#13 手紙
足早に人が行き交う、ターミナル駅の待ち合わせ場所。
お気に入りのワンピースにヒールを履き、ブランドのバッグを手に、友人を待っている。耳元でキラリと光るピアスと、うまくいったアイラインと眉毛。マツゲの仕上がりも完璧。口紅は、一度塗ってみたかった、ラメ入りピンクで、かわいいあたしは、そう、可愛美麗です。
遠くから手を振る友人の、あさがおちゃん。
「待った~」
「待ってないよ」
「むしろ、来ないのは
「遅刻常習者だしね~」
むさ苦しい服装でやって来たのは、高崎紫だ。
「悪ぃ、寝坊した」
「いつものことだし。みんなそろったところで、行こうか」
あたしたちは、オールシーズンのランナップをそろえた、レディースの店へ入った。さっそく、あさちゃんが、服を一着、手にして、あたしにあてがう。
「美麗さん、この服なんて、にあうんじゃないかなー」
紫さんが別の服を、あたしにあてがう。
「いや、こっちの方がかわいいんじゃない?」
「「どう思う?」」
どっちもかわいいな。どうしよう。
「あそこに並んでる服、全部、にあうんじゃない」
かわいい。きれい。そんな服が並んでいる。
あれ? この服、見覚えがある。あたしが転生した直後、バグに言って、作ってもらった服だ。
「どうしたの? 美麗さん」
あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。
「それじゃあ早く選んでよ、アクセサリー」
アクセサリー?
目の前にあったはずの服が、ピアス、イヤリング、ネックレス、ペンダント、指輪に変わっていた。
「ピアスなら、これがにあいそう」
あ、ありがとう。
「ペンダントヘッドなら、ルビーが良いんじゃね? 赤い髪にあうし」
そ、そうだね。
あれ? なんかおかしい。
目の前がクラクラして、頭がフラフラして、倒れそうになって、思わず手を伸ばすと、その先に父がいた。
「なんだ、その格好は!」
あたしは、赤いワンピースにルビーのペンダント。ルビーのピアスに、赤いマニキュア、赤いペディキュア。赤いハイヒール。
「男のくせに! そんな奴は勘当だ! 出て行け!」
そこで目が覚めた。
泣きながら目が覚めた。怖くて震えている。デジタルの世界でも夢は見るんだ…。
可愛美麗●ライブ
「こんばんは」
『こんばんは』
『こんばんは』
『こんばん』
『こんばん~』
「今日は、PUBGやります」
『いまさら』
『え』
『おおう』
『ホラゲ』
『ホラゲやろう』
「ホラゲは絶対にやらない」
『やろうよ』
『やろ』
「いまさら感はありますが、今日はこれをお披露目したかったんです」
PUBGの画面が映る。そこには、可愛美麗のモデルが表示された。
『え』
『え』
『え』
「タコさんウインナーの超大なる魔力によって、とうとうあたしは、PUBGの世界に入りこむことができました」
『草』
『草』
『タコさん超人説』
「どう? あたしのコンバットスーツ」
『おにあいです』
『おにあいです』
「でしょ? 髪をポニテにしてもらった。気に入ってるの」
『おにあいです』
『おにあいです』
「いざ、戦場へ!」
ゴオオオオオオオオオオオオ。
美麗はPUBGの空を飛ぶ輸送機の中にいる。
「えい!」
颯爽と飛び降りる。倉庫街でパラシュートが開く。周りには、十数名の人が着陸したようだ。
美麗は腰を低くしながら、建物の中を漁り、武器や防具を次々に拾い集め、頭上で鳴る銃声に聞き耳をたてながら、あっという間に装備を調えた。
「いますね」
窓から見える人影を撃つ。
1キル。
「こっちにも」
倉庫から倉庫へ、人影が見えると撃ちまくる。
2キル。
倉庫の屋上に一瞬、見えた人影を撃ちまくる。
3キル。
『順調』
『順調』
『あいかわらず』
『手際良い』
「なんか調子悪いです」
『え』
『え』
『どこが』
「なんか、無駄弾撃ちすぎてる」
『そんなもんじゃね』
『そう』
「いま一人いたな」
タタタタッ!
パパパパパパパパン!
タタタッ! タタタタッ!
パパン! パパン!
「外しました。回りこまれると嫌なので、ここから離脱しましょう」
車に乗り込み、山道を走る。
「さっきね、倉庫の裏に一人いたんだけど、撃てませんでした」
『追わない』
『逃げた』
「逃げます」
『チキン』
『チキン』
「いつもは追いかけるんだけど、今日はちょっと、逃げたい気分」
『本調子じゃない』
『調子悪い』
パパパパパパパパン!
タタタタタタタン!
車に穴が開き、目に血が入る。
慌てて車から飛び降り、身構える。
「えっとどこだ」
『見失った』
『見えなかった』
「どこだろう」
岩陰で体力を回復する
パパン!
「まだ狙われてます」
周りを見回す。
「わかんないなあ。どこだ」
時間ばかりがたち、安全地帯へ逃げるだけで、キルを稼げず、そのままゲームが終る。
『どうした』
『どうした』
「なんか調子悪かったね」
『そんな日もある』
『ドンマイ』
その日は、それで配信を終える。
それからしばらく、配信できない日が続いた。
ある日、紫からLINEがくる。
「ピンクちゃんを支えるために力を貸して欲しい」
「どういうこと?」
「ピンクちゃんは今、過去と決別し、成長しようとしているんだ」
過去と決別か。
「いいよ」
「じゃあ、今夜のライブ配信。『落ちるや野郎ども』にチームで参加するから、よろしく」
「わかりました」
ピンクちゃんは自分の殻を破ろとしているんだ。
ゲームが始まる。
高崎紫🔧『参戦するぜ』
さくまどろっぷ🔧『参戦します』
タコさんウインナー🔧『参戦だな』
水色あさがお🔧『参戦で~す』
可愛美麗🔧『参戦します』
そして、ピンクちゃんの勇気ある一言で終る。
「木枯芽愛ちゃんとピンクは、まったく関係ないけど、芽愛ちゃんの分まで、一生懸命、この世界で生きていきます」
ピンクちゃはがんばってる。あたしはどうしよう…。
高校に進学してすぐ、父にカミングアウトした。男子の制服が嫌でたまらなかったからだ。
なにかの間違いだろうと、病院で検査を受けた。診断結果は「性同一性障害」だった。それを聞いて、父の判断は早かった。
「おまえは出来損ないだ。出て行け」
母や兄弟は、あたしの味方をしてくれたが、我が家では父が絶対だ。
今時、そんな家庭があるものかと、思われるかも知れませんが、あるのです。
母と叔父の密かな援助があって、安アパートで一人暮らしをし、高校へ通った。高校は、病院の診断書を提出することで、制服も学生証も、女性のものを使うことができた。いじめられることもあったけど、女友達はできた。
高校卒業後、さすがに大学へ行くお金はなく、アルバイトで生活しながら、
今思えば、もう数年、夜のお仕事を続けて費用を貯め、日本で手術をすればよかった。ケチって第三国の藪医者にかかったから、死んでしまった。
後悔は、今でも重く、自分の肩にのしかかっている。
可愛美麗●ライブ
「こんばんは」
『こんばんは』
『こんばんは』
『こんばん』
『こんばん~』
「今日は、雑談です」
『こんばんは』
『こんばんは』
「配信がちょっと空きまして、ごめんなさい」
『OK』
『OK』
「えっとですねぇ。ずっと考え事をしてまして。話すとちょっとは楽になるかなと思って、今日の雑談です」
『なんですか』
『なにが起こるんですか』
「最近、生きていた頃の夢をよくみるんですよ。身体が男だった頃の夢です」
『なるほど』
『なるほど』
『男でしたもんね』
『男だったのか』
「夢の最後、必ず、父が出てきて、勘当される瞬間で目が覚めるんです」
『おう』
『お、おう』
『男だったからね』
「すっごい怖いんです」
『トラウマ』
『トラウマ?』
『心的外傷後ストレス障害』
「たぶんそれです」
『そっか』
『それはそれは』
『おおう』
「どうしたら克服できると思いますか?」
『時間が解決する』
『時をおく?』
『う~ん』
『お父様とはどのくらい会ってない?』
「高校に進学した直後以来だから…、9年くらいかな。死んでいた期間を入れたら10年くらい」
『転生するまでは夢みてなかった?』
「そうだね」
『死をとおして、生前の自分を見つめ直しているのかも』
「生きている時はずっとホント苦しくって。死んだことも悔しくて」
『悔いが残ってるんだ』
「残ってますよ。性転換手術が終ったら女性として生きられるんだって夢膨らませてましたから」
『夢は叶えられなかった』
『それも原因かも』
『一度、父と向き合ってみたらどうでしょう?』
「例えば?」
『会う』
『会いましょう』
「会えたらいいんだけど、転生してるから難しいね」
『手紙を書いてみるとか』
『それいい』
『いいね』
『手紙書こう』
「手紙かあ」
『言いたいことを書くだけでスッキリするもの』
『手紙を出す出さないは書いてから考える』
「考えてみます」
配信を終えて、考えた。
手紙か、心の整理になるかな。
可愛美麗は、父へ向けて手紙を書き始めた。
「拝啓。お父様。
寒風の吹く季節におかれまして、
風邪などひかずお元気でいらっしゃいますでしょうか。
あたしは、性転換手術が成功し、女性として生活しています。
名前も変えました。
異世界で、友達もできて、そこそこ有意義な日々を過ごしています。
まるで、生まれ変わったように。
お父様におかれましては、趣味の囲碁は上達されましたでしょうか。
何度、教えてもらっても、上達しなかったあたしに匙を投げられましたね。
あたしに囲碁の世界がわからなかったように、
お父様にもわからない異世界があります。
あたしはその異世界で生きていきます。
お元気で。
さようなら。敬具」
父宛の手紙は、こけしはえの手によってプリントアウトされ、実在するものとなる。こけしはえは、差し出す場所がなるべくわからないよう、都内の中央郵便局の窓口から投函した。手紙は父の元に届けられる。
その手紙を読んだ父は、
「ばか野郎」
一言つぶやき、手紙を放り出す。
その手紙を拾って読んだ母は、泣き伏した。
可愛美麗●ライブ
「こんばんは」
『こんばんは』
『こんばんは』
『こんばん』
『こんばん~』
「観て観て」
美麗は、全身を映す。赤のワンピース、赤のハイヒール、ルビーのピアスとペンダント。赤い口紅。
『赤い』
『赤い』
『紅い』
「そーなんですよ。今日は全身、赤コーデです」
クルッと後ろを向き、
「紅い髪もポニーテールで、シュシュも赤です。今日は赤コーデの気分だったので、全身、赤でまとめてみました。可愛いでしょう?」
『かわいい』
『可愛い』
『可愛い』
『ガチ恋しそう』
「そうなんです。今日のあたしはかわいいのよ~」
『メルト』
『メルト」
『メールト』
「実は心境に若干の変化がありまして」
『なに』
『なんだ』
「父に手紙を出しました」
『出したのか』
『トラウマ克服』
『えらい』
『よくやった』
┌(^_^)ムー┐
│\10,000
└勇気代┘
「勇気出しました」
┌(///)恥ずかしがり┐
│\10,000
└がんばった┘
「コメント赤くして良いんだよ」
┌(~~)波平┐
│\10,000
└がんばった┘
┌(。。)目が点┐
│\10,000
└勇気代┘
┌(___)赤い雪┐
│\10,000
└がんばった┘
「みんなありがとう」
『赤い』
『赤い』
『赤いな』
「性転換手術に失敗して死んだこと、ずっと後悔していたし、某国の闇病院だから、事件があからさまになることはないでしょう。あたしの遺体は今頃、現地でひっそり埋葬されてるんじゃないかな」
『笑えねぇ』
「あたしは7年後、日本の法律上でも死亡した者と扱われるでしょう」
『おおう』
「でも、こうしてVTuberに転生したので、これからはこの人生を楽しんでいこうと思う」
『がんばって』
「じゃあ、今日やるげーむは…」
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