないすんやこのくそじじい!!」

携帯に向かって話をしているのは、いつもの臣人だった。通話口に口を近づけ、叫んでいた。もうこの上ないくらいの大声で、文句を並べ立てた。そんな臣人の姿をバーンは横でずっと見守っていた。半分うれしそうに、半分うらやましそうな顔をしながら。ずっと。



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