一つ、輝く

むーもん

一つ、輝く

 僕のお母さんはお医者さんで、お父さんはお星さまだ。だから父の日にはいつもお星さまの絵を描く。保育園の先生は少し困ったような顔をしているけど、お母さんが言っていることだもの。僕は誰よりも美しくお父さんを描く。

 僕とお父さんは雲のある日以外は毎日会っているけど、お話をしたのは僕が五歳の時が初めてだった。

「カズキ、一緒にお風呂に入ろう。」

 これがお父さんの第一声だ。お風呂に入ろうとすると、知らない男の人が素っ裸で立っていた。この時はまだこの人がお父さんだなんてわからなかったけど、僕はこの人と一緒にお風呂に入った。懐かしい匂いがして、なんとなく、この人が悪い人だとは思わなかった。

 お父さんは僕にいろいろなことを聞いてきた。友達のこと、保育園のこと、それからお母さんのこと。僕がお星さまの話をすると、少し驚きながら、でも涙を浮かべて頷いていた。

 次の日お父さんは一緒に遊んでくれた。遊びはもちろんヒーローごっこだ。

「怪獣め、もう許さないぞ!くらええええ!」

「うわあ!やられたああ!」

 僕はお父さんが大好きになった。

 お父さんは突然やってきたけど、帰る時も突然だった。お父さんは帰るとき、

「また帰ってくるよ。」

と言った。それから、

「俺のことはお母さんには内緒だぞ。お母さんに言ったら二度と会えなくなるからな。」

とも言った。僕はまたお父さんに会いたかったから、お母さんには何も言わなかった。

 次の年、約束通りお父さんはやってきた。食事中に現れてにらめっこを始めるものだから、僕はそうめんを噴き出してしまった。でも、お母さんはお父さんを無視して僕にだけ叱った。

「お母さんには俺が見えないんだよ。」

 お父さんは悲しそうに言った。

「なんで?」

「なんでって......大人だからだよ。」

「じゃあ僕も大人になったらお父さんが見えなくなるの?」

「さあ、それはカズキ次第だな。カズキが見たいと思えばいつでも見れるんだ。」

 僕は安心して眠りについた。それから二日間遊んで、お父さんは帰っていった。

 三年目には、僕は小学生になった。僕はお父さんに山に連れて行ってもらおうと、虫取り網とかごを用意していた。でも、お父さんは連れて行ってはくれなかった。僕の夏休みの宿題がほとんど残っていたからだ。よって山には行けず、ほぼ宿題漬けの三日間になった。

 この三日間のお父さんの口癖はこうだった。

「まったく、親の顔が見てみたいもんだ。」

そのうえ僕が必死に頑張っている横で!鏡でも見ればいいじゃない!

 そんなことを言いながらもお父さんは僕と同じくらい必死に手伝ってくれた。おかげでほとんど残っていた宿題はほとんど片付いてしまった。

 そんなわけで、お母さんが

「宿題はもう終わったの?」

と聞いた時、

「とっくに終わったよ。」

と言えた時はとても嬉しくて、顔がほころんでしまった。

 小学二年生の夏休みは宿題を早めに終わらせた。お母さんに褒められたが、そんなことのために頑張ったわけではない。お父さんと遊ぶためだ。

 お父さんはお盆になるとやっぱり来て、宿題の終わった僕を褒めた。

「よくやったなあ。さすが俺の息子だ。」

僕は嬉しかったけど、照れくさかったから

「簡単すぎただけだよ。」

と言った。それでもお父さんは嬉しそうに笑っていた。

 それから僕たちは山で虫を採ったり、川遊びをしたりと、元気に遊びまわった。お父さんは虫や花や魚の名前をよく知っていて、いろいろ丁寧に教えてくれた。その夜お母さんが帰ってきて、家の中の虫たちに悲鳴を上げたときは、二人で笑いあった。

 次の年も、その次の年もお父さんは必ずお盆にやってきた。

 一度、僕がお父さんにいろいろなことを聞いた時があった。お父さんは星になる前のことは答えてくれなかったけど、星になった後のことは全て答えてくれた。

「お父さんはどの星なの?」

「う~ん、北極星かなあ。」

「お父さんはどうやってここまで来るの?」

「なすとか、キュウリに乗ってくるんだよ。でも俺はなすのほうが好きだな。キュウリは乗り心地が悪いから。」

「向こうでの給料は?」

「ご、五十万スター......。」

 お父さんはいつも元気だった。お母さんが別の男と再婚した時も、

「俺のほうが背が高い。でも力はあっちのほうがあるな。お父さん➀×お父さん②デコラボしたら最高だな。わっはっは。」

などと訳の分からない冗談を言って笑っていた。でも帰るときに

「カズキ、お前は星になるなよ。」

と言っていたからやはり悔しかったのだろう。二年後に離婚したお母さんを見たお父さんは、これまでにないくらい元気だった。

 お父さんにできるだけ近づきたかった僕は、いつの日か宇宙飛行士を目指すようになった。そのことをお父さんに話すと、とても喜んでくれた。十五歳の時だった。

 お父さんは僕を自分の書斎に連れて行ってくれた。ずっと気になっていた部屋だったが、入るのは初めてだった。十数年ほとんど誰も立ち入っていないはずのこの部屋は、意外にもきれいだった。

「ここにある本をすべてお前にやる。宇宙に関する本もたくさんあるから、読んでみるといい。」

 お父さんはそう言った。そして、自分の古い本棚を眺めながら言った。

「本は材料だ。自分を作る材料の一つだ。カズキ、お前は二十歳になったら結構な額のお金が手に入る。その一パーセントでもいいから本に使ってほしい。本を読んで、俺を超えろ。俺を超える自分を作れ。」

 僕は次のお盆までに本を読みたくった。とにかくお父さんに褒められたかった。百冊ほどは読んだと思う。しかし、お父さんは次の年から来なくなった。

 僕の目が見えなくなってしまったのだろうか。いや、そんなはずはなかった。むしろ、会いたくて仕方がなかった。僕は普通の人の一歳になるにも満たない時間しか接することができなかったのだ。まだ親離れは考えられなかった。

 僕は休みのほとんどを何もせずに過ごした。恋人との約束も取り消してもらった。

 なぜ勝手にいなくなるのだろう。まだ一緒にやりたいことはたくさんあったのに。なんでだよ、なんでなんだよ!

 僕はお父さんを責めた。そして、責めるたびに自分が惨めになっていくような気がした。

 僕は休みの間中何もしなかったが、毎日欠かさず行っていた筋トレと読書だけは、続けた。



<母の思い>

雨の中、私の息子は産まれた。可愛い泣き声が聞こえ、看護師が私の横に赤ん坊を寝かせてくれた。

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ。」

その言葉に私は嬉しさで胸がいっぱいになった。ふと見上げると、夫も泣いている。

私たちは息子に一輝と名付けた。昼間降っていた雨が止み、夜空に星が輝いていたからだ。私たちは幸福だった。

しかし、その幸せも長くは続かなかった。夫が事故で急死したのだ。私は一歳にも満たない息子を抱えて一人、暗闇に立たされたように感じた。それでも世界は変わらず動き続けていく。私は世界が憎らしくて仕方がなかった。

一輝に当たってしまったこともある。母親にきつく接せられ悲しそうな一輝を見て後悔する、そんな毎日だった。

一輝が一歳になると、一輝を保育園に預けて仕事に復帰した。夫の遺した財産を出来るだけ使いたくなかったからだ。残りは全て、一輝の通帳に貯金した。夫もきっとそれを望むから。

ある日、一輝が父親の存在について聞いてきた。保育園で何か言われたのだろう。私は返答に困った。あなたのお父さんはもう死んだのよ、というのはさすがにかわいそうだった。そこでこう言った。

「お父さんはね、お星さまになったの。お母さんはお医者さんでしょ?それと同じように、お父さんはお星さまなの。」

それから一輝は父の日に星の絵を持って帰るようになった。

一輝が五歳になった歳のお盆、一輝の様子が変だった。多分、私に隠し事をしているのだ。でもどこか楽しそうだったから、私は問いたださなかった。

次の年はもっと変だった。食事中にいきなり笑いだしたのだ。また、夜に独り言を言っているのも聞こえた。精神的におかしくなったのではないかと思い、不安に感じたが、お盆が終わるとまたいつもの一輝に戻っていた。

三度目のお盆、一輝が変だった理由がなんとなくわかったような気がした。夫がお盆に帰ってきていたのだ。そして息子と話しているのだ。嬉しくて涙がこぼれそうだった。

しかし、やはり幸せは長くは続かない。

一輝が十五歳になったとき、書斎の本の配置が変わっていることに気がついた。頻繁に掃除をしていたため、配置をほとんど覚えていたのだ。

私は夫がもう帰ってこないということを悟った。彼が本を人にあげるのは、別れの時だけだからだ。私は胸が苦しくなるように感じた。

次の年、予想通り一輝は沈んでいた。夫が来なかった証拠だ。私は一輝を呼び出して夫の話をした。生前していたこと、一輝が生まれた時のこと、彼の亡くなった時のこと……。それに、私たち夫婦だけが知っている、“一輝”のもう一つの由来も。

話を聞きながら、一輝は泣いていた。私も自然と涙がこぼれてしまった。


何十年も経って、僕は父の年齢を超えていた。結婚して、子供をできた。しかし、仕事が忙しい僕は、子供たちにとって、かつてのお父さんより遠い存在だったに違いない。

僕は母と家族を連れて星のよく見えるキャンプ場に行った。その日は晴れていて、星を見るには最適だった。

周りに明かりもないから、暗くなると美しい星空が広がった。僕は北の空を見た。

北極星。一年中、ほとんど動くことなく僕らを見守っている星。お父さんはいつも、母と僕を見守ってくれていたのだろうか。

横にいる母を見ると、目を閉じて泣いていた。

お父さん、僕は今、輝けていますか。あなたを超えられているでしょうか。僕としての、一つの輝きを持てているでしょうか。

「ありがとう。」

母の声が聞こえた。そしてもう一度聞こえた。

「ありがとう。」

父と母、二人の声が重なって聞こえたような気がした。









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