#15 淫夢

 あるとき突然、刺すような痛みが心臓を突いて、彼女は気を失った。

 次に目が覚めたとき、真っ白な世界だった。そこに、背に羽の生えた妖精がやってきて言った。

「あなたは死にました」

「え?」




 ヴォン!



 高崎紫の元に、突然、バグが現れる。

「ご相談があって来ました」

「なに?」

「先ほど、女の子がこの世界に転生しました」

「ちょっと待て。この展開、見覚えがある」

「性格のせいなのか、死んだこと、転生したこと、VTuberのことなど、理解できないようです」

「それで?」

「彼女の説得にご協力ください」

「だが断る」

「意外です」

「バグが相談しに来る時点で、訳ありだってことでしょ」

「そうですね」

「とはいえ、私もそうだったしなー」

「ピュア・ピンクの件もありますし」

「それを言われると弱い」

「お願いします」

「わかった。つれてって」



 ヴォン!



 バグと紫は、その子の前に来た。

「あっ! 人だ」

 その子は紫に駆けよって、抱きしめる。

「よかった~。誰もいないんだもんーん」

 女の子は、わんわんと大泣きする。

「ここはどこ?」

 紫は悩んだ。

 この異世界に転生して、最初にとる行動は、大きく分けて2パターンある。


 Aタイプ:すんなりと現実を受け入れるタイプ。

 Bタイプ:なかなか現実を受け入れられないタイプ。


 この子はまちがいなくBタイプ。私もそうだったが、この手のタイプに、死を認識させるのは難しい。

「死後の世界? 的な」

「わかった! 夢だ」

 私と同じ反応だー。

「まあ、とりあえず、座ってお話ししましょう」


 ヴォン!


 公園の長いベンチが現われる。彼女を抱えながら座って、落ち着くのを待つ。


「グスグス…」

「だいじょうぶ?」

「あたし、死んだの?」

「そうだね」

「ここは?」

「VTuberの世界」

「VTuber? なにそれ」

 知らないのも無理はない。

「あたし、デート行かなきゃ」

「うん。それは無理かな」

「彼氏に会うの~!」

 彼女はまた泣き出した。




 さらに時間が経って、彼女は矢継ぎ早に質問を繰り出す。

「今何時?」「寒い」「お腹減った」「彼に会いたいな」「お風呂入りたい」「化粧直したい」「あんた誰?」

「私は、過労死してこの世界に転生しました」

「やっぱり、あたし、死んだんだ…」

「この後、本当に、あの世? 的なところへゆくこともできるみたいですが、どうしますか?」

「あんた、この世界に生きてどのくらい?」

「半年…。八ヶ月ぐらい? かな」

「生きてて楽しい?」

「う~ん。そこは悩ましいねぇ」

「なんで?」

「私は、好きな漫画を好きなように描いて生活してたから、それ以外の生き方を知らないんだよね。今は、ちがう生き方をしている。そういう意味では、今の生き方は楽しいのかも知れない」

「あんた漫画家だったんだ」

「BL同人誌だけどね」

「すごいね。あたし、やりたいこと全然なくて生きてたから」

「そう? 着ている服とか、メイクとか、髪とか、女子力高そうですけど」

「これぐらい普通でしょ」

「そ、そうですね」



「VTuberってなにするの?」

「YouTuberは知ってる?」

「知ってる」

「それのバーチャル版です」

「なにそれ、意味わかんない」

「ですよね。アニメの様なキャラクターになってYouTube配信すると思って、だいたいあってます」

「ふーん。アニメか。どんなキャラクターにもなれるの?」

「公序良俗に反しない限り」

「そっか。じゃ、やってみようかな。VTuber」

「落ち着いてからでいいから、自分のキャラクターを決めていこう」

「うん。わかった」

「それじゃ、がんばってね」

「ちょっと待って! なにも知らない幼気いたいけな女の子を放っていくの!?」

「この世界。みんな、だいたい自分でやっていくので」

「ひどい! なにも知らないあたしを、こんな真っ白な空間に放り出して行くなんて!」


 なんか、めんどくせ。


「あなた、良い身体してるね。あなたんところ泊めて」

「え」

「良いおっぱいしてるし。ずっと抱きしめていたい」

「ちょ、ちょっと」

「ふふ」

「ちょっと、くすぐらないで!」

「ふふふふ」

「やめてー」




 彼女は、高崎紫の元に転がり込んで、VTuberの動画を見ながら、喜んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったりしていた。

「お腹は空くけど、食べなくても死なないんだね」

「まあ、デジタルの世界だからね」

「生理がないのは嬉しいけど、セックスできるの?」

「やったことないからわからないなあ」

「この世界って男いるの?」

「男? は、いないか? なぁ」

「残念」


 さらに数日が経過する。

 彼女は、素っ裸でソファーへ横になり、YouTubeを観ている。

「ねえ。服ぐらい着たら?」

「別に、誰に覗かれる訳でもないし」

「目のやり場に困るから」

「もしかして、あたしのこと、女としてみる?」

「女以外の何者でもないですよね」

「あたし、女でもいけるんだ。今夜こそ、一緒に寝よ。この世界でセックスが可能か証明する」

「そういう証明はせんでいい」

「ねえ」

「ええい! ひっつくな!」


 さらに数日。

「あたし、やりたい事決まった」

「なに?」

淫夢サキュバス

「あなたに似合ってます」

「でしょ!? それでさ、さっそく漫画家先生に、あたしのアバター作って欲しいんだ」

「まあ、それぐらいなら」


 ヴォン!


 紫がタブレットを手にする。

「どうしますか?」

「おっもいっきエロくして」

「かしこまりました」



 できあがった淫夢の姿を見て、ご満悦の彼女。

「名前はどうします?」

「レミィとか、ラミアとか、ラ行が語感良くない?」

「それじゃあ『ラリルレロ』で良いんじゃね?」

「なにそれ、ラ行だけじゃん! あっはっハッハッハッハ!」

 大笑いする彼女。

「まあ、それは冗談として」

「ううん、気に入った。それにする」

「え?」

「今日から、あたしの名前は『ラリィ=ル・レロ』」

「まあ、あなたがそれで良ければ」

「あたし達以外にも転生したVTuberいるんでしょ?」

「いるよ」

「顔合わせかねて、なんかイベントやりたい」

「イベント? と申しますと?」

「淫夢の登場を、ドラマ仕立てで盛り上げる。初登場はインパクトがないと」

「まあ、インパクトは大事ですが、他のメンバーがやってくれるかどうか」

「説得して」

「それぐらい自分でやれ」

「会ったことないし」

「バグが案内してくれるよ」

「それじゃあ行ってくるね。バグ。案内よろしく」

「かしこまりました」


 ヴォン!


 二人は消えた。

 ホントに行きやがった。あの子、癖があるから、他のメンバーとなじめるかな。



 ヴォン!


 ラリィは、全員を連れて、戻ってきた。

「淫夢歓迎ドラマだって」

「おもしろそう」

「やりましょう」

「やろう」

「あれ? タコさんウインナーは?」

「あそこに」

 タコさんウインナーは、ラリィの胸元に挟まれていた。

「タコさん、だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ。ドラマ? 良いんじゃないかな」

「それじゃあみんな、よろしくね」




●転生組公式「天国と地獄 ~にげろ!タコさんウインナー~」


 タコさんウインナーをつまんで、口元に運ぶ。

「みなさん、はじめまして。淫夢『ラリィ=ル・レロ』っていいます。よろしくね」

 『らりるれろ』

 『ラリルレロ』

 『ラリルレロ』

 『ら行』

 『草』

 『ら行は草』

 『草』

 『草』

 『名前が草』


 全身が映る。露出多めの衣装からは、豊満な胸がはみ出し、ちょっと太めのふくらはぎから太ももの滑らかな曲線。翼を羽ばたかせ、真紅の瞳に、真紅の唇。

 『エロ』

 『エロ』

 『エロ』

 『エロい』


「タコさん、ホントはペロペロしたいんだけど、おっきくなっちゃうとセンシティブだから止めとく。初配信でいきなりBANは嫌だからね」

 タコさんウインナーを放つ。

「今回は、あたし初登場のために、転生組のみんなが歓迎のドラマを創ってくれました。そのグラフィックを作ってくれたのがタコさんウインナーです。ありがとうね」

「ウエルカム転生組」

「どうでしたか? おっぱいに潰される気分は」

「苦しいだけだな」

「そのサイズだと、そうですよねー」

「抱きしめられる小動物の気分はよくわかったかな」

「タコさん、こんどはホントにセンシティブなほう、チャレンジしましょう!」

「だが断る」

「さみしい。タコさんがヒト型だったらよかったのに」

「人の形は捨てた」

「なにそれ。かっこつけてるの?」

「まあな」

「Catch you later」

 ウインクをして、その場を離れる。



 場面は、可愛美麗の部屋に変わる。

「はじめましてー」

「はじめまして」

「今回は、タコさんウインナーを誘惑する役を演じてくださり、ありがとうございました」

「タコさん可愛いから、楽しかったです」

「でも、美麗さんにはタコさんが付いてたんですよね?」

「まあ、そうですね」

「不躾な質問なんですが、心が女でもタコさんは勃起するんですか?」

「しますね」

「するのかー」

「生理現象ですよ」

「射精はしたことない?」

「あるけど、さほど気持ち良いことはなかったです」

「そうなのか」

「ラリィさんは、男女とも、経験豊富だそうで」

「うん」

「どういう気持ちなんでしょうかね」

「別に、男も女も好きだし、どっちも気持ち良いってだけ」

「そうですか」

「こんど女子会しよ♪」

「よろしくお願いします」



 場面は、中世ヨーロッパのおもむきある庭園に変わる。ティーセットの前で、さくまどろっぷがティータイムをたしなんでいる。

「さくまどろっぷさん、はじめまして」

「はじめまして」

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」

「お母さんのご希望で、庭園を造っていただきました。どうですか?」

「うん。良い感じ」

「こんど、あたしもおじゃまさせてください」

「よろこんで」

「失礼します」

 手を振って、その場を離れる。



 場面は、ピュア・ピンクの部屋に変わる。

「ちわ!」

「ちわ」

「ピンクちゃんは虫が好きなんだってね」

「うん」

「あたしはダメだなー」

「蝉とか、蝶とか、タマムシとか好き」

「そっかー。夏休みとか、遠足とか、いっぱい捕ったんじゃない?」

「捕ったけど、すぐ離した」

「なんで?」

「かわいそうだから」

「標本にはしなかったの?」

「標本は学校の理科室にあった」

「自分では作らなかったんだ」

「うん」

「虫のどんなところが好き?」

「綺麗なところ」

「綺麗かぁ。蝶は綺麗だけど、あたしは観てるだけでいいや」

「あたしも観てるのが好き」

「それじゃあ、またね」

 手を振るピュア・ピンク。



 場面は、学校の教室に変わる。

「お弁当途中でまたせちゃった。ごめんねー」

「いえいえ」

「物語の最初だったので、地味な役割になってしまった、あさがおちゃんです」

「ラリィ=ル・レロさん、よろしくお願いします」

「ラリィって呼んでね」

「ラリィは頭良さそうだよね」

「そうでもないけど、そう見えちゃうかなぁ」

「あたし、あまり頭良くないから、勉強教えてください」

「それじゃあ試しに、九九を言ってみて」

「え?」

「言えない?」

「言えますよ。1×1=1、1×2=2、1×3=3、1×4=4、1×5=5」

「7の段言ってみようか」

「7の段ですか。7×1=7、7×2=14、7×3=24、7×4=34、7×7=43…」

「はい、もうOKです」

「あれ? できてましたよね?」

「できてませんでしたね」

「うそ」

「こんど、個人レッスンだね」



 場面は、高崎紫の部屋に変わる。

「今回のプロデューサーであり、転生組リーダーの、高崎紫さんです。どうもありがとう」

「どういたしまして。VTuberデビューの感想は?」

「すっごい楽しかった」

「転生組に新しく、淫夢『ラリィ=ル・レロ』が加わりました。どうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いしま~す」

 『よろしくー』

 『よろしくー』

 『よろー』

 『よろ』

 『よろしくー』


「今夜はあなたの夢の中に、おじゃま、し・ちゃ・う・ぞ」

 『おおう』

 『楽しみ』

 『パンツ履き替えとこ』

「あ・さ・ま・で。一緒に、楽しみましょう」

 『パンツ替えとこ』

「じゃねー。おやすみ~ Sweet dreams♪」


 チュ!

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