#29『魔物はなにもしていないのに、人や勇者に求婚される』
そこは、魔物たちが静かに暮らす里。
北には里を守護する火山が噴煙を上げ、時に赤い火柱を上げる。南に広がる樹海は、魔物たちの安住の地。西には空高く剣山が聳え立ち、頂きは永久に溶けることのない氷河で覆われている。草原は草が繁茂し、住まう魔物の憩いの場所だ。東には、岩礁から砂浜が広がり、海からの潮風を受けて、多様な魔物たちの友好の場になっている。
里の中央。丘の上に魔王城が建ち、全ての魔物たちの魔力を統べ、管理する魔王が住んでいる。
人が住んでいる地域は遥かに遠い。魔物と人が干渉しあうことは、ほとんどない。
ある日、伝書鳩が、魔王の下に一通の手紙を携えてきた。魔王はそれを読んで驚愕した。
『勇者、魔物の里に攻め込む』
魔王は、急ぎ各エリアの守護者を招集し、緊急対策会議を開いた。
「由々しき事態が起った。勇者が里に攻めてくるのだ」
妖精のアロエリリーは、不安げに言う、
「なにか、人間界にあったのでしょうか」
竜のフォーリアは言う、
「そんな話しは聞かないけど」
雪女のネージュは、怪訝な面持ちで言う、
「誰かが、人に悪いことでもしたのかも」
不死鳥のフランマは言う、
「そんな話しは聞いたことがない」
人魚のローラは言う、
「そういえば最近、海の魔物から話を聞きました」
「どのような?」
「人間の船が嵐で難破した時、魔物たちがそれを救ったとか」
「救ったのなら、感謝されても、攻められるいわれはない」
「ただ、全員を救うことはできなかったそうで、救出された船員から、悪い噂が流れたのかも知れません」
「勘違いじゃないか」
「そうです。勘違いです。でも、私たちの容姿は人間から見れば恐ろしいもの。善行が伝わるとは限りません」
アロエリリーは、皆をたしなめるように言う、
「みんな、落ち着いて。とりあえず、勇者の真意を確かめましょう」
「確かに、そのとおりだ」
ヴオォン!
勇者の映像が映し出される。
そこには、イケメン勇者が汗を流しながら、草原を力強く歩んでいた。
イケメン!
魔王は一瞬で、勇者の
「勇者の元へは、余、自ら行こう」
「なんと」
「魔王様、自ら出陣とは」
「よほど自身があるのだろう」
実は、下心しかなかった。
「まず、勇者の誤解を解きたい。そこで、皆に協力願いたい」
草原を行く勇者の元に、魔王が現れた。魔王は、少女のようないでたちで、花や虫を愛でる、心優しい人を演じていた。
「お嬢さん。こんなところでひとりぼっちかい?」
「はい」
「この辺は魔物が出て、危ない。早く家へ帰りなさい」
「それが、方角がわからなくなってしまいました」
「そうか。ならば、家まで送ってあげよう」
「ホントですか!? ありがとうございます」
「家はどちらに?」
「街からこの草原に入って、それからわからなくなってしまいました」
「それでは一旦、街まで戻りましょう。ご案内します」
「ありがとうございます。私の名前はマオ」
「我が名はアンソニー」
「道中、よろしくお願いします」
こうして、可憐な人間に扮した魔王。マオは、勇者アンソニーの導きで、街までやってきた。
「是非、家にお越し下さい。助けてくださったお礼がしたいのです」
「私のような男が押しかけて、迷惑ではありませんか?」
「とんでもない! 家族も大歓迎かと思います」
「それじゃ、お邪魔しようかな」
「是非」
港町のはずれ。波打ち際に立てられた掘っ立て小屋。そこがマオの住まいだ。本当は、先の嵐で、魔物に助けられたと、本当の事を主張していた、船員の家。家にはローラが先回りして、マオ達に話を合わせることで説得済みだ。
家に招かれたアンソニーは、家族から手厚い接待を受ける。マオは、船員の姉という設定だ。夕食の時、嵐の時になにがあったか、船員は語りだした。
クラーケンが船を真っ二つにしたというのは見間違いで、壊れそうになった船を、クラーケンが逆に支えていた事。海に落ちた船員を、半魚人や人魚が救ってくれた事。
事実、この家の船員も、人魚に助けられ、この砂浜にたどり着けたのだと。
魔王は、誤解が解けて、とりあえずホッとした。
「しかし、何故、一方的に魔物のせいになってしまったのでしょう」
「そういえば、今回のことを、ことさら大げさに風潮している奴がいました」
「誰ですか?」
「この街を統括する、貴族たちです」
「よろしければ、貴族のところまで、案内して頂けませんか?」
「いいですが、貴族が一般人と会うことは、できないと思いますよ」
「屋敷まで案内していただければ結構です」
「わかりました」
件の貴族邸まで来るが、案の定、門前払いにあう。
「もうしわけありません」
「別に、私が言ったことですから」
その夜、魔王はリリスに耳打ちする。
「その貴族様を、骨抜きにすれば良いんでしょう。楽勝よ」
「頼む」
下弦の月が、さらに欠けた、草木も眠る丑三つ時。
リリスは貴族の舘に忍び込んだ。長い廊下に、窓から月明かりが漏れている。廊下の突き当たりが、標的に部屋だ。護衛はいない。案外、簡単な仕事ね。
突然、月明かりが雲に隠れ、辺りは暗くなる。扉の前に、鋭い眼が光り輝く。
to be continued...
出演
雪女/ネージュ ラリィ=ル・レロ
勇者/アンソニー たこさんウインナー
魔王/マオ 高崎紫
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