第4話 君が忘れてしまっても
その日は珍しく私もレリックさんも任務の無い日だった。
「おはようございます、今日は任務無いんですか?」
「あぁ、お前も無いのか?」
「はい、今日はのんびり出来ますね」
「鍛錬はサボるなよ、身体が鈍るぞ」
「分かってます〜」
穏やかな朝。
他愛もない会話。
至って平凡な朝…だった。
「……うわっ」
「何だ……!?」
食後のコーヒーを飲もうとしていた時、地面が大きく揺れた。
「地震……ではなさそうですね」
「上で何かあったか?」
階段を登っていると、再び大きな揺れが起きる。
何が起きているのだろうか。
念には念を入れてダンタリオンを呼んでおく。
「【
悪魔の全体を呼び出すのはかなりのエネルギーを使う上、効率が悪い。
だから通常は悪魔を象徴する一部のみを呼び出すのだ。
例えば【
そして【
左目に
当たり前の日々が一瞬で崩れることを知っている。
私の
地上に出ると、そこは酷い有様だった。
ステンドグラスは砕け散り、長椅子は尽く破壊され見る影もない。
「これは……」
「巣を壊すとぞろぞろ出てくる……蟻みたいだなぁ」
場違いにのんびりとした声がする。
「誰っ……!?」
猫のような耳の生えた巻き毛の少年と真っ黒な翼の生えた青年____そして無数の『
「僕ね、キミ達を『殺せ』って言われたの」
だから早く死んでね?
少年は可愛らしい笑顔で言い放った。
「シオリ!」
「はいっ!」
少年の言葉が終わると同時に襲いかかってきた炎を躱す。
今日この教会にいる討伐部隊は私とレリックさんのみ。
諜報部隊や医療部隊は言わずもがな、防衛部隊も『
増援が来るまで二人で持ちこたえなければ。
「人型のやつらはどちらもB級以上、炎を操る能力と豹の耳から一体はフラウロスと推定、そいつの相手はお前に任せる。C級ともう一体は任せろ」
「了解しました」
レリックさんの指示を聞いて散開する。
「おねーさんが僕の相手?すぐ死んじゃいそうだね」
「弱い犬ほどよく吠えるって言葉、知ってる?」
返事は大きな火球だった。
ダンタリオンの能力は思考操作と幻術、それらを駆使すれば大抵の攻撃を躱すことは造作もない。
「おい卑怯だぞ、正々堂々戦え!!」
「獣は戦術という概念を知らないのね」
軽く挑発すれば面白いくらいに冷静さを失ってくれる。
怒りに任せた攻撃は単調になる、そこに思考操作で追い討ちをかければ……攻撃は当たらず更にフラウロスは頭に血が上っていく。
「幻だろうが何だろうが全部燃やせば死ぬくせに!!」
ついに堪忍袋の緒が切れたのだろう、空を覆い尽くさんばかりの莫大な数の火球が無軌道に放たれた。
……煙が晴れた時、そこには一面の焦土が広がっていた。
「あはははははっ!!ぜーんぶ燃えちゃったぁ、やっぱり弱かったねぇおねーさん」
「……あなた結構短気ね、戦場で冷静さを失うなんて、下策中の下策よ」
全方位無差別攻撃に対して一番安全な位置は何処か____攻撃を放った本人が居る位置だ。誰だって自身に攻撃を当てようとはしない。
ダンタリオンの幻術で姿を隠して、思考操作で少し視野を狭めさせれば簡単に背後を取ることが出来た。
驚愕を貼り付けたまま振り返った顔に膝を叩き込み、そのまま地面に押さえつける。
「くそっ、ニンゲンなんかに……!」
「本物を見分けられない三流が勝てるわけないでしょう」
勝敗は決した……私の勝利だ。
「ダンタリオン、何でニンゲンに味方してるんだ、この裏切り者!誇り高きソロモン七十二柱の面汚しめ!」
『別に悪魔同士仲良くしろって法は無いだろ?……というかニンゲンに負けたお前の方がよほど面汚しでは?』
「うるさいうるさいうるさいっ!」
「五月蝿いのはあなたよ、じゃあね」
核が有るであろう心臓を目掛けてナイフを振り下ろす。
……そして、フラウロスが口を開くことは二度となかった。
妙だ。
戦闘が始まってからうっすらと感じていた違和感が、形を結ぶ。
____弱すぎる。
仮にもこの教会は『
それなりの対『
それを突破してきたにしては、あまりにもあっさりと倒せたのだ。
……まだ他にも仲間がいるかもしれない。
胸に巣食う不安は消えなかった。
「レリックさん、終わりました」
「ご苦労、こっちもこれで最後だ」
いつかと同じ紺碧の腕が翼の生えた青年を締め上げている。
「さて、あんまり得意じゃないんだが……来い【
閃光と共にレリックさんの手元に天秤が現れる。
「お前達、何故ここを襲った。…【
「ぐっ………俺達、は……命令されただけ、だ」
「誰に」
「そ、れは……」
「もういいわアンドラス」
突如、女性の声がした。
それと同時に青年を拘束していた腕が崩壊する。
「申し訳…ございません……」
「フラウロスは?」
「……消滅しました」
「そう、残念だわ。あなたはもう帰りなさい」
淡々とした感情の読めない声が硬質な足音と共に近付いてくる。
声の主の姿が露わになった時、レリックさんの顔色が変わった。
長い漆黒の髪、一度も日に当たったことがないような白い肌、そして此方を睥睨するような金属めいた冷たい銀の瞳。
これは、この人は……
「カミ…ラ……?」
「……あなた、誰?許可していないのに馴れ馴れしく呼ばないで頂戴」
それは、あまりにも残酷だった。
何年も…何十年何百年と想い続けた人は、自分のことを覚えていない。
それがどれだけ悲しいことなのか、私には計り知れない。
「……これは失礼、それで?お仲間を助けに来たのか?」
毅然と振る舞うレリックさんの手は、強く握りすぎて白くなっていた。
「部下が死にかけてるのを見逃すほど冷酷じゃないの」
「……この襲撃はお前が指示したのか?」
「答えてやる義理はないのだけれど……何でしょうね、機嫌がいいから教えてあげる。指揮をとったのは私だけど命令したのは違うわ……ルシファー様よ」
「ルシファー……今、ルシファーと言ったか?」
レリックさんの声が低くなる。
「様をつけなさいニンゲン、そうよ偉大なる大悪魔ルシファー様……母に捨てられた私を育ててくれた方よ」
『違う!!』
レリックさんの口からレリックさんでない声がした。
「違わないわ、だから私はあの方の恩義に報いているの」
「我が娘は本当に良い子だなぁ、可愛いカミラ」
何の予兆もなくカミラさんの背後に男が現れた。
「S級『
「お前っ……!!!」
レリックさんが吼える。
今までに聞いたことのないどす黒い憎悪が籠った声だった。
「……おや、面白い気配がするからと来てみれば、貴様はあの時の……」
「……【
レリックさんが三体目の悪魔を呼ぶ。
それは美しい女性だった。
黒と見まごうほど濃い赤のドレスを纏った女性は、美しく編まれた漆黒の髪を振り乱さんばかりに怒り狂っていた。
「おのれルシファー!!貴様、どこまで妾から奪えば気がすむ!!愛しい我が子だけでは飽き足らず、親としての立場まで奪うのか!!!」
それは血を吐くような叫びだった。
「はっ、奪われた貴様が愚かだっただけだろう。俺様に責任転嫁するな」
「……【
「えぇ
一瞬でベルゼブブとルシファーの姿が消えた。
「ルシファー様っ!」
「お前の相手は、こっちだ!」
二人を追おうとしたカミラさんをレリックさんが阻んだ。
「退いて頂戴!ルシファー様がっ……」
「絶対に行かせない……君を行かせるわけにはいかないんだ」
決して手を上げることはせず、攻撃に耐えながら、ただ道を阻み続ける。
「……どうして反撃しないのよ」
「……君を、傷付けることが出来ないんだ」
頼む、行かないでくれ
血を吐きながら、レリックさんが祈るように言葉を零した。
「レリックさん!?」
「口の中が切れただけだ、問題ない」
「……い、嫌……いやぁぁぁあああ!!」
突然、カミラさんが苦しそうに叫ぶ。
「カミラ!」
「レリックが……死んでしまう……レリックって誰……私の……大切な……私を助けてくれたのはルシファー様……でも……」
「カミラ?どうしたんだ、しっかりしろ!」
「あなたは……」
一瞬だけ蒼と銀が交錯した次の瞬間、軽い音をたてて細い身体が崩れ落ちた。
雷が落ちたような轟音が鳴り響き、凄まじい揺れが走る。
発生源と思われる方に目をやれば、空中に君臨する女性____ベルゼブブと彼女に地面に叩きつけられてクレーターを構成するボロ布____もといルシファーの姿があった。
「妾の怒りを、嘆きを、絶望を知りなさい」
言葉と共に地面がぐわりと牙を剥く。
大きな地割れがルシファーを飲み込んだ。
「ぐぁっあ"あ"あ"あ"あ"あ''あ''あ''あ''あ''!!!」
「……傲慢の報いよ」
一度閉じられた地表は二度と開かれることはなかった。
こうして『
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