#12 木枯芽愛

「こんばんは。ニュースをお送りします。

 千茨木ちばらき県警は今日、『木枯こがらし 悪蔵』(26)を、長女の木枯芽愛めあちゃんの殺人と死体遺棄の容疑で逮捕しました。

 令和xx年秋頃、虐待して亡くなった芽愛ちゃんを、妻の木枯悪子(25)と共謀し、当時7歳の芽愛ちゃんを、虐待の上、殺害し、山中に遺棄したとされています。

 今月7日、地元の猟友会から、山中に人の死体らしいものがあると警察に通報があり、警察が捜査していました。遺体のDNA鑑定から、行方不明届けの出されていた芽愛ちゃと一致。木枯悪蔵に話しを訊いたところ、容疑をほぼ、認めているとのことです。

 発見された遺体は、腐敗が進んでおり、死後、かなりの時間が経過したとして、殺害された時期はもっと前と、警察は判断しています。妻の木枯悪子からも事情を訊いています」


 亡くなった、木枯 芽愛ちゃんの写真がテレビに映る。ランドセルに通学帽の姿は、ピュア・ピンクのそれだった。


 「以上、金払かねはらうテレビ、設置告知義務化せっちこくちぎむか局からお送りしました」




ピュア・ピンク●ライブ

「ちわ」

 『ちわ』

 『ちわ』

 『ちわ』

「今日は、『落ちる野郎ども』をやる」

 『ピンクのスキン姿がかわいい』

 『ピンクでね』

 『ピンク』

 『ピンク●ーター』

「ピンク●ーターってなに?」

 『なんだろう』

 『なんだろうね』

「えっちな奴か」

 『シラナーヌ・ド・ゾンゼーヌ』

 『へんじがない』

 『ただのしかばねのようだ』

「まあいいや。ゲームやろ。いくぜ」

 ピュア・ピンクはゲームの中に飛びこむ。


 宙を飛んでいる間、参加者が集まる。

 着地したステージは『ドアダッシュ』

 ピュア・ピンクは、群衆のど真ん中に埋もれている。

 ピ・ピ・ピ・ピーン!

「行くっ!」

 ピュア・ピンクは、スタート同時に群衆を離れ、あえて閉まりっぱなしのゲートへ向かう。すぐには開かないが、開かないゲートは無い。開いた瞬間にジャンプでゲートを抜けて行く。

 『お』

 『うまい』

 『じょうず』

 『うまい』

 『いいね』


 ゲートが少なくなると、前の青色をつかんで転ばす。

「ぬおー!」

 『やるな』

 『やるな』

 『えげつない』


 次の瞬間、後ろの人に捕まれて転ぶ。

「クソ」

 『草』

 『草』

 ピュア・ピンクは、自分を転ばせた縞々人を追いかけて回す。

 『執念深い』

 『執念深いな』

 とうとう、逃げられてしまう。

「クソ。これで勝ったと思うなよ」


 人混みを避け、ハンマーを巧みによけて、ゴール!

「どうだっ!」

 『すばらしい』

 『すばらしい』

 『たいへん良くできました』


 その時、ひとつのコメントが投じられた。

 『木枯芽愛に似てますね』


 コメント欄のメンバー全員。知る由もない。当然、コメントは流れて消えた。

 だた、ピュア・ピンクの心をざわつかせるには、十分な一言だった。




 アパートの一室に、所狭しと壁から壁。床から天井まで並べられている大小の本棚。

 そこに、こけしはえや黒丸墨括弧、サークル『修生液しゅうせいえき』の薄い本が並んでいる。

 収まりきらない薄い本や、描きかけの原稿が、部屋中に積み上がっているが、テーブルの上だけは綺麗に整頓されていて、飲み止しのペットボトルは、しっかりと栓がなされていて、空になったコンビニ弁当の箱も輪ゴムで止められている。腐っても漫画家。原稿を汚さないための心得。最小限はたもっているらしい。

 小学生の頃から使っている、学習机の上に、PCとタブレット。

 部屋の中央に布団が敷いてあって、こけしはえの一日は、ここから始まり、ここで終る。


 トントン。

 アパートのドアをノックする音が、部屋の薄い本に吸いこまれる。

 こけしはえは、今だ夢の中で、口からよだれを垂らしながら、右手でお腹をポリポリとかく。


 トントン。

 ドンドン!

「こんにちは」

「こんにちは!」

「はぁ、は~い」

 誰だこんな朝っぱらから。宅配便? ユー●ーイー●? と思いつつ、こけしはえは、散らかった床の隙間を、縫うように歩んでドアを開ける。

 いけね。あたしすっぴん。髪ぼさぼさ。ノーブラでよれよれのスエットだけだ。まあ、いいか。まさかドアの前にイケメン男子がいるわけでもなく。

「はい」

 ドアを開けると、そこに、スーツ姿のイケメン男子が立っていた。


「朝早く失礼します。こちら、修生液株式会社でいらっしゃいますか?」

 ぼ~とする頭を高速起動して考えた。

「はい」

「警視庁ですが、修生液株式会社で、労働基準法を違反しているとの刑事告発がありました。家宅捜索にご協力ください」

 スーツ姿のイケメン男子は、捜査令状を見せた。

「はあ」

「よろしいですか?」

「はい」

「それでは、失礼します」


 その後、男女入り乱れて部屋の中をあさり、PCからBL本まで、洗い在来、段ボールに詰めていった。

 茫然自失としている、こけしはえに、女性警視庁官が声をかける。

「事情を訊きたいので、警視庁までご同行願いますか?」

「はい」

 女性警視庁官に脇を固められ、捜査車両に乗って、気がついたら、刑事ドラマに出てくるような、殺風景な取調室に座っていた。


 どうしてこうなった。




 こけしはえからLINEが来てる。

「話がしたいので電話ください」

 なんだ?

 さっそく電話する。電話が繋がって、開口一番、こけしはえから出た言葉は、

「あたしの家。家宅捜査されたんだけど」

「なにそれ?」

「修生液株式会社で、転生組のVTuberをマネージメントしてるよね。それでですね、児童を不法に深夜労働させていると疑われまして」

「どいうこと?」


「15歳未満は夜10時から翌5時まで労働させてはいけない。しかし、修生液(株)は、その時間に児童をライブ配信させている疑い有りと」

「まあ、やってるね。ピュア・ピンクちゃんとか、さくまどろっぷさんとか」

「それをですね、児童ではないと証明する手立てが無く、半日、警察で事情を訊かれました」

「マジ!? やっぱカツ丼出た?」

「でるか!」

「でもさ、配信者は実在しないんだから、証明のしようもないよね」

「警察がそれで納得してくれたら、こんな苦労、しなかったわ」

「どうやってごまかしたの?」

「あたしは、手続きモロモロをやっているだけで、配信は、配信者の裁量に任せてます。配信者がどこから配信しているかわかりませんと説明しました」

「それは事実だから問題ないんじゃね?」

「配信者の住所、氏名を執拗に訊かれまして。知りませんで押し通しましたよ。実際、知らないし」


「結局、どうなった?」

「あたしの本とか、修生液の本とか、PCとか押収されまして。とはいえ、そこからみんなの情報が出てくることは無いので、とりあえず帰されました。今頃、捜査員があたしのBLを見て、配信者の情報がないか探していると思うと、恥ずかしさで死ねる」

「逆に考えるんだ。イケメン刑事がBLを読みあさっていると。エモいじゃないか」

「そんなこと考えられない。あたしのライフは0よ」

「それにしても、なんで今頃になって警察が動いたんだろ」

「木枯芽愛」

「だれ、それ?」

「ピュア・ピンクちゃんの本名らしい。最近、両親が逮捕されて、芽愛ちゃんの同級生が運動会とか、遠足とかの動画をSNSでアップしてて、芽愛ちゃんとピュア・ピンクが似てると、話題になってる」

「でも、服は当然として、身体は健康に作ったし、顔もVTuberぽくアレンジしたし」

「声」

「声か~」

「声質はもちろん、話し方、口癖が本人に似てるって」

「あくまで、噂でしょ?」

「ピュア・ピンクの配信では、特定厨がいて、荒れてるみたいよ」

「そうなの?」

「彼女の心をケアできるのは、そっちにいる人たちだけなんだから、しっかりしてよね」

「わかった」


 さっそく、ピュア・ピンクのアーカイブを観てみた。確かに荒れ気味だ。

 『芽愛に似てるね』とか、『死んだ人の真似キモス』とか、『芽愛が転生した設定とか最低』とか、煽りコメントが散見する。ピンクちゃんは無視を貫いているようだ。

 これは、私の手に負えない。


 タコさんウインナーと、さくまどろっぷさんを召喚する。

「というわけで、どうしたらいいでしょう?」

「こればかりはなー。本人の問題だからな」

「紫ちゃんはどうしたいの?」

「そりゃ、なんとかこの状況からピンクちゃんを助け出したいよ。かわいそうじゃん」

「かわいそう?」

「そう」

「そうか…。まず最初に言っておくけど『かわいそう』って言葉はね、上から目線の言葉なんだよ」

「なんですかそれ」

「上から目線で、この子、哀れだねって思っているという意味」

「そんなこと、思ってないですよ」

「でもね。『かわいそう』って、そういう意味なんだよ」

「あ~。え~。そうなのかな…」

「今まで、ピンクちゃんとどうやって接してきた?」

「それは、転生組の仲間として…」

「そうだね。その気持ちに間違いはないと思う」

「俺にも心当りあるな」

「え?」

「俺には子供がいないから、どう接していいかわからなかった。さらにその子が虐待死したとなればなおさらだ」

「みんな、腫れ物でも触るみたいに接していたんじゃない?」

「そ、それは…」

「もう、解放してあげよ。虐待死した『かわいそうな子』扱いから」

「そ、そうですね」

「どうしたらいいかな」

「支えてあげればいいんじゃない?」

「支える、か…」




ピュア・ピンク●ライブ

「ちわ」

 『ちわ』

 『ちわ』

 『ちわ』

「今日も『落ちる野郎ども』をやる」

 『相変わらずピンクの姿がお可愛いこと』

「そです。可愛いんです」

 『芽愛ちゃんかわいい』

「今日は別のステージをやりたい。とう!」

 颯爽と飛び降りる。

 着地したのは『しっぽオニ』

「チーム戦です」


 高崎紫🔧『参戦するぜ』

 『紫がいる』

 さくまどろっぷ🔧『参戦します』

 『ロリバアアきた』

 タコさんウインナー🔧『参戦だな』

 『あれ』

 水色あさがお🔧『参戦で~す』

 『おい』

 可愛美麗🔧『参戦します』

 『転生組キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!』

 高崎紫🔧『転生組全員が同じチームなんてすごーいぐーぜんだー』

 水色あさがお🔧『転生組全員参加ですね~』

 『おかしいだろ』

 『おかしい』

 『しくんだ』

 『草』

 『草』

 『いったいなにがおこっているんですか』

「なんかなみんなきた」

 高崎紫🔧『なかまだからね👍』


 ゲームが始まる。

 ピュア・ピンクがしっぽを盗ってひたすら逃げる。ゲームが得意な可愛美麗と、さくまどろっぷがサポートする。

 可愛美麗🔧『ピンクちゃん坂の上に逃げて』

「はい」

 さくまどろっぷ🔧『ほい』

 捕まれたホットドッグがひっくり返る。

 しっぽを付けた紫を、タコさんウインナーと水色あさがおがサポートする。

 高崎紫🔧『私どうしたらいい』

 水色あさがお🔧『タコさんについて行って』

 高崎紫🔧『おk』

 水色あさがお🔧『殿しんがりはあさにおまかせを』


 チームワークで転生組が勝つ。


 高崎紫🔧『どうだ転生組の団結力を』

 タコさんウインナー🔧『俺たち転生組がいるかぎりぃぃぃ』

 水色あさがお🔧『ピンクちゃんはひとりぼっちじゃないのです』

 可愛美麗🔧『卑劣な言葉を言う人は』

 さくまどろっぷ🔧『月に代わっておしおきよ』

 高崎紫🔧『さくまさん古い』

 さくまどろっぷ🔧『言いたいことがあったら言っちゃえ』

 可愛美麗🔧『みんながついてるよ』


 一瞬、間があって、ピュア・ピンクは大きな声で言い放つ。

「木枯芽愛ちゃんとピンクは、まったく関係ないけど、芽愛ちゃんの分まで、一生懸命、この世界で生きていきます」


 『えらい』

 『よく言った』

 ┌(^o^)みけねこ┐

 │\10,000

 └ピンクちゃん大好き┘

 ┌(○)禿オヤジ┐

 │\10,000

 └よく言った┘

 ┌(*^O^*)PinkLove┐

 │\10,000

 └応援してるよ┘

 ┌(゚Д゚)タオ┐

 │\10,000

 └勇気代┘

 ┌(^_^)ロリロリ┐

 │\10,000

 └がんばって┘


「そして、一億円稼げるライバーになりたいです」

 『え』

 『草』

 『草』

 『台無しだよ』

 ┌(*^O^*)PinkLove┐

 │\20,000

 └一億円の足し┘




「ということがありまして」

「ピュア・ピンクへのヘイトは無くなったと」

「無くなりはしないよ。ネットの粘着は半端ないんだから。うちらも散々だったでしょ」

「事件が風化すれば自然といなくなる」

「きゃつらは新しい獲物を求めて、秒単位で移動してるからね」


「労働基準法の方はどうなった?」

「音沙汰無いね。今頃、薄い本を一ページずつめくって、証拠探してると思う」

「イケメン刑事がBL読んでるところを想像するだけで胸熱」

「笑えねぇ」

「世界中のサーバー、漁ってもうちらの足取りは追えないよ」

「そこんところ。あたしもkwsk知りたいんだけど」

「知りたいんなら、このシステムを創った、立川でバカンス中の神に訊いてください」


「ところで黒丸墨括弧。そろそろ、あのシーズンですよ」

「なんだろ~」

「確定申告だよ」

「私死んでるから、できないね~」

「とぼけんな。今はネットでできるんだ」

「必要書類が手元にないし~」

「PDFで送ってやる」

「押印できないし~」

「廃止されました」

「確定申告よろしくね~てへぺろ~」

「クソ。逃げられた」



 そう言いながら、転生組の配信は欠かさず観ている、こけしはえであった。

「ピンクちゃん、がんばって」

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