#19 再会

 ゲーム配信の翌日、水色あさがおの元に、涼風翔也からLINEが届く。

「話したいことがあるんだけど、時間ある?」

「全然おっけ~」

「今から行っていいかな?」

「おまちしてま~す」




 ヴォン!


 水色あさがおの部屋に、涼風翔也が現れる。


「ゲームは楽しんでもらえた?」

「楽しめましたー」

「それは重畳」

「ちょうじょう?」

「良かったね、っていう意味だよ」

「なるほど」



「話は変わるけど、このあいだ、家族に会いたいって、言ってたよね」

「会いたいですねー」

「この世界から、LINEも電話もできるのに」

「LINEのパスワードも、電話番号も、スマフォがないとわかんないんだよねー」

「暗記してなかったんだ」

「暗記してる人なんていないでしょー」

「俺が会わせてあげる、って言ったらどうする?」

「そんなことできるんですか?」

「できるよ」

「ホントですか!? 是非、お願いします」

「それじゃあ、話をしよう」



 ヴォン!



 涼風翔也の前に、モニターが現れる。

「これから、君の生前と、死亡したときのことについて話すけど、だいじょうぶ?」

「だいじょうぶです」

「わかった」


「君は20XX年9月12日。午後1時30分ごろ、近所のコンビニへ行く途中、交差点で信号を待っていた。その時、コンビニの停まっていたプ●ウスが急発進。交差点に飛び出したプ●ウスは、複数の車や歩行者を巻き込んで止まった。プ●ウスを運転していたのは、79歳無職男性。男は危険運転致死傷罪の容疑で、その場で逮捕。警察の取り調べに対し、『アクセルを踏んだら、車が急発進した』と容疑をほぼ認めている」

「へ~。よく知ってますね」

「君の家族は、ご両親とお兄さんとお姉さんがいたね」

「はい」

「とても仲が良かったそうじゃん」

「そうなんですよー。お兄ちゃんとお姉ちゃんとは、よく遊びに行ったりゲームしたりしてました」

「お兄さんもお姉さんも、水色あさがおというVTuberがいるというのは知っていました。しかし、君が本人かどうかは、君しか証明できない」

「はい」

「こんど、お兄さんお姉さんと話せる機会をセッティングします。そこで、あなたが本物であると、証明してください」

「わかりました」




 水色あさがおは、指定された日時、部屋で待機している。突然、目の前にモニターが開き、そこに姉と兄の姿が映る。

「おねえちゃん! おにいちゃん! ひさしぶり~」

 思わず声が出た。

 しかし、モニターに映るふたりは、怪訝な顔をしている。

「こんにちはー」

 笑顔で話しかけるが、ふたりの顔色は良くない。

「おねえちゃん、お久しぶりー。元気~?」

「水色あさがおさん、はじめまして」

 不機嫌に言う。

「あ、そうか。あたし変わっちゃってるから、わからないかー。こうしたらわかるかな」

 あさがおは、父のまねをしてみせる。

「それ、友達にもやってたよね」

「そっか。それじゃ…」

 こんどは、母と姉の会話のものまねをしてみる。

「もういい! 止めて!」

「え?」

「あたしは、死体を見たの…。触ったの!」

「おねえちゃん?」

「身体中、傷だらけで、服は真っ赤で…。痛かっただろうに…」

 泣き崩れる姉。

 慟哭が、あさがおの耳をつんざく。

「ごめんなさい」

 長い間、姉の泣く姿が、モニター越しに見える。

 水色あさがおは、申し訳ない気持ちで心がいっぱいになる。


「おにいちゃん、おひさしぶり~」

「はじめまして。水色あさがおさん」

「おにいちゃんのおかげかな~? あたしをひいた車がわかったんだよ。家の車と同じだった。ト●タのプ●ウス。おにいちゃんが、お父さんに、買い換えろって何度も言ってたから覚えてた」

「そうか」

「反応うす~。車のこと知らなかったあたしが覚えてたんだから、褒めてよ」

「ああ、よく覚えてたね」

「えらいでしょう」

「運転していた人の顔は見たか?」

「うん。おじいちゃんだった」

「そっか」

「その人、捕まったって聞いた」

「誰から?」

「おにいちゃんと、おねえちゃんに会わせてくれた人」

「それじゃあ、車のことも、その人から聞いたんだな」

「ちがうよー。あたしが見たんだよ」

「ナンバーは?」

「そこまで覚えてないよー」

「犯人に言いたいことはあるか?」

「えー。特にない」

「なんで? おまえを殺したんだぞ」

「そうなのかも知れないけど、一瞬のことだったから、よくわからないんだよねー」

「おまえ、ばか」

「ばかって言うなー」

「ばかをばかと言ってなにが悪い」

「あたし、ばかじゃないもん」

「九九言ってみろ」

「えー」

「七の段」

「7×1=7、7×2=14、7×3=24、7×4=34、7×7=43? え~と…」

「わかった。もういい」



 ふと、幼い頃のことを思い出す。

「おねえちゃんがさー、風邪で寝てたときあったじゃん? そのときね、あたし、おねえちゃんが元気になるように、神社でお守り買って、お守りの中におねえちゃんの好きな飴を入れておいたの、気がついた?」

 鳴き声で、姉は弱々しく言う。

「覚えてる」

「おねえちゃんの好きな飴を入れたんだ」

「知ってる」

「グレープフルーツ味」

「お守りに飴なんか入れるな」

「お守りには自分願いを入れるんだよって、お母さんに聞いたから、お姉ちゃんの好きなグレープフルーツ味の飴入れた」

「せっかくのお守りがベトベトだよ」

「でも、元気になって良かったよ」

「そうだね…」


「おにいちゃんが風邪ひいたときはさー、元気になれーって折り紙に書いて入れたの。気がついた?」

「知らん」

「気がつかなかったかー」

 実は知っていた。

 この手のおまじないは、水色あさがおの家では恒例行事になっていたから、兄はこっそり、妹からもらったお守りを開けてみたのだ。そこには、拙い字で『おにいちゃん 元気になってね』と書いてあった。


「おねえちゃん、結婚式の時、覚えてる?」

「なに?」

「着替えの時、ふたりだけになってさー。お嫁に行っちゃうおねえちゃんとは、姉妹としてこれが最後だから、お別れにキスしてって言って頬差し出したら、唇にキスするんだもん、びっくりしたよー」

「そうだったね」

「これは、あたしたちしか知らないよね」

「そうだね…」


「おにいちゃんは彼女できたのー?」

「…」

「まだかー。早く彼女作って、あたしに紹介してよー」

「おまえ、死んでるじゃん」

「VTuberに転生したからだいじょうぶ」

「だいじょうぶってなんだよ」

「後でLINEのID作ってふたりに送るね」

「わかった」


 涼風翔也が割って入る。

「今日はここまでにしましょうか」

「はい」

「はい」

「OK! 今日は会えて嬉しかったー。じゃねー。バイバイ」

 水色あさがおの配信が切れる。




「どうですか? 水色あさがおは、本当の妹さんだと思いますか?」

「わかりません」

「信じられません」

「そうですね。私も信じられません。どこかの誰かが、なりすましている可能性が高いでしょう。死者を騙るなど、倫理に反します。その化けの皮を、剥いでみたい。今後も、ご協力願えますか?」

「…」

「…」

「返事は急ぎません。連絡お待ちしてます」

 涼風翔也は回線を切る。




 バカ田大学文学部の教授室に、小田正の席はある。

 研究室の一角を、3Dキャプチャー用のスタジオに改造した。表向きは、ラノベの世界を再現するため。真の目的は、VTuberになるため。

 マーカーの付いた全身タイツのまま、小田正は、椅子に反り返ってため息をつく。モニターには、小田正のモーションに連動して動く、VTuber『涼風翔也』が映っている。




 転生は実在するのか?


 興信所を使って、転生したと自称しているVTuberの生前を調べた。

 高崎紫は、同人誌作家「黒丸墨括弧」を自称していたから、サークル修生液から、簡単に情報は得られた。

 友人のつてで、高崎紫をテレビに呼んだが、来たのはマネージャーと称する女だけ。正体は現さなかった。

 ピュア・ピンクが未成年だと主張している点を利用し、警察に未成年の深夜労働が行われているとして、労働基準法違反だと告発しても証拠は出なかった。

 木枯芽愛事件の時、SNSに投稿された彼女の声や口癖が、ピュア・ピンクに似ているという噂を利用して、煽ってみたが、まったく反応なし。


 水色あさがおの証言で、その時期の事故を特定した。遺族とおぼしき兄姉と連絡をとり、なんとか、今回の対面にこぎつけたが、本当の妹であるという確信は得られなかった。

 しかし、水色あさがお側から、こちらとアプローチをとることに成功した。今回は、それでよしとしよう。


 これから徐々に、おまえらの正体を突き止めてやる。

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