#08 タコさんウインナー

「私はこれから冬コミの原稿で修羅場です。配信は各自、おこなってください」



 解散する前に、さくまどろっぷが耳打ちする。

「実はMMDステージとか、料理ゲームとかをね、ゴニョゴニョ…」

 その程度の修正なら朝飯前だ。俺は、請け負った仕事をサクッとこなし、さくまどろっぷに送る。

 俺も、自分が楽しめるステージでも造るかな。

 と、思って、半年弱たったこの世界での生活を、意外と楽しんでいる自分に気がついた。生きていることすらめんどくさくなって自殺したのに、環境が変わるとヒトって変わるのかな。




 子供の頃からおとなしい性格で、小学校から高校まで、典型的ないじめられっ子だった。家庭でも両親の仲は最悪で、人間不信と捻くれた性格はこの頃に完成されたのだろう。

 高校卒業後は、バブルの時代にあっても、いくつもの会社に落ち、やっと滑り込めた会社でプログラマーになったが、下請けの孫請け。そんな会社でバブルの恩恵にあずかることはなかった。

 バブルが弾け、社会のヒエラルキー最底辺の会社に、派遣で働くという薄給の日々を過ごし、趣味という趣味は特になく、ネットの世界を荒らすことに生きがいを感じていた。

 何人かの女の子と、付き合ったこともあったが、俺の性格に辟易して、皆、去っていった。

 いつの頃からか、俺の中で、全てがどうでもよくなり、全てがめんどくさくなった。本当に、会社へ行くのも、食事をするのも、風呂に入ることすらめんどくさくなった。生きるためのモチベーションは、親より先立つことほど、不幸なことはないという、誰かの言葉だった。

 気がつけば、51歳。独身。低収入。容姿と性格が悪い。

 人生が、今から劇的に改善する見込みは皆無だ。結婚なんてできないだろう。なんの資格も能力も無い俺に、高収入への転職は無理。年金はあてにならない。ただ、死なないから生きている。そんな先の人生が見えた。

 父が亡くなり。母が亡くなり。数少ない友人は皆、結婚して疎遠になり。死なないから生きているという現実が苦痛となった俺は、充所なくさまよい歩いて、どこだかわからない山奥に入り、適当な枝で首を吊った。

 なんの悔いもなかったが、何故か俺は、VTuberに転生した。

 転生することを放棄して、そのまま無に帰することも考えたが、今度はデジタルの世界から、ヒトの世界を茶化す道化になるのも一興かな、と思った。

 アバターを作る時、人になるのだけは絶対に嫌だった。人に嫌悪されている存在なら、悪魔でも、モンスターでも、ゴキブリでも、なんでも良かったが、既存のVTuberとキャラが被るのは避けたかったし、一見して嫌悪される存在では洒落にならない。その時の思いつきで火星人になった。火星人ならタコ型がポピュラーだから、いっそ、タコさんウインナーにしてしまえ。さらに、住む場所も火星にしよう。そうやって俺の設定は完成した。


 俺は、あれだけめんどくさかった『生きる』ということを、デジタルの世界でリスタートした。




タコさんウインナー●ライブ

 赤茶けた火星の大地に、タコさんウインナーは立っている。

「たっこで~す」

 コメントが流れる。

 『乙たっこ~』

 『乙たっこ~』

 『乙たっこー』

 『蛸壺~』

 最初の配信で、言った言葉がそのまま俺の挨拶になった。それから半年弱たつが、元ネタを指摘した香具師やしはひとりもいない。

「突然、うちのリーダーが冬コミの原稿が修羅場ということで、各自配信になったわけだが、3Dのフィールドを自由に駆け回るという、今までにないVTuberライブ配信がすっごい楽しかったので、個人的に振り返りをしたいと思う。おK?」

 『おK』

 『おK!』

 『OK』

「まず鬼ごっこ」


 前回、転生組で遊んだ鬼ごっこが再生される。

 川に落ちたタコさんウインナーは、ドロと水草で迷彩を施した。

「この状態でじっとしてれば見つからない自信があった」

 遠くから、可愛美麗が大笑いしながら近づくが、タコさんウインナーはじっとして動かない。

「自信があったんだよ」

 しかし、可愛美麗にタッチされる。

 『ワロタ』

 『トーテムポールみたいだった』

 『意味不明』

 『草』

「戦争映画で顔に迷彩ペイントはするだろう」

 『ああ』

 『おおう』

 『それで見つからないと思ったのか』

「迷彩完璧。じっとしてれば見つからないとおもったんだな。しかし、肝心なことを忘れてた。大きくなってるの忘れてた」

 『バカなの』

 『しぬの』

 『草』

 『草』

「鬼になった後、考えて、とりあえずこのかっこうはどこにいても目立つ。どこかに隠れようと」

 ビルに昇るタコさんウインナー。安全地帯の中心を見極めながら、ビルからビルへ移動する。

 『なにしてんの?』

 『忍者か』

 『意外とフットワークが軽くて草』

「遠くから紫が呼びかけてたからな。あの場に飛びだして、暴れ回るのも一興かと思ったんだが、俺は思いだした」

 『なんだ』

 『ん?』

 『?』

「初対面の時、踏み潰されたことを」

 『へー』

 『そんなことあったんだ』

「その恨み、晴らさでおくべきか」

 『それで飛び降りたのか』

 『時間ギリギリだったね』

 『けっこう無謀な作戦だったんじゃね』

「上から踏み潰してやったわ」

 『笑った』

 『草』

「スッキリしたよ」

 『草』

 『草』

 『我が人生に一片の悔い無し』

「3DVTuberフィールド配信、一回目の終わりとしては、良くできた演出だっただろう」

 『笑った』

 『ワロタ』

 『大爆笑した』

「溜飲も下がったし。みんなも楽しめたようでなにより」



 2回目の鬼ごっこシーンが流れる

 高崎ゆかりが川に近づいて来る。その時、川の水面から、ゆっくりと頭を出すタコさんウインナー。

 流線型の身体は、静かに、水しぶきひとつ、水音ひとつ立てず、川から出て、紫に襲いかかる。

 虚を突かれた紫は、逃げるどころか、押さえ込まれるまで、捕まったことに気がつかなかった。

「ひょあっ!」

 驚きとも、悲鳴ともわからない声を叫んで、紫はタコさんウインナーの八本足に拘束された。

「はい、タッチ」

「それはわかったから、早くどいて」

 タコさんウインナーが八本の足をウネウネと動かす。

「ぎゃああああ。キモイ! キモイ! 止めて! 頼むから止めて!」

「気持ち良いと言え」

「がははは! き、き、気持ち、イイですっ!」

「もっと大きな声で!」

 『蛸のヌルヌルした八本足で女を拘束』

 『(;´Д`)ハァハァ』

「あははははは! 止めて! マジ止めて! 気持ち良い! 気持ち良いから」

「しょうがねえなあ。今日はこの辺で勘弁してやる」

 タコさんウインナーは、紫の拘束をほどく。

 『助かる』

 『助かる』

 『エロい』

 『抜いた』

「良かったろ?」

 『マジ助かる』

 『抜いた』



「3回目はマップが替わりました」

 『広すぎてつまらないと』

 『安全地帯が縮小するまで隠れていたら勝ち的なところあったし』

 『3回目逆に狭すぎじゃね』


 ちょっと広めの公園で3回目がスタートした。

 公園には、ブランコ、シーソー、タコ型滑り台、鉄棒、雲梯、ターザン、砂場、ジャングルジム、タイヤの跳び箱など、今日の公園では、危険という理由で撤去された遊具がたくさん並んでいる。

 この広さで一時間逃げ回るのは、さすがにしんどいので、時間は十分。タイムアップ時に鬼だった人が負け。休憩を挟んで3ゲームをプレイする。

 この勝負で圧倒的な強さを見せたのが、現役リアル子供チャイルドピュア・ピンク。スピード、ステップ、ジャンプ。三拍子そろっている彼女を捕らえることはできない。最初のジャンケンに負け、鬼からスタートしても、1分を待たず可愛美麗が捕まった。

 こうなると、鈍臭い奴がターゲットになるのがセオリー。高崎紫と可愛美麗とさくまどろっぷの三人だ。

 ピュア・ピンクに次いで強いのが、水色あさがお、タコさんウインナーだ。

 逃げる水色あさがおを、八本足をムカデのように這わせ追いかける。あさがおが、雲梯の上に昇れば、その内側を、足を這わせて昇り、上下逆さまになりながらも追跡する。当の水色あさがおは『キモイキモイキモイキモイ』を連呼し、タコさんウインナーは

 『ぐはははは』と、えげつない声をあげる。

 悲鳴をあげて飛び降り、ジャングルジムに逃げるあさがおだが、ジャングルジムの隙間を、まるで本物のタコの様に、にゅるにゅると身体を伸縮して追いかける。

 『キモイキモイキモイキモイ! マジ無理』

 『どこまで行くのかな、あさがお』

 ジャングルジムのてっぺんで、あえなく捕まる。

 滑り台を逆走するピュア・ピンクを追いかけて、すばやく坂を駆け上がると、そのてっぺんで蹴られ転げ落ちた。『これ反則だろ!』と主張したが、審判は訴えを退けた。

 『タコさん逃げ足疾ッ』

 『速すぎ』

 『つーか走る足がキモイ』

 『ムカデの足みたい』

「イイだろ。滑らかな足使い」

 子を捕まえると必ず、タコ足で舐め回す。

 『助かる』

 『助かる』

 『草』

 『エロ』

 『抜いた』

「良い感じにエロかったろ?」

 『ありがとうございます』

 『ありがとうございました』



「このフィールドで、だるまさんが転んだもしたな」

 最初に鬼になったのは、タコさんウインナー。しかしこの鬼。顔を含めた身体が筒状なので、一体お前の、どこ向いてるんだ! という仕様で。

「だるまさんが転んだ!」

 で振り返る動作が秒に満たず、あっという間にみんな捕まる。

 逆に、タコさんが子の場合、ほとんど無敵だ。動く動作は、足だけなので、止まっていれば、隙を見せることはほとんど無い。

 周りのメンバーからは、『卑怯だ!』『ずるい』『大人げない』などの意見が飛ぶが、当の本人は気にしない。

 『タコさん無双でたね』

 『エロくないし』

 『落ち着きのないピュア・ピンクや、高崎紫から捕まっていくのがセオリー』

 『でも、タコさんが捕虜を助ける確率は高い』

「音も立てずに近づくからな」

 あまりにも近づきすぎて『キモイキモイ』を連呼される始末。

「あれ地味に傷ついたんだよなあ」



 だるまさんが転んだは、タコさんが無双すぎて、缶蹴りになりました。

 缶蹴りは最初、さくまどろっぷが鬼になった。公園内に散ったメンバーは、遊具の中に隠れた。

 しかし、隠れきれていない奴がいる。その寸胴形状から、どうしてもはみ出してしまう。『タコさんみっけ』あえなく、最初に見つかるのはタコさんウインナー。

 運良く、仲間が救い出してくれるが、結局、隠れる場所が限られているので、だいたい最初に見つかる。

 タコさんウインナーが隠れられる場所は、タコ型滑り台の他にない。タコがタコにしか隠れられないというのは皮肉だが、そこから一気に缶を攻めても、蹴る前に必ず捕まる。しかし、ここで、紫が一計を案ずる。

 作戦は単純だ。皆、一斉に飛び出す。

 鬼が子の名前を読み上げて缶を踏むには、若干、時間がある。一斉に飛び出して、みんなが時間を稼いでいるあいだに、タコさんウインナーが襲いかかる。初めて、タコさんが缶を蹴った。

「チームプレイの勝利だな」

 『鬼だった美麗ちゃん(´・ω・`)』

 『ゲームに犠牲はつきものなのだ』

 『彼女の健闘は永遠に語り継がれるだろう』



「全力坂は、まあ、結果通りだな」

 ピュア・ピンク、水色あさがお、タコさんウインナー、可愛美麗、さくまどろっぷ、高崎紫。この順位は不動だ。

 『タコさん駆けても面白み無いしな』

 『あさがおと紫の乳揺れ(;´Д`)ハァハァ』

 『あさがおと紫のパンチラ(;´Д`)ハァハァ』

 『助かる』

 『エロ』

 『抜いた』




 振り返り再生を終える。

「諸君。他にやってみたいことはあるかな? 3DVTuberでしかできないことな」

 『雑談』

 『体験型ホラーゲーム』

 『廃病院』

 『廃校とか』

 『廃旅館』

 『廃遊園地』

 『火星』

「おまら、ステージ造るのは俺なんだぞ」

 『肝試し』

 『助かる』

 『階段急にして』

 『床は全部透明』

 『右手がはかどるな』

 『水着回は?』

「ビーチのステージは既にあるんだよな」

 『水着回で』

 『水着回

 『水着回』

「リーダーと相談してみるわ」

 『収益化まだ~』

 『登録者数は申し分ない』

 『投稿内容も規約に抵触している感じしない』

「それは、まあ、いろいろ事情がな」

 『火星人に戸籍無いし』

 『銀行口座もな』



 彼らが言っていることは事実だ。収益化ができないのは、俺が既に死んでいるから。

 故人には戸籍がない。現住所がない。銀行口座も持てない。メールアドレスや、Twitterのアカウントぐらいなら作れるが、金銭のやりとりには、生きている人としての証明が必要だ。

 そういえば、紫は今、冬コミの原稿で修羅場らしい。原稿はデジタルで作画できるが、印刷、出店、収益はどうやっているのだろう? それこそ生身の人間じゃなけりゃできない。

 今度訊いてみよう。


「今日の配信はここまで。バーイ、センキュー」

 『バーイ、センキュー』

 『バーイ、センキュー』

 『バーイセンキュー』

 『センキュー』




 さて、さっそく依頼されたステージでも造るかな。


 しかし、人生に夢も希望も見いだせず、死んだ人間が、転生してから人のためになるってな。

 自分のことなんて見たくなかったから、今までやったことなかったけど、エゴサでもしてみるかな。



 すると、『転生組に感謝の胴上げをされ紫の谷間にラッキースケベダイビングするタコさんウインナー』という切り抜き動画が、ニコニコ動画にアップされている。

 ああ、これか。



 缶蹴りが終った後、紫は言う。

「今まで遊んだステージは、全て、タコさんウインナーが造ってくれました。拍手!!」


 みんなが拍手する。

 88888888888888


「ありがとう、タコさん」

「ありがとね」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「ありがと」

 生まれて初めて、ありがとうのシャワーを浴びた。死んでるんだから、転生して初めてか。

「胴上げしましょう」

「いいね」

「タコさん、いつものサイズになって」

 感謝の渦につつまれ、気が動転していた俺は、言われるままいつもの4.3センチに縮んだ。

 その俺を、五人が手で胴上げする。

 なんどか宙に舞って、弾かれて、紫のふくよかな胸の谷間に突っ込んだ。

 いわゆる、ラッキースケベという奴だ。

 突っ込んだ瞬間、俺は、なんか落っこちた感が強く、そこがどこかわからなかった。

 コメントが流れる。

 『パ●ズリ』

 『(;´Д`)ハァハァ』

 『エロ』

 『蛸そこ俺と代われ』

 『俺のマグナムはさみてぇ』

 『←そのつまようじしまえよ』

「ちょっとタコさん! どこ入ってんのよ!」

 もぞもぞ這い出て、パッと顔をあげて、初めてそこが紫の胸の谷間だと気がついた。

「はあ、苦しかった」

「ちょっと、変な動きしないでよ」

 紫は顔を真っ赤にしている。

「グヘヘへ。このままおまえの山頂まで、這って行ってもいいんだぜ」

 足をうにうに動かす。

「がはははは! くすぐったい! やめー!」

「ぐはははは!」

「あはははは!」


 人として生きていた頃から含めて、腹の中から大笑いした。

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