#26 正体
高崎紫●ライブ
「こんばんは」
『こんばんは~』
『こんばんは』
『こんばんは』
「【転生組ファーストライブ 転生したらVTuberだった件】みなさん、どうだったでしょうか~」
『おもしろかった』
『良かった』
『楽しかった』
「最初はハコ借りてやることも考えたんだけど、私たちが普段、生きている世界に、みんなを招待したいな、と思ってVRライブという形になりました」
『あの世界に住んでるのか』
『うらやま』
『楽しそう』
「楽しいか楽しくないかは別として、楽ではある。煩わしい人間関係ないし」
『ニートやん』
『ニート』
『ニートで草』
「ニートちゃうわ。デジタルの世界で生きてるだけだ」
『うんちしないし』
『おしっこしないし」
『生理ないし』
「確かに。生理がないのは楽」
『生理ないのかうらやま』
「死んでいながら、同人活動できるし」
『それな』
『実はどっかで生きている』
「それよく言われるんだけど、違うんだよね」
『メタバースの世界で生きるのか』
「証明する手段はないが」
『中の人なんていませんよ』
『中の人などいない』
『転生組はメタバースで生きている』
『仕事しないで生きていけるなんてうらやま』
「いや、死んでるんだけどね」
『草』
『草』
『草』
「とりあえず、転生組でライブイベントができたのは嬉しかったな」
『涼風翔也いませんでしたね』
「彼はねぇ、事情があって出場しませんでした」
『実は仲間割れ』
「まあ、本当に事情があったんだよ」
『あったんだ』
『あったのか』
『あったんだな』
小田正は、自ら客となってイベントに参加した。
ログアウトした後、早速、アメリカからメールが届いた。
『追跡は失敗した。
それはウイルスの様にシステムに侵入した。まるでプログラム自身が意思を持っているかの如く、システム内を自由に動き、改ざんするわけでもなく、データ量が不規則に変化する姿は、コンピューターの中を泳ぐクラゲの様だ。
悠然と漂い、一定の処理が済むと、他のサーバーへ去って行った。システムに害をなすどころか、ウイルスを伝播することもなく、まるで幽霊の様に現れ、そして消えた』
あの日、英文で届いたメールの送信元は、アメリカ航空宇宙局。
NASAだ。
メールの内容を要約すると、NASAの火星探査機がハッキングされた。ハッカーは複数、存在し、そのひとりが、小田の勤務する大学のシステムだった。探査機をハッキングした目的を提示せよ。
だいたい、こんな感じだ。
身に覚えは無かったが、心当たりはあった。涼風翔也として転生組に同行し、タコさんウインナーの根城である、火星を模したメタバース空間に行った時だ。
その旨を返信したら、死者が転生し、メタバース空間で生きているという点について、共同で調査したいという申し出があった。
断る理由は無い。
死んで、メタバース空間に転生したとほざく輩の正体を、突き止める機会が増えた。共同研究とは渡りに船。小田は、その申し出を受け入れた。
今、高崎紫の雑談配信を見ている。
高崎紫●ライブ
「話それたけど、ライブの感想です。歌いました」
『歌ったね』
『ハスキーボイスやね』
『●ヴァ』
『ま●か』
「まあ、私が歌うとしたらアニソンしかないという。アニソンはとりあえず『残酷な天使のテーゼ』歌っとけと」
『王道』
『王道』
「ま●かは、やっぱり歌っておかないと」
『百合』
『男体化』
「男体化はねー。私の趣味じゃないんだよねー」
『正統派ですか』
「そうそう。だから、ふたなりもなし。少女漫画や少年漫画も普通に読むし」
『雑食なのか?』
「普通の漫画の延長に、BLがあるというのが、私の楽しみ方なので」
『BLオンリーではない』
「そうそう」
『鈴鹿詩子とは違うな』
「今回、歌以外にも、それぞれの境遇を再現したドラマをやりました」
『タコに薙ぎ払われた』
「皆には火星旅行を楽しんでいただこうと」
『火星旅行だな』
『火星だった』
ちょっと突っ込んでみるか。
『火星の風景マジモンじゃん』
「火星探査機からのデータを忠実に再現したからね」
はぐらかすこともなく、マジレスが返ってきた。
『探査機のデータってどうやって入手したの?』
「タコさんの定宿なので」
『入手の方法は?』
「探査機から撮ったんじゃね? 知らんけど」
『薙ぎ払ったのは巨●兵だよね』
『庵●作画シーン』
『王蟲が』
『薙ぎ払われたの俺ら』
「タコさんは人が嫌いなので一度、吐き出してもらおうと」
『吐き出しました』
『薙ぎ払われました』
『飛ばされました』
「良い景色だったでしょ」
『綺麗だった』
『綺麗だった』
『赤かった』
『火星は赤かった』
「火星遊泳を楽しんでもろて、タコさんを慰めていただきました」
『なぐさめた』
『慰めた』
『めっさなぐさめた』
『赤いウインナーをなで回してなぐさめた』
「なぐさめて小さくなったけどね」
『草』
『草』
『草』
もうちょっと突っ込んでみよう。
『タコさん自殺だしあれぐらいで慰められたとは思えない』
「まあね」
『自殺をネタにするのは不謹慎です』
「そういってもタコさんがカミングアウトしたことなので」
『死んだふりが一番不謹慎』
「死んだふりしてないんだけどね~」
『証明して』
「証明できることならしたいわ」
『マジ』
「マジ」
『と言っている中の人』
「いやマジで証明できる人がいるなら証明して欲しい」
『IPさらせば証明できますよ』
「IPは自分でもわかりません」
『プロバイダ公開すれば』
「プロバイダないんだって」
『プロバイダないとネットにアクセスできないが」
「ネットの中に生きてるからアクセスうんぬんっていうのはないんだよ」
『なんだ不謹慎厨か』
『不謹慎厨かえれ』
『また不謹慎厨か』
『定期的にわくな』
高崎紫は自問する。私は転生して良かったのか?
生前は、同人誌作成に没頭し、サークルや同人誌仲間と楽しくやっていた。恋には無縁だったけど、それでもいいと思っていた。デブでブスな私を好きになる男性などいやしないと思っていたからだ。
今の自分を客観的に見て、実のことろ、本当に生きているのか怪しい。自分は、プログラムされたAIに過ぎないのか? 紫自身は証明したい。自分がどういった存在なのかを。
「私も自分が本当に転生したのか知りたいから、証明できる人は連絡ください」
連絡はすぐに来た。涼風翔也からだ。
呼び出された空間は、真っ白な3D空間に、XYZ軸が走っているだけの、デジタル・デフォルト空間だ。
ヴォン!
涼風翔也が現れる。
「よくきたね」
「お呼びいただき、光栄至極に存じます」
「ずいぶんと、他人行儀だね」
「あまり、話したことないし」
「俺の呼び出しに、応じるとは思わなかったよ」
「証明してくれるんでしょう?」
「それには君の協力が必要だ」
「それで、私はなにをすればいいの?」
「いきなり本題かい? 素っ気ないね」
「別に、世間話するほど、仲良くないし」
「俺の正体、わかってる?」
「だいたい」
「どのくらい?」
「転生者じゃないのは、バグから聞いてたし。こけしはえから、身辺調査されてるって話も聞いてたし」
「ご明察」
「うちらの素性、探ってるんでしょう」
「そこまでわかってて、俺の話に乗ったのは何故?」
「私も自分の正体が知りたいから」
「意外だね」
「なんで?」
「てっきり、この世界を満喫していて、転生とか、正体とか、興味ないと思ってたよ」
「個人的に興味があっただけ」
「他のメンバーは?」
「生前にトラウマのあるメンバーを傷つけたくないので、ご内密に願いします」
「了解」
「俺が一番、疑っていたのは、君たちは生きていて、死者を騙っているのではないか?」
「それが原因で、時々、炎上します」
「結論から言うと、その疑いは晴れた」
「え?」
「前回のイベント。NASAと協力して、メタバース内のタスクをトラッキングした。君たちが、現実の世界からアクセスしている証拠はなかった」
「それは良かったです。嫌疑がひとつ、晴れた訳だ」
「それどころが、君たちの、全ての挙動がメタバースの中で完結していた」
「へ~。それはすごい」
「それが新しい疑問を生んだ。外から操作していないということは、システムの中で完結した、独立したプログラムということになる。世界中のシステムを探しても、そんなプログラムは現存しない。あるとしたらそれは…」
「AIですか?」
「そう」
俺の問いかけに、ためらうことなく、高崎紫は答える。
「ここまで話して、眉ひとつ動かさないなんて、君は本当に人なのか?」
「死人です」
「君たちがAIだとすると、更に新しい疑問が生まれた」
「誰がAIを創ったか?」
「そうだ。俺が…。いや、違うな。全てのITエンジニアが君たちの正体を探りはじめる」
「ですね」
「今のところ、君と直接コンタクトできているのは、俺だけだ」
「誇らしいですね」
「逆だ」
「?」
「怖い」
「へー」
「世界中のITエンジニア。国の機関やハッカーに狙われる」
「こわ~い」
「そうだ。怖い」
「で、どうします?」
「引き下がる気はないが、警戒は必要だ」
「慎重ですね」
「当たり前だ。俺だって命は惜しい」
「もし、死んだら転生組へ。正式にお招きします」
「どうもありがとう」
「それで、これから私はなにをしたらいいんですか?」
「君たちを創った人をつきとめたい」
「創造主ね…。バグ曰く、立川でバカンス中らしいです」
「バグ?」
「この転生システムの管理者らしいです。会ったことありませんでしたっけ? テ●ンカーベルみたいな、人型の女の子の背に、昆虫の羽が生えてる」
「ないね。バグに会わせてくれないかな?」
「いつも呼べば来るから、呼んでみますか?」
「頼むよ」
「バグ!」
しかし、反応は無い。
「あれ? いつもはすぐ来るんだけどな。バグ!」
しかし、反応は無い。
「来ませんね」
「警戒されてるのかな?」
「どうでしょう」
「とりあえず、今回の件で得たものは多い。俺はいったん、ログアウトする」
「それじゃあ、次はバグを連れてきます」
「よろしく」
ヴォン!
涼風翔也がログアウトした。
ふう。
ヴォン!
うわっ!
入れかわりに、バグがやってきた。
「さっき呼んだんだけど」
「はい。声は聞こえてました」
「どうして来なかったの?」
「転生者以外に、姿を見せる訳にはいきませんので」
「なにそれ。バレたらなんか問題あるの?」
「それは、禁則事項です」
「あのさあ、バグって何者?」
「それも、禁則事項です」
「なにそれ。訳がわからないよ」
高崎紫はしみじみと思う。
私はAIなのか。生きていた記憶や経験は、どうやってシステムにコピーしたんだろう? なにかすっごい科学力のせいなのだろうか。
マジで、立川でバカンス中の方へ訊きに行きたい。
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