#24 イベントする ─前編─
高崎紫の部屋に、タコさんウインナー、さくまどろっぷ、水色あさがお、可愛美麗、ピュア・ピンク、ラリィ=ル・レロが集められた。
「なんですか? あたし達を呼び出して」
「おもしろいこと、企んでるんでしょう」
「皆さんを集めたのは他でもありません。私たちは、次のステップへ、アップするべきだと思うのです」
「ステップアップ?」
「そうです」
「なにするの?」
「ずばり! ライブしましょう」
「ライブなら今までもやって来たよね」
「MMDステージで鬼ごっことか」
「現実にハコを借りて、歌って踊って演じるんだ!」
「つまり、リアルな劇場に人を集めてライブをすると?」
「そうです!」
「あたしたちのレベルで? ホロライブや、にじさんじならともかく」
「そうです」
「ライブなめてない?」
「なにか言いたいことが、あるようだけど? ラリィ」
「死ぬ前に、音楽活動してたからわかるけど、大変だよ」
「まあ、そうだろうね」
「言い方、軽」
「大変だけどやるんだよ。ゲーム配信ばかりの日常から脱却するために」
「予算は?」
「喜ばしいことに、潤沢にあります。なぜなら、私たちは死んでいるので、金がかかっていません。収益は全て、私の会社『修正液』で預かっています。税金は払ったけど、手つかずに残ってます」
「お金かけて、人が集まらなかったらどうするの?」
「その時は、しょうがない」
「なにそれ。しんじらんない」
「既存のVTuberではできない、デジタルの世界に生きる転生組だからこそできる、活動をしよう」
「無理でしょ。あたしたち死んでるんだし」
「ラリィ、よく考えてみて。私たちはバーチャル空間にいるのよ。立ち位置なんてどうとでも創作できる」
「それでもセットリストは必要でしょう」
「創作しましょう」
「誰が?」
「経験者のラリィに」
「ちょっとまってよ」
「強制はしない」
「…」
「参加したいという方だけ、ここに残ってください。ライブについて詳しく話します」
「あたしは抜けるわ」
ヴォン!
ラリィ=ル・レロが消えた。
「他には?」
ラリィ以外、抜ける様子はない。
「それじゃあ、残った人たちで、ライブについて話しあいましょう」
ラリィは自分の部屋に戻た。
ライブ? それがどんなに大変か、わかってない。
生理が重く苦しくても、やらされるレッスン。怒鳴られ、叱られ、踏めないステップを、何度も何度も、繰り返し繰り返し、やっても上達しない辛さ。
発声練習をしても、出ない声、外す音程。今でも、監督の怒号が脳裏に蘇ってくる。
食べられなくて。無理やり食べて、吐いて。身体は疲れているけど、頭が冴えて眠れない苦しさ。
あの時にだけは、絶対に戻りたくない。
「それで紫さん。なにをするんですか?」
「歌と、ミニステージ」
「2時間コースね。でも、ハコを借りてやるには小規模すぎじゃない?」
「うちらのメンバー数で大きなハコが無理なのはわかってます。ハコは今から決めますが、2時間ワンステージ。前後半で4時間」
「ネット配信は?」
「もちろん、やります」
「内容は?」
「ミニステージについては私が台本を書きます。歌は各自、歌いたい曲をリストアップしてください」
「紫さん、質問」
「はい。あさ」
「カップリングありですか?」
「ありです」
「それじゃあ、あたし。美麗ちゃんと一緒に歌いたい」
「歌おう」
「それじゃあ、あたしは、ピンクちゃんと歌おうかな」
「よろしくお願いします」
「タコさん、どうしますか?」
「ソロに決まってんだろ」
「じゃ、今日はここで解散」
紫はさっそく、こけしはえに電話する。
「というわけで、諸々、事務手続きよろしく」
「わけがわかんね~よ。順を追って説明しろ」
─ 説明中 ─
「いや、それ。あたしひとりじゃ無理」
「そこで、修正液の出番です」
「頼んでみるけど、OKしてくれるかはわかんないよ」
「だいじょうぶだ、問題ない」
「問題だらけだよ」
「ネットで完結する手続きは、私がやるから、現場でしかできないことを頼む」
「冬コミ、本出せないじゃん!」
「そこはゴメン」
「その言葉は修生液のメンバーに言ってあげて」
「メールする」
「誠心誠意ね」
「OK」
「だいじょうぶかな…」
こうして、転生組初のライブが始動した。ほとんど、紫のごり押しだが、転生して一年が過ぎ、そろそろ、新しいことに挑戦したいという気持ちは、メンバーの共通認識だった。
メンバーがそれぞれ、ライブに向けて、考えはじめた。
さくまどろっぷとピュア・ピンクが、紅茶を飲みながら歓談している。
「ボカロ歌いたい」
「いいよ。でも、難しい曲、多いよね」
「kzさんの曲が好き」
「そうなんだ」
「さくまさんは、さくまさんが歌いたい歌を歌えばいい」
「そうだなあ。松田聖子とか、中森明菜とか。ピンクちゃんとはWinkをデュエットしたいな」
「Winkってなんですか?」
「昔、流行ったミュージシャンだよ」
「良い曲?」
「聴いてみる?」
「はい」
ふたりは、歌いたい曲を、お互いにYouTubeで聴きあった。
可愛美鈴と水色あさがおが、話している。
「あさは歌がうまいから」
「美鈴ちゃんも上手だよ」
「あさにはかなわないよ」
「美鈴ちゃん、ボイトレしてみる?」
「あたしの場合、肉体が男性だったから、発声のしかたが男性なんだよね」
「あたしに合わせて、声を出してみましょう」
「はい」
高崎紫は考えた。
さて、私は何を歌おうか。アニソンはマストだな。その前に、ハコを押さえておくか。こけしはえを通して修生液に指示を出す。決めなければならない事は山ほどある。開催日、ライブの内容、時間。セットリスト。なにより、劇の台本を書かないと。
ラリィ=ル・レロはゲーム配信をしている。
「なんかさあ。今度、転生組でライブするんだって」
『ラリィはなに歌うの?』
『●坂?』
「あたしは参加しない」
『なんで?』
『どうして?』
「なんか、めんどくさい」
『ラリィの歌聴きたい』
『聴きたい』
『歌って~』
「歌はなぁ。昔、ちょっとだけ、その仕事してたことがあったんだけど」
『だったらなおさらじゃん』
『グループ名は?』
「しんどくなって辞めた経験があるから」
『歌手は大変だよね』
『誹謗中傷とかあるからね』
「あたしが辞めたのは、全然違う理由なんだけど」
『体調不良とか』
『音楽性の違いで』
『グループ内のいざこざで』
「辞めた理由は、100%あたしのわがままだったんだけどね」
『おおう』
『そうですか』
『でも、ラリィの歌聴きたい』
『聴きたい!』
「そう言ってくれるのは嬉しいなあ」
『歌いましょう』
『歌おう』
子どもの頃から、特に苦労することなく勉強はできた。運動もそこそこできた。周りの女の子と比べて、自分の方が可愛いと、普通に思っていた。
友達も多かった。バレンタインやホワイトデーには、男女からチョコレートやキャンディーをもらっていた。
だからラリィは、自分は他の人より優れていると、普通に思っていて、そこについて疑問に思うことはなかった。死ぬ前までは。
ラリィ=ル・レロが、●●●48のオーディジョンを受けたのは15歳。中学2年の夏だった。
きっかけは
好きな男子は不良だった。自分には無い、ちょっと悪くて自由な生き方をしている、イケメンとまではいかないが、整った顔立ちの男子に憧れるのは、思春期女子あるある。
夏休み。
身も心も、自由になった気になる。気分が高揚する時期。その男子に誘われた。誘われたら、なにをされるか、想像はしていたし、期待もしていた。しかし現実は、想像や期待の遙か斜め上をいっていた。不良グループに廻されて、後はそのまま転落して行く。
二学期は、まともに学校へ行った記憶が無い。
やがて、オーディション合格通知が届く。
意気揚々と、グループ入りしたが、理想と現実の乖離は激しかった。デビューまでの日々は、ひたすらダンスレッスンとボイストレーニングの連続。それでも、憧れたアイドル。それなりにがんばったつもりだが、そのうちめんどくさくなった。
つらかったこと、めんどくさかったことの方が圧倒的に多かったが、歌うのも、ダンスも嫌いではない。大観衆の声援と光るサイリウム。あたしだけを照らすスポットライト。最高に気持ち良かった。
これを経験してしまうと、芸能界は辞められない。だから、あたしは、芸能界の奈落の底まで転落した。
何の気なしに、さくまどろっぷとピュア・ピンクの練習風景を見に行った。
歌とダンスは『好き!雪!本気マジック』で、振り付けは、足太ぺんたさん。いやいや、ちょっと待って。足太ペンタさんの踊りって、簡単そうに見えるけど、けっこう難しいよ。
「ちょっとまった」
たまらず割って入る。
「あ、ラリィだ」
「どうしたの?」
「踊り、めちゃくちゃ」
「やっぱり?」
「全然、合わないんだよね」
「まず、なぜこの選曲?」
「あたしが歌いたかったから」
「それなら、ピンクちゃんソロでやればいいじゃん。他のセットリストは?」
「ふたりでWinkの『淋しい熱帯魚』」
「さくまどろっぷさんのソロは?」
「ソロは考えてなかったな」
どっから突っ込んでいいんだろう。
「整理すると、ピンクちゃんはソロで『好き!雪!本気マジック』、デュエットでWinkの『淋しい熱帯魚』でOK?」
「「はい」」
「さすがにこのセットリストでは寂しいので、デュエットに『ハッピーシンセサイザ』を追加しよう」
「あたし、その歌好き!」
「これなら、さくまどろっぷさんでも踊れるでしょう。ソロで歌いたい曲ありませんか?」
「著作権とか関係なく、なんでもいい?」
「言うだけなら」
「山口百恵の『いい日旅立ち』」
「世代ですね。とても8歳が歌う曲とは思えません」
「ギャップ萌えってやつね」
気になったから首を突っ込んだ。そうしたら、最後まで面倒を見ることになった。
どうしてこうなった。
すると、あっちも心配だ。
可愛美鈴と水色あさがおが、歌っている。意外なことに、息は合っている。
「あ、ラリィさん、こんにちは」
「こんにちは」
「ふたりは●●●48か。世代だね」
「はい。ふたりとも大好きですから」
あたしが、OGだって知ったら、どんな顔をするだろう。
「そう。がんばってね」
「まかせて」
「がんばるよ」
ここまでくると、好奇心でタコさんウインナーを見たくなった。
見に行ったら、意外とやる気だった。
「歌うんですか?」
「歌う」
「意外」
「なんで?」
「ブラック企業に潰されて自殺したんですよね」
「身の上話?」
「まあ、ちょっとは」
「趣味と仕事の話は別だろ」
「そうかな」
「おまえはどうして死んだ」
「薬」
「オーバードーズ?」
「覚醒剤」
「そっか」
「その理由、訊かないんですか?」
「訊かれたいのか?」
「嫌です」
黙々と練習しているタコさんウインナーを見ながら、疑問に思った。
「この世界、楽しんでますか?」
「楽しんでるよ」
「タコさん、自殺ですよね。死んで良かったですか?」
「まあ、楽にはなったよ」
「良かったんですね」
「あんたはどうだい?」
「はい?」
「転生して、この世界を楽しんでるか?」
「そうね、そこそこ楽しんでる」
「なら、良いんじゃね? 難しいこと考えず、今を楽しめば」
「そうですね」
「おじゃましました」
「またおいで」
「はい」
ラリィはニコッと微笑んで、消える
ヴォン!
やって来たのは、
「どうしたの?」
「あたしも出ることにした」
「どういう風の吹き回し?」
「まあ、なんとなく…」
「ふ~ん」
「不満!?」
「全然。嬉しい。参加してくれてありがとう」
「どういたしまして」
次回、舞台の幕が上がる。
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