#09 スーパー・ガールズ・ファイター 猛勉強ヴィクトリー

「送信っと」

 描き上げた原稿を、こけしはえにメールする。



「萌えた。萌え尽きたよ。真っ白にな」

 はあぁ~、と深いため息をついて、高崎ゆかりはベッドに飛びこむ。

 気がつけば、窓の外は暗い。

 そういえば、みんなどうしてるかな?

 転生組メンバーの配信を観る。

「お、みんなおもしろいことやってんなあ」

 メンバーに、脱稿したとLINEする。

「乙」

「おつかれさま~」

「おつ~」

「おつかれさまでした」

「私のいない一ヶ月の活動は、だいたい観ました。みんながんばっているようでなによりです」

「戻ってきたばかりで悪いんだが、訊きたいことがある」

「なんですか?」

「おまえ、転生後も現世の人とやりとりできるって、知ってたな」

「あーら、言わなかったっけか?」


 この世界に生きていて、なにが一番大切か?

 どんなに高額な財宝よりも、生きていた証の方が、転生した者にとっては、たぶん大切なんだろう。俺は、現世と自ら隔絶した身。そんな気持ちは微塵も無いが、他のメンバーにとっては大事に違いない。現世の人と語らえるとなればなおさらだ。

「そのこと、他のメンバーには言わない方がいいな」

「わかった」

「本題なんだが、現世とやりとりできるなら、それができない俺らに代わって、VTuberのとりまとめをお願いできないか?」

「なにをすればいいの?」

「まずやって欲しいのが、収益化の手続きだな」

「金銭のやりとりは、生きてる人じゃないとできないからね」

「次は営業。他の事務所やイベントの折衝など、人が実際に行かないと実現しない」

「なるほど」

「その他、実務全般」

「現実世界に生きている人じゃないとできないこと、全般ってことね」

「そうだな」

「収益化は私も望むところだし、テレビに出たり、ライブしたり。それこそ生の人じゃないと、段取りできないよね」

「そうだな」

「わかった。その子に掛け合ってみるよ」

「よろしく頼む」


 紫はさっそく、こけしはえにLINEする

「そういうわけで、転生組のマネージメントをお願いしたい」

「マネージメントとは、どのくらいまでの話し?」

「収益化の手続き。金銭の授受。転生組の窓口として、仕事のオファーやファンレター、プレゼントの管理」

「いや、無理でしょ」

「税金対策で同人誌サークルを会社にしてたじゃん」

「あなたが社長で社員0人だけどね」

「社長は、こけしはえが継いだ訳だし」

「金銭的なやりとりは、それで可能だと思うけど、人手を要するモノは、あたしひとりじゃ無理」

「サークルメンバーが協力してくれればOK」

「なんて呼び掛けるの? 黒丸墨括弧がVtuberに転生したから、プロデュース業をてつだってくれとでも言えと?」

「良いね。その釣り文句」

「そんなんで人の協力が得られるかー!」

「まあまあ、物は試し。言ってみ」


 こけしはえはその場で、サークルメンバー全員にLINEした。

「OK」

「やるやる」

「高崎紫って【●】だったんだ」

「具体的になにをすればいいの」

「だから今回の原稿は、剣持刀也総受けだったんだ。納得」

 あれ? 意外とみんな、乗り気。

「それじゃみなさん、よろしくお願いします」



 現世では、こけしはえが中心となり、同人誌サークルメンバーが協力してくれることになった。

 さっそくお願いしたのが、収益化だ。

 YouTubeの審査は、意外なほどすんなり通った。活動期間は十分だったし、各メンバーのチャンネル登録者数も十分。規約違反に該当する配信もなかった。

 紫は転生組に言った。

「みんなー。収益化が通ったぞー」

「おお!」

「重畳ね」

「お金だ~」

「でも、この世界でお金って意味ないよね」

「嬉しい」

 さっそく、転生組のメンバーには、広告やスパチャが集まる。

 みんなのライブ配信は一段と熱を帯びる。

 それが、意外な副産物を生む。




 年明け早々、こけしはえに一通のメールが届く。

「明けましておめでとうございます。私は『スーパー・ガールズ・ファイター 猛勉強ヴィクトリー』のプロデューサーをしている、テレビ日朝の火口佳と申します。突然ですが、転生組にご所属の、『高崎紫』さんに、当番組へ出演していただきたく、メールしました」

 またまた。スパムメールか?

「出演に際し、詳しいお話をさせていただきたく、携帯までお電話いただければ幸いです。前向きにご検討のほど、よろしくお願いします」

 携帯番号と会社の電話番号や住所、メールアドレスが載っている。直リンは貼っていない。

 マジか?

 とりあえず、黒丸墨括弧にLINEする。

「テレビ局から出演依頼が来たけど、どうする?」

「そんなの出るに決まってるじゃん」

 即答かよ。

 こけしはえは、ためらいがちに携帯番号をタップした。




 数週間後、こけしはえはテレビ局の入り口に立っている。

 まさか、ホントにテレビに出ることになるとわ。

 自動ドアを抜け、受付で言う。

「『スーパー・ガールズ・ファイター 猛勉強ヴィクトリー』の火口プロデューサーをお願いします」

「アポイントメントはございますか?」

「はい」

「お名前をお願いします」

「こけしはえです」

「はい?」

「こけしはえ、です」

「こけしはえ様でよろしですか?」

「はい」

 受付嬢は内線を掛ける。

「火口プロデューサーに、こけしはえ様がお見えです」

「…」

「はい。かしこまりました」

 内線を切る。

「こちらの入館表にご記入ください」

「はい」

 こけしはえは、入館証を受け取る。

「正面に見えますエレベーターで、7階までお上がりください。エレベーターを出て、右に曲がり、廊下を進みますと、出演者控え室がございますので、そちらでお待ちください」

「はい」

 エレベーターで7階へ上がり、綺麗な廊下を歩いて行くと、

『スーパー・ガールズ・ファイター 猛勉強ヴィクトリー 出演者様』

 と書かれたドアがある。ここのことかな? ドアをノックする。

「どうぞ」

 ドアを開ける。

 中には、女性がふたり、イスに座っている。VTuberの中の人達なのだろう。

「おはようございます。本日、共演させていただく、高崎紫のマネージャーです。どうぞよろしくお願いします」

「おはようございます。マネージャーさん?」

「はい」

「本人はどうしたの?」

「失礼しました」

 こけしはえは、タブレットを出し、電源を入れると、高崎紫が映る。

「おはようございます。電脳少女シロさん。今日はどうぞよろしくお願いします」

「え? なんでタブレット越しなの?」

「私、この世界に転生した者で、実体がありません」

「そーいう設定ね」

「設定ではなくて、事実です」

「冗談でも、死んだ人をネタにしちゃいけないよ」

「死人の証明って難しいんですが、これが私の、葬式の写真です」

 タブレットに、黒丸墨括弧の葬儀の写真が映る。

「葬儀会社のサーバーにハッキングして手に入れました」

「今と全然違うね」

「転生した時に、魔改造しましたから」

「まあ、その設定を押し通したいなら、これ以上なにも言わないけど」

「ありがとうございます」


 ドアが開き、ナイスミドルが入って来る。

「なんだ? ずいぶんと雰囲気暗いな」

「すいません。私が死者の転生という、暗い存在なもので」

 プロデューサーがタブレットの紫に目線を落とす。

「はじめまして。高崎紫さん。当番組プロデューサーの火口です」

「はじめまして。転生組所属のVTuber高崎ゆかりです」

「電脳少女シロさんとはあいさつ済みだな?」

「はい」

「向こうに座っているのが、ウェザーロイドTypeA Airiのマネージャーの川岸さん」

「はじめまして。川岸さん」

「はじめまして、高崎紫さん」

「あんた、本当にそこから出られないのかい?」

「はい」

「そいつは困ったな」

「?」

「ちょっと、ついてきてくれる」


 こけしはえは、タブレットを持ったまま、スタジオに入る。

「ここで撮影をする。本来なら、中の人にパネラー席へ座ってもらい、そのモーションに連動してVTuberのモデルが動く。あんたは中の人がいない。MCとどうやってコミュニケーションをとるかが問題だ」

「それだったら問題はありません」

「秘策でもあるのか?」

「秘策というほどのモノではありませんが、パネラー席にモニターを立ててください。私はそこに振り受けします。私の本体は、放送システム内で共有できるので、出演者と同じ頭身に合わせて、モニターの上に被せればOKです」

「『入る』か。本当にデジタルの世界に転生したみたいだな」

「みたいだな、ではなく、したんです」

「わかった、それでいこう」



 ADアシスタントディレクターがカウントする。

「本番! 5! 4! 3! 2!」

 手で1! どうぞ…!

おおとうげえいぞう教官』

「今日も始まりました、猛勉強ビクトリー。今日、初めての人がいますね。自己紹介どうぞ」

「VTuberに転生した高崎紫です」

「転生したってことは、前世は人間だったんですか?」

「はい」

「なにをされていたんですか?」

「漫画家してました」

「へー、そうなんですか。どんな漫画ですか?」

「BLです」

「ああ、あれか。男と男が」

「ちょめちょめする奴です」

「ちょめちょめってなんだよ! ずいぶんと古い言い方だなおい」


「もうひとり、初めての人がいます。自己紹介どうぞ」

「YouTuber歴9年目の新人、ウェザーロイドTypeA Airiです」

「Airiちゃん、9年もやってるの?」

「はい。ヒカキンさんと同期です」

「ヒカキンと同期!? マジで!?」

「はい」


「Airiちゃんはねぇ、ポン子って呼ばれてるんだよぉ」

「えっ!? なんでポン子」

「配信でよく、骨折してるんですぅ」

「骨折!?」

「アンドロイドなのに、なぜかわからないけど、当然、身体がねじ曲がったり、飛んだりするんですぅ。ポンコツなんですぅ」

「あー、それでポン子」

「はい」

「同じタイトルの漫画あったよね。パクった?」

「パクってないですぅ。むしろこっちのが先なんですぅ」

「うん、わかったわかった。そういうことにしとくよ。で…、ポン子はウェザーロイド? 天気をやってるんですか?」

「はい。そうです。毎週木曜日の22時から、天気の配信してます」

「天気ねぇ。それってさあ、スマフォで調べればわかることだよね」

「そうなんですけど、みなさまに天気のおもしろさを知ってもらおうって、配信してます」

「なにそれ。明日から使える、おもしろ天気雑学みたいなのやるの?」

「天気予報してます」

「いや、だから、はっはっはっはっ! ああ、そう。天気予報ね。だからスマフォで確認できるって言ってるんだよ!」

「ポン子ちゃんはぁ、ジェンガとかぁ、動物園とか配信してるんだよね」

「天気関係ねーじゃねーか」

「違うんですぅ。それはマネージャーがやっててぇ」

「誰? マネージャーって」

「川岸っていう、ウェザーニュースのキャスターです」

「ほ~ん。それがマネージャーね」

「はい」

「あんたのことだよね」

「ちがいますぅ。川岸さんはマネージャーで、私はウェザーロイドなんです!」

「あぁ、そう」



「今日はみんなに『異世界転生』について学んでいただきます。超難問千本ノックです。特別講師を紹介させていただきます。バカ田大学 文学部 ラノベ科 准教授 小田ただしい先生です。先生どうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


「第一問。異世界ってなんでしょう?」

 ピンポン♪ ビクトリー!

「はい、ポン子」

「空の向こうにある、雲とか、雨粒とか、雹とかがいっぱい飛び交ってる世界じゃないかと」

「ちがいます。はい次」


 ピンポン♪ ビクトリー!

「シロちゃん」

「ブラックホールの向こう側にある」


 ピンポン♪ ビクトリー!

「紫さん」

「中世ヨーロッパあたりですか?」

「具体的だね」

「そんな世界観が多いと思いまして」

「先生。正解は?」

「正解は、なんでもありです」

「先生、ふざけてるんですか」

「異世界は、歴史や神話を元にして創られたモノが多いです。剣や魔法が活躍する時代で、今の日本人にイメージしやすいのが中世ヨーロッパだから、その時代っぽい雰囲気を模倣したとされています。もちろん、蜘蛛とか、スライムとか、島耕作とか、VTuberとかに転生する話しもあります。なんでもありなんです」

「なんでもありですか?」

「なんでもありです」

「異世界って節操ないですね」

「はい。節操ないです」



「第二問。転生ってなに?」

 ピンポン♪ ビクトリー!

「はいシロちゃん」

「あたしとぉ。えいぞうのぉ、愛から生まれるの」

「生まれるじゃねぇよ。転生だって言ってんだよ」

「もう、英三ったら照れちゃって」

「誤解を招くような言い方するんじゃねぇよ」


 ピンポン♪ ビクトリー!

「はいポン子」

「人の魂が天に昇って、雲になって…」

「ちがいます。次」


 ピンポン♪ ビクトリー!

「紫さんどうぞ」

「現世の人が死んで、新しく生まれ変わることですか?」

「先生、正解は?」

「紫さん、正解」

「多くは、現代日本から転生するパターンです。現代日本で普通に生活している人が死んで、強制的に異世界に転生させられてしまいます」

「犯罪者とか、悪いことをした人じゃないんですか?」

「そういうパターンもあるかも知れませんが、ほとんど罪のない人たちです」

「理不尽ですね」

「そうなんです。本当に理不尽なんです。特に理不尽なのは、ダンプの運転手さんです」

「なんでダンプの運転手さんが理不尽なんですか?」

「死ぬ原因に、ダンプに跳ねられて死ぬケースが多いからです。転生ダンプなんていうあだ名まで付いちゃいました」

「はっはっはっはっ! 転生ダンプですか」

「そうです」

「ダンプの運転手さんかわいそうですね」


「なんの罪も無く死んだあげく、強制的に異世界に転生させられてしまう。そして、生前の世界に生き返ることは、ほとんどできません。生前の世界がどうなっているかを知ることさえできない場合がほとんどです。異世界転生というジャンルは、実に人命を軽視したジャンルということになります」

「でも私、現実の世界と、こうして接触できてますよ」

「そうですね、紫さんの場合は、とても特殊なケースといえるでしょう。もしよかったら、後で詳しいお話を訊かせてください」

「よろこんで」

「先生、本番中にナンパしないでください」

「ナンパじゃないです。リサーチです」

「ほお、リサーチですか。まあ、確かに、紫さんは他のライバーさんと違って、綺麗なCGしてますよね」

「生きてますから」

「髪なんかさらさらだし。動きも滑らかだし。声もハスキーで」

「ちょっと英三! 浮気は許しません!」(怒)

「浮気って、浮気じゃねぇだろ。付き合ってもいねーんだから」

「横からすいません。シロさんと違って私、デジタルの世界に生きているので、現世の人とは付き合えません」

「シロはぁ、電脳世界に生きてるけどぉ、心で英三と結ばれてるの!」

「結ばれてねぇよ。どっちもどっちだよ」

「私なら、ネットワークに接続されている電子機器ほとんどに接続できるので、VRゴーグルと、あそこを接続する装置を導入していただければ、いつでも体感できます」

「体感できるのっ!? すっげー」

「やったことはありませんが、たぶんできます」

「転生組ってそんな卑猥なこと、なさってるんですかぁ。シロ、軽蔑しちゃいますぅ」

「メンバーの半分も活動していない、どっとライブさんに比べれば、転生組の方が活発に活動してると思いますけど」



「最後の問題です。SFと異世界どう違うの?」

 ピンポン♪ ビクトリー!

「シロが思うのはぁ、宇宙が出てくるのがSFでぇ、昔の生活をしている外国人が出てくるのが異世界だと思います」


 ピンポン♪ ビクトリー!

「ポンコツどうぞ」

「シロさんと似てるんですけど、宇宙が舞台なのがSFで、雨が降らないのが異世界だと思います」

「先生。異世界は雨、降りませんか?」

「降るでしょうねぇ」

「ちがいますねはい次」


 ピンポン♪ ビクトリー!

「SFはシロ組。異世界は、かに座が1位なのに常に最下位のポン子」

「ええ? なにそれ」

「シロさんがファンと集う電脳世界があるんですよ。それがSF」

「へー、そんなのやってんの?」

「あいっ!」

「かに座が? 1位で? 最下位? って意味がわかんねーんだけど、なにそれ」

「ポン子さんの配信で星座占いやってるんですけど、毎回、かに座が1位だけど最下位なんです」

「ええっ!? 1位だけど最下位ってどういうことですか? ポン子」

「占いの結果です」

「そんなこたぁーわかってんだよ。1位は1位じゃねーのかよ」

「あたしもよくわからないんですけどぉ、かに座は1位なのにいつも最下位なんですぅ」

「俺がかに座だったらぜってーみねーわ」

「ちがうんです~。それでもみんな楽しんでみてくれてるんです~」


「番組の中で天気にふれているの予報だけですよね。星座占はネタだとしても、不快に思っている人はいます。だから登録者数が増えない」

「まさに、異世界ですね」

「異世界です」

「紫さんならどうしますか?」

「天気のおもしろさを伝えるコーナーを作ります」

「たとえば?」

「意地悪な高気圧のせいで、天から落ちたカニが、視聴者の力を借り、ぽん子の妨害にも負けず、低気圧の風に乗って天に帰り、1位をとるという話で漫画にします」

「おー。その漫画読んでみたいわ」


「SFは、Science Fictionサイエンス・フィクションの略で、科学的な空想にもとづいたフィクションの総称です。それ以外は、スペース・ファンタジー、あるいは単にファンタジーといいます。SFは科学的空想。異世界はファンタジーと覚えてください」



「ホントに転生したとほざいている、紫さん。今日はどうでしたか?」

「楽しかったです」

「実際、転生した世界の住み心地はどうですか?」

「掃除、洗濯、炊事をしなくて済むのが非常に楽ですね」

「お腹減るの?」

「減りますね」

「へ~。なに食べるの?」

「デジタル料理を食べます」

「あとは?」

「おしっことか、うんちとかしませんし。生理がないのが一番、楽ですね」

「また次回、お会いしましょう」

ノシ

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