#22 ハイキング

ピュア・ピンク●ライブ


「ちわ」

 『ちわ』

 『ちわ』

 『ちわ』

 『ちわ~』

「今日は『いっしゅうきほうよう』というのを、やります」

「おはようございま~す! 朝から笑顔、水色あさがおで~す。今日は、ピュア・ピンクちゃんと一緒に、一周忌法要で~す」

 『明るい』

 『明るい』

 『明るい法要だな』

「ほうようってなに?」

「知らない」

 『え?』

 『草』

 『草』

 『え??』

 『法要っていうのは死者を弔うんやで』

「だって」

「弔うってなに?」

「あの世で元気でやってー! って意味だと思う」

 『草』

 『だいたいあってる』

「いっしゅうきって?」

「一周年って意味だよ」

 『う~ん』

 『草』

 『だいたいあってる』

「それでピンクちゃん。今日はどこへ連れて行ってくれるんですか?」

「ハイキングへ行きます」

「ハイキングかー。子どものときいらいだねー」

「荷物はOKですか?」

 水色あさがおは、リュックサックを背負っている。

「OK! ピンクちゃんもOK?」

「おっけー」

 ピュア・ピンクも、リュックサックを背負っている。

「それじゃ行くぞ!」

「オー!」




 さっそく、花の咲く高原の中を歩いて行く。

 爽やかな風が、ふたりの髪をなびかせ、流れて草花の香りを立ち上げ、さらにつむじのように舞い、ふたりのスカートをまくり上げる。

 笑顔でピュア・ピンクが鼻歌を歌っている。

 『鼻歌たすかる』

 『かわいい』

 『かわいい』

「それ、なんて歌?」

「適当」

「適当かー。じゃあ、あたしも適当に歌うよー。♪ある~日。森の中。熊さんP」

 『タモリ』

 『ボキャブラだっけ』

 『ばかぱく』

 『いんぱくち』

「あ! 蝶々が飛んでます」

 一匹の蝶が、花に留まる。

 顔を近づけて蝶を見る。

「ピンクちゃん、虫、好きだよねー」

「好き」

「あたしは苦手」

「蝶は?」

「蝶ならだいじょうぶかな」

「捕まえてあげる」

「それは勘弁かなー」

「そっか」

「それはなんていう蝶?」

「モンシロチョウ」

「よくいるよね」

「うん。よくいる」

 留まっている蝶を、そっとつまんで、あさがおに近づける。

「ちょっと、待って!」

 のけぞって逃げるあさがおを、つまんだ蝶を向けて追いかける。

「ひゃ~。虫ダメ~~」

 『草』

 『草』

 『草』

 『草』

 ニコニコと笑いながら、指を離すと、蝶はヒラヒラと飛び立っていった。




 ゆるやかな山道に入り、草原から林に分け入る。

 周りから蝉の声が轟き、ふたりを包んで、騒がしい。

 木々の香りを含む風が漂い、太陽が遮られて、歩いて火照った体を、心地よく冷やす。

「ピンクちゃん、疲れない?」

「だいじょうぶ」

「ピンクちゃんは元気だなー」


 道の先に、朽ちた古民家が現れた。

 茅葺きの屋根は崩れ落ち、苔むして、雑草に覆われている。

「うわ。なんかお化けでそう」

「入ってみる」

「えー。止めようよー」

「宝箱があるかも知れない」

「それゲームだよね」

 ピュア・ピンクは、崩れかけた軒から家の中を覗きこむ。

 畳の床は黒く朽ち、波を打って、所々腐り床が抜けている。朽ちた天井から、光が射しこみ、波打つ床を点々と照らして、さらに波を際立たせている。

「ピンクちゃ~ん。危ないよー」

 ピュア・ピンクは床の朽ちていない部分に足をおいて、慎重に家の中へ入って行く。ふと、足を止め、その場にかがむ。

 心配になった、水色あさがおも、恐る恐る家の中に入る。

「どうしたの?」

「見て」

 かがんだ先に目をやると、蛇が。

「きゃああああああああああ!」

 思いっきり後ろへ跳ね、着地を誤り腐った畳に足を落とす。

「痛~い」

 『草』

 『草』

 『草』

 『草』

 クスクス笑いながら、ピュア・ピンクが手を伸ばす。

「ありがとう」

 彼女の小さな手を取って、立ち上がる。


 ピュア・ピンクは、ドンドン家の奥へ進んで行く。

 足元のおぼつかない水色あさがおは、おいて行かれる。

 階段を登って行くピュア・ピンク。

「まってー」

 階段に足をかける。ギィっと、今にも崩れ落ちそうな、頼りない音が響く。

「ピンクちゃ~ん」

 返事がないので、一歩一歩、階段を上がって行く。

 階段を上がりきる前で、こっそり、二階を覗きこむ。薄暗い一階に比べ、穴の空いた天井から射す光が眩しく、床のカビやキノコをキラキラと輝かせている。

「ピンクちゃ~ん」

 返事はない。

 恐る恐る、二階に上がる。天井は歪な形に朽ちて、足元には、瓦やガラスが割れて散り、歩くたびに、ガサ! パリ! と微かな音が、静かな部屋に響く。

「ピンクちゃ~ん。どこー?」

 水色あさがおの後ろから、ひっそりと忍び寄る影がある。

 息を潜め、足音を殺し、あさがおの背に手を伸ばす。

「わっ!」

「ひゃーーーーーー!」

「アハハハハ」

 『草』

 『草』

 『草』

 『草』


「びっくりしたー。ピンクちゃん、ひどいよー」

 クスクス笑いながら、凸凹だらけの床を、ヒョイヒョイと軽快に歩いて奥の部屋へ消えて行った。

「ピンクちゃん待ってー」

 おぼつかない足取りで後を追い、隣の部屋に入ると、ポッカリと抜けた壁から、外の景色が見えていた。

 その前で、ピュア・ピンクが立っている。

「なにか見えるー?」

 足元を確かめながら、ゆっくりと近づき、ピュア・ピンクの隣に立つ。

「川」

「綺麗だね」

「行こう」

「行くの?」

 穴を抜けると、壁に張っている蔦を伝って、あっという間に、地面へ降りる。

「はやっ!」

 降りたピュア・ピンクは、沢に向かって足って行った。

「まってよー」

 水色あさがおは、蔦の強度を確かめながら、慎重に降りて行く。しかし、手を掛けていた蔦がちぎれる。

「うわああああ!」

 ちぎれた蔦を握りしめたまま、お尻から地面に落ちた。

「痛ったー」

 『草』

 『草』

 『草』



 透明な水が、キラキラと輝きながら斜面を流れ落ちる。流れ落ちた清水は、湾曲した浅瀬でさざ波を立たせる。対岸には、青く茂った木が垂れ下がり、川は青く澄んで、泳ぐ魚が時々跳ねる。河川敷は、丸い石が転がっている。

 川を眺めているピュア・ピンクに、お尻をさすりながら、水色あさがおが歩み寄る。

「綺麗だねー」

 おもむろに石を拾い、水面に向けて投げる。石は二、三回、水面を跳ねた。

「おー! うまい。あたしも負けないよ」

 石を拾って投げるが、ボチャン! と音をたてて沈んだ。

 ピュア・ピンクは石を投げる。石は数回、水面を跳ねて行く。どや顔で、水色あさがおを見返す。

「うまいなあ」

 『うま』

 『うまい』

 『うまい』


 靴を履いたまま、バシャバシャと水の中に駆け入って、振り返りざまに水を蹴った。水しぶきがかかる。

「やったなー」

 あさがおも水の中に駆け入って、ピンクに水を掛ける。ふたりで水を掛けあい、あっという間に、びしょ濡れだ。

 バシャバシャと、水の流れ落ちる斜面まで駆けて、斜面を登り、その上から滑り落ちた。

「おお! 天然のウォータースライダーだね」

 あさがおも斜面を登る。しかし、上に来て、意外と高いことに気がついた。

「はーやーくー」

 せかされて、目をつぶって滑り落ちた。落ちた瞬間、水の中で上下がわからなくなり、もがいていると、ピンクが手を握って、体を起こしてくれた。

「ありがとう」

 『透けてる』

 『透け』

 『透け』

 『透け』

 クスクス笑って、

「こんど、ふたりでやろう」

「OK!」

 今度は、あさがおがピンクを抱えて、滑り落ちる。

「おもしろい!」

「よーし。もう一回」

「おう!」

 『透けてるのたすかる』

 『ふう』

 『ふう』

 『ふう』


 小一時間、水遊びして、疲れて、ふたりで日当たりの良い岩の上でひなたぼっこ。風は弱く、陽は暖かい。ぬれた服も乾いて、ウトウトと、ちょっとうたた寝。

 『てぇてぇ』

 『てぇてぇ』

 『てぇてぇ』

 『てぇてぇ』




「さあ! 次はどこに行く?」

「奥に進む」

「おー!」

 木は樹へ。林は森へ。みちは道へ。木漏れ日が薄くなった先に、洞窟が穴を開けている。

「入るの?」

「うん」

「ですよねー」

 入り口に踏み入る。中は暗く、湿っぽく、肌寒い。

「足元見えないよー」

 パッと、明かりが点く。

「懐中電灯ー。たすかる。あたしも点けよう」

 洞窟の奥を照らすも、光は闇に吸い込まれ返ってこない。

 足元は湿った泥のようで、歩みを進めるごとに、ぬちゃぬちゃと音がする。滑るように足をとられ、なにより臭い。

「ピンクちゃ~ん。引き返そうよー」

「行く!」

「うぇーん」

 『怖がりだな』

 『怖いよ』

 『出るな』

 『これはなにかでる流れ』


 頭に、何かが落ちてくる。臭くて、ベトベトしている。

「キモい。これなんだろう?」

 懐中電灯を天井へむける。そこに映ったのは、天井に隙間無くぶら下がっている蝙蝠だ。

 光に驚いた蝙蝠は、一斉に飛び立ち、キーキーと鳴きながらふたりの周りを飛び回り、声は狭い洞窟の中で反響して、ふたりの耳をつんざいた。

 ふたりは洞窟の奥へ走って逃げた。

「はあはあ」

「ふうふう」

 ほどなく、洞窟の壁に行き止まる。

「行き止まりだ」

「蝙蝠は?」

 そっと振り返るが、追ってくる様子はない。

「びっくりしたー」

「びくりした」

 『びびった』

 『びっくり』

 『驚いた』


 懐中電灯で壁を照らす。

「ホントに行き止まりみたいだねー」

「下に小さな穴が空いている」

 懐中電灯で、横穴を照らす。ためらうことなく、ピンクは穴に潜り込んで行く。

「ちょっと待ってよ、ピンクちゃ~ん」

 返事はない。

「あたしも行くのかー」

 ひざまずき、四つん這いでピンクの後を追う。

 『尻』

 『ケツ』

 『良いケツ』

 『ふう』


「何か見えるー?」

 返事はない。

「ねえ、なんかしゃべろうよ」

 返事はない。

「ねえ、ピンクちゃ~ん」

 やがて、広い空間に出る。

「ふう、やっと立てる」

 懐中電灯に照らされた天井を見て、驚いた。

「すっごい!」

「鍾乳洞」

 天井から、幾重もの鍾乳石が垂れ下がり、その先端から、水をポタポタと落としている。

 水の落ちた先には、鍾乳石が上に向かって生えている。

 『おお』

 『おお』

 『綺麗』

 『綺麗だ』

 ふたりは、呆然と鍾乳洞を眺めていると、落ちる水滴が、星のように一瞬、輝く。

 不思議に思って、ふたりは鍾乳洞の奥へ歩いて行くと、岩の隙間から一筋の光が射しこんでいる。

「外だ」

「外だー!」

 一斉に走り出して、岩の隙間を抜けると、そこは断崖絶壁。


 あと数センチ、足を踏み出したら、奈落の谷底へ落ちて行く。

「ふう」

「はあ」

「どうする? ピンクちゃん」

「飛び降りる」

「ですよねー」

 『え』

 『え?』

 『え?』


 水色あさがおが、ピュア・ピンクを抱きかかえると、リュックからハーネスを引き出し、ピンクの胸元でパチっと止める。

 リュックの背を開くと、中から紐が出てくる。

「行くよ!」

「GO!」

 ふたりは崖から飛び降りる。

 体を大の字に開き、風に乗って、バランスを保つと、紐を引く。

 リュックから、パラシュートが開き、ふたりはゆっくりと、降下して行く。




 空を飛ぶふたりの眼下に、大海原が広がっている。

 太陽が今にも、水平線に沈みそうだ。

「綺麗だね」

「綺麗」

「これどこに着陸するの?」

「どっか」

「どっかかー」

 『ふたりは星になったのだ』

 『その後ふたりを見た者はいなかった』

 『良い最終回だった』

 『良い最終回だった』


「今日は空の上から配信終了です」

「おやすみー」

 『おやすみー』

 『おやすみー

 『おやすみ』

 『おつ~』

 『配信おつー』

 『おつ~』



 太陽は水平線に沈んで行き、沈みきる一瞬、緑色に輝いた。

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