#17 涼風翔也
私は、学校の机に伏して、ノートに漫画を描いている。
クラスメイトは、仲の良いグルーに別れ、好きなアイドルグループのこと、YouTuberのこと、お笑い芸人のこと、アニメのこと、漫画のことなど、語りあっている。
よくある、学校は休憩時間の日常だ。
ふと、机に人の影が落ちる。
恐る恐る目線をあげる。
「見てー。こいつまた、男と男がセックスしてるキモイ漫画描いてる~」
「えー」
「まじ~」
「きもー」
「ちょっと見せてみろよ」
彼女は、私の手元から漫画をひったくった。
彼女はそれを、男子に広げて見せる。
「どう!?」
男子は悲鳴をあげて逃げ回る。
「うわ」
「きも」
「キショ」
「ちゃんと読めよー。漫画家先生の作品だぞ」
「やーめーろー」
「チンチン、男の穴に入れてんだよ」
「俺そーいう趣味ないし!」
「あっはっハッハッハッハ!」
全身の毛穴から、冷や汗が噴き出す。
恥ずかしさで顔が紅潮し、手が震え、涙があふれてくる。
「止めろ!!」
一瞬、教室の空気が凍る。
「嫌がってるだろ」
「なに? おまえも興味あんの? こーいうの」
彼は漫画を取り上げる。
「彼女が好きで描いてるんだ」
彼は漫画を、私の机にそっと置く。
「続きを描いて」
私は、恐る恐る顔をあげる。そこには、キラキラと輝く、サラサラヘアの美男子がいた。
というところで目が覚めた。
久しぶりに、高校時代の夢を見た。私が描いていた漫画から、私をいじめていた彼女の顔まで、今でもはっきりと思い出せる。
しかし、コレは夢。当時の私に、手をさしだす人などいなかった。
少女漫画ならここで、ヒロインを全肯定してくれる男子が現われ、颯爽と助けてくれる。そりゃね、現実にそんな男子、現われませんでしたよ。『君に●け』に登場する『風●翔●』なんてフィクションですよ。あんな人間、現実にいるわけがない。
ヴォン!
「俺の名前は、
突然、現われた彼は、転生組のメンバーを集め、堂々と自己紹介する。
「今日からお世話になります。転生組のみんな、よろしくね」
高めの頭身。爽やか笑顔。サラサラヘア。ちょっと着崩した制服。それはまさに、少女漫画に登場する、ヒロインのことを全肯定してくれる彼だ。
「そういう設定ですか?」
「設定? 俺はいつも、このままだけど」
「どうして死んだの?」
「それがよく、覚えてないんだよね」
「高校生?」
「高校2年A組。席は窓際の一番後ろ、の隣」
「どうして隣?」
「窓際の一番後ろは、主人公席だからね」
「転生したのを理解してる?」
「もちろん」
「は~い。みんな集合」
高崎紫「自称『涼風翔也』について、どう思いますか?」
タコさんウインナー「よくわかんねえ」
水色あさが「転生したって言ってるんだから、そうなんじゃないんですか」
可愛美麗「キャラなのか、天然なのか判断できないですね」
ピュア・ピンク「よくわかんない」
さくまどろっぷ「うさん臭くはあるね」
「おーい」
「彼が呼んでるけど」
「なに?」
「俺は、この世界で悩みを抱えている人を、助けたい」
「はい」
「まずは君、高崎紫さん。あなただ」
「私が? なんで?」
「君は生前、いじめられていただろう」
「さて、どうだったでしょう」
「あなたは生前、デブで不細工で陰キャで、授業中にこっそりBL漫画を描いていた」
紫はドキッとした。自分と当事者以外、知るよしのない事柄を、まるで知っているかのように話す。
「よくご存じですね」
「君をいじめていた女子の名前は、確か…」
「ストップ!」
体中から冷や汗が流れ出る。
「人の過去を調べるなんて悪趣味」
「彼女は、君が描いていた絵を取り上げた」
「やめて」
「君は願った『だれか助けて』」
「やめて!」
「彼女は、よりによって、君が密かに心をよせていた男子にその本を見せた」
「やめろー!!」
紫は、ポロポロ涙をこぼす。
彼は手を差し出した。
「時は巻き戻せない。しかし、当時受けた心の傷を癒やすことは、今からでもできる」
紫はその手を握り返した。
恐る恐る顔をあげると、そこには、夢に見た、キラキラと輝く、サラサラヘアの美男子がいた。
ヴォン!
そこに、ラリィ=ル・レロがやって来る。
「ごめ~ん。遅れちゃった」
ラリィの目に、キラキラ輝く、サラサラヘアの美男子が写る。
「キャー! 男だー!」
一足跳びに抱きつく。
「なんで? どうして? こんな美男子がこんなところにいるの??」
ラリィは男子をこねくり回す。
「落ち着け、ラリィ」
「これが落ちつていられますか」
「まず、離れろ」
「い~や~だ~。ねえ君、いつ来たの?」
「今さっきです」
「転生して来たの?」
「そうらしいです」
「この世界、男がいなくてさ、男日照りが長くて、ハアハア。今すぐふたりで、セックスしよ」
全員総出で、引き剥がす。
ラリィが縛り上げられる。
「はーなーせー! 今からあたしは、この世界でセックスが可能か、証明するんだ!!」
一息ついて、タコさんウインナーが彼に切りこむ。
「涼風翔也さん。でしたっけ?」
「はい」
「生前のことは覚えていないそうだけど、少しも覚えていないのかな?」
「覚えてないです」
「でも、年齢は覚えてるんだろ」
「こっちの世界に来てから考えました」
「名前も?」
「はい」
「なんにも覚えていない割には、悲壮感がないね」
「思い出せないことを悩んでいるより、新しい世界になじんだ方が、楽しいなと思って」
「設定を作ったと?」
「転生組にいないタイプが良いと思ってね。創った」
「その結果が、これ?」
「少女漫画に登場する、ヒロインの彼氏」
「なるほど。ヒロイン全肯定の彼氏だな」
「そうです」
「人間味がないな」
「俺を否定することは、日本全国にいる少女漫画ファンを、敵に回すことになりますよ」
「まあ、いいや。その調子で頑張ってな」
「がんばります! ありがとうございます!」
「あたしもあなたに訊きたいことがあるんだけど」
「さくまどろっぷさん、どうぞよろしくお願いします」
「設定を創ったって言ったよね?」
「はい」
「ということは、設定する前の状態があったわけだ」
「あったのかも知れませんね」
「それも、覚えていないと」
「はい」
「そう…。どうぞよろしくね」
「よろしくお願いします」
「水色あさがおさん。はじめまして」
「はじめましてー」
「あさがおさんは、交通事故で亡くなったんですよね」
「はい」
「死ぬ前にやり残したこと、ありませんか?」
「えー? よく覚えてないなー」
「あの日のことを思い出してみましょう。君はまず、家を出る」
「はい」
「どこへ行こうとしてたの?」
「なんだったかなー。特に目的もなく出かけたんだと思います」
「家族が今、どうしてるか、心配じゃない?」
「そうですねー。心配しても起こったことは元に戻せないし。あさがいなくなったら、いなくなったなりの生活をしてると思います」
「会いたくない?」
「会いたいねー。でも、それはできないし」
「できると言ったらどうする?」
「こけしはえさんにお願いしてですか?」
「それも含めて」
「う~ん。会いたいけど、会わない方が良いかな、と思ってる」
「どうして?」
「だって、死んじゃった人がいまさら『実はVTuberに転生して生きてます』って言っても信じてくれないだろうし、信じてくれたとしても、それは現実の世界とは違う生き方をしているわけで、結局、直に触ることはできないんじゃ、意味ないかなと思う」
「向こうが、会いたいと言ってきたらどうする?」
「会っても良いですよ」
「そう。今の言葉。よく覚えておいてね」
「あい!」
「ピュア・ピンクさん、はじめまして」
「はじめまして」
「ピンクちゃんは…」
「あたしは今の生活が気に入っているので、生きていた頃を思い返す気はありません」
「はっきり言うんだね」
「はい」
「そっか。じゃあ話さない」
「可愛美麗さん。はじめまして」
「はじめまして」
「君は今でも、性転換手術に失敗したことを後悔してるんだ」
「はい」
「いつまで悔やんでも、過去は取り戻せない。俺と一緒に、この世界で、楽しい人生を送ろう」
「どうもありがとう」
「生前、好きな男子がいただろ」
「どうして知ってるんですか?」
「高校の時の同級生で、名前は確か…」
「止めてください」
「おっと、ごめん。怒らせる気はなかったんだ。ただ、君には新し恋を見つけて欲しい。たとえば、俺なんかどうかな?」
「会ったばかりなので」
「少しづつ、分かり合えたらうれしいな」
「検討します」
「前向きによろしくね」
涼風翔也●ライブ
学校の教室。
窓際、一番後ろの席。の、隣に彼は座っている。いわゆる主人公席から、彼を見るように映っている。
「みんな。初めまして。今日、転生組からデビューした涼風翔也です。高校2年生、16歳。身長175センチ、体重68キロ。5月5日こどもの日生まれの牡牛座。席は窓際の一番後ろ、の隣。なんで隣か? それはもちろん、窓際の一番後ろの席に座っているのが、君だからさ」
『なんかキモイのキター』
『初めまして』
『はじめまして』
『はじめまして』
『よろしく~』
『転生組初の男キャラだ』
「春の暖かな日に芽吹く、青葉の香り感じる涼風に吹かれながら、飛翔する。涼風翔也です」
『草』
『草』
『草』
『臭』
『臭』
『大草原不可避』
「俺は、君の悩みなら、なんでも聞いてあげる。君の話、訊かせてよ」
『なんでも』
『なんでも?』
『ん?』
『ん?』
『今なんでもって言いましたよね』
『ん?』
「君と話すのが好きなんだ。そう、なんだって良いよ」
『パンツ何色?』
『好きなおにぎりの具は?』
『好きな女性のタイプは?』
『なんで死んだの?』
『本当は何歳?』
『本当はおっさんでしょ』
『陰キャを直したいどうしたらいいですか』
『結婚するにはどうしたらいいですか』
「俺、空を見るのが好きなんだ」
『え?』
『え?』
『今なんか言った?』
『草』
『草』
『質問に答えてない』
「自分の名前みたいにさ、風に舞う若葉とか、花びらとか、見てると、綺麗だなって感じるんだ」
『へー』
『へー』
『へー』
『草』
『ナルシスト』
『夜は見えません』
『夜』
『夜は?』
『夜』
「夜はさ、星が綺麗じゃん」
『月が綺麗ですね』
『天の川』
『ミルキーウェイ』
『曇ってた』
『雨降ってきた』
『雪』
『吹雪いてきた』
『ホワイトアウト』
『高速で立ち往生』
「もう。みんな意地悪だな」
髪をサラッとかき上げる。
『草』
『草』
『キモ』
『キモ』
『草』
現実の世界。
何枚ものモニターが光って照らす部屋の中に、ひとりの男がいる。
「さて、そろそろしかけるか」
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