#07 さくまどろっぷとピュア・ピンク

「私はこれから冬コミの原稿で修羅場です。配信は各自、おこなってください」



「リーダー、だらしねぇな」

「しょうがないわね」

「また鬼ごっこやりたかった」

 思うところそれぞれだが、さくまどろっぷと、ピュア・ピンクは同時に思う。

「「じゃ、配信しよ」」

「と、その前に。タコさん」

「なんだ?」

「ちょっとお願いがあるんだけど、耳貸してくれる? って、耳どこ?」

「ここだ」

「実はMMDステージとか、料理ゲームとかをね、ゴニョゴニョ…」

「そいつは高くつくぜ」

「こんど、サービスするから」

「サービス? OKわかった。できたら連絡するな」

「よろしくね」




「おはようございます。さくまどろっぷです」

「おはようございます! ピュア・ピンクです」

「今日も、ピンクちゃんと配信しま~す」

「です」

「転生してからだいぶ成長したよね」

「そうかな?」

「マイクラは、自分で家が造れるようになりました」

「なった」

「鬼ごっこでは、一度も捕まりませんでした」

「捕まんなかった」

「がんばったね」

「がんばった」

「えらい!」

「ありがと」

「ピンクちゃんとは、いつも一緒に配信させてもらってて、楽しいわ」

「あたしも楽しい」

「今日は、がんばったピュア・ピンクに、あたしからプレゼント」

「なに?」

「遊園地へ行きましょう」

「お~」

「レッツ・ゴー!」

「うん」



 遊園地は、タコさんにお願いして、MMDけもフレステージを元に、各種アトラクションが動作するように修正されている。

 

「遊園地に来ました」

「うん」

「なんに乗る?」

「なんでもいい」

「それじゃまず、メリーゴーランドに乗ってみようか」

「うん」

 とはいえ、ふたりは小学生設定。身長は、ピュア・ピンクより若干、さくまどろっぷの方が大きいが、ひとりで乗るには骨が折れる。さくまどろっぷがユニコーンに跳び乗り、ピュア・ピンクの手を引いて前に乗せる。

「ふたりでぴったりだねえ」

「うん」

「動くよ」

「うん」

 メリーゴーランドはゆっくりと動き出す。ユニコーンは静かに上下し、回転する風景は、海、山、他のアトラクションを回る。

 ゆっくると流れる風景を、ピュア・ピンクは目を輝かせて眺め続ける。

 楽しんでいるようなので、さくまどろっぷは、余計な声を掛けない。体を密接して、振り落とされないように気をつける。とはいえ、体格差はほとんどないから、自分がバラスを崩しそうになる。

 昔、子供とこうして乗ったのを思い出す。その子は大きくなり、自分が亡くなる直前、孫を病院のベッドに見せに来た。サルのような赤子を愛おしくながめたが、触れることはできなかった。

 あんたにそっくりのサルみたいだと言ったら、おかあちゃんも生まれた時はサルみたいだったんだねと、言い返された。

 孫が小学生になるまで生きていられたら、こうしてあげられたのかもねえ。


 メリーゴーランドが止まる。

「次はなにに乗ろうか?」

「あれ」

 指したのは、ジェットコースター。

「よし。乗りましょう」

 現実の世界なら、年齢と身長制限で乗ることはできないでしょう。でも、ここはバーチャル。そんな決まりはない。

 コースターの一番前にふたりで座る。上からバーが降りてきて、肩からお腹を締めて、身体を固定する。

 コースターはスタートし、最初の坂をゆっくりと登って行く。このドキドキ感が懐かしい。ピンクちゃんを見る。

「怖い?」

 クビをフルフルと振る。

「良い度胸だ」

 カタカタカタカタと軽い音をたてて坂を登ると、一気に落ちる。

 すぅっと、落ちる感覚、左右にかかるG、回転する時の光景。全て、このバーチャル空間でも再現されている。気持ち良い!


 コースターが一周して、元に戻る。

 ピンクちゃん、大丈夫かな? と思ったのは取り越し苦労だった。今まで見たことのないくらい、爽やかな顔をしている。

「楽しかった?」

「楽しかった!」

「じゃ、なにに乗ろうか?」

「またこれがいい」

「わかった」

 コースターは再びスタート。

 今度はピンクちゃんも、大きな声をあげて楽しんでいる。

 今まで、感情をあまり表に出さなかったけど、この瞬間は、心から楽しんでいるみたい。


 コースターから降りベンチで一休憩。

 ソフトクリームをふたりで食べる。

「美味しい?」

「うん、美味しい」

「良い天気だね」

「うん、良い天気」

「そういえばこの世界、季節感ないわね。十一月なら、もうちょっと寒くなっていいのに」

「寒いのは嫌い」

「そっか、じゃあずっと温かくていいね」

「うん」


 それから、コーヒーカップ、迷路、ゴーカートなどに乗って、陽が傾いてくる頃、観覧車に乗る。

 高くなっていく窓の向こうに、けもフレの風景が広がっている。森、海、遠くに山。眼下に小さくなっていく、遊園地の乗り物。

 目を輝かせて窓の外を眺めるピンクちゃん。声は掛けないでおこう。今、この風景は、全部、あなただけのモノ。

 水平線に沈む夕陽を眺めながら、観覧車は降下しはじめる。園内のアトラクションに色とりどりの光が灯る。その光景もまた、ピンクちゃんの目を色とりどり、鮮やかに輝かせる。


「さて、帰ろうか」

「うん」


 ヴォン!


 さくまどろっぷの部屋に帰って来る。

「それではこれから、一緒に夕御飯を作りましょう」

「料理できるの?」

「簡単な料理ならできるよ」

「わかった」

 食パンを切ってトーストにする。トーストにベーコンエッグを載せる。

 ポテトサラダを付けよう。ジャガイモを茹でた後、潰して、みじん切りにした玉ねぎ、にんじん、キュウリなどを入れて、マヨネーズをあえるだけ。

 汁物を作りたいけど、食材を複雑に加工するのは、この世界ではまだできない。


「まずはサラダだけど、今からジャガイモを茹でていたら時間がかかりすぎるので、茹でてほぐしたモノがこちらになります」

「三分クッキング」

「野菜を切って入れよう」

「にんじん、嫌い」

「好き嫌いいってたら、おおきくなれないよ」

「あたし死んでるんだから、大きくならないじゃん」

「それは一本、とられたな」

「いっぽんてなに?」

「柔道は知ってる?」

「知らない」

「柔道っていうスポーツには技があってね。それが一回決まると、それで勝ちなの」

「ふーん」

「一本勝ち! っていうんだよ」

「じゃあ、今のは、あたしの一本勝ち?」

「そうだね」

「やった」

「料理を続けます。刻んだ野菜にマヨネーズを入れて、混ぜます。器を抑えてるから、混ぜて」

「はい」

 一所懸命、ボールの中のかき混ぜる。

「よし! このぐらい混ざればOK」


「玉子を焼く前に、パンをトースターに入れておきます」

「はい」

 カチャ!

「フライパンを火にかけて」

 ピンクは、小さなフライパンをレンジにかける。

「このキッチンは、あたしが使いやすいようにデザインしたから、シンクの高さから、フライパンの大きさまで、すべてあたしサイズ。ピンクちゃんでも使いやすいと思う」

「うん」

「フライパンが温まったら、サラダ油を茶さじ一杯分垂らして」

「はい」

「油が温まったら、ベーコンを入れて」

「はい」

「高いところから入れると、逆に油が跳ねるから、フライパンの縁に沿わせて、こう」

 さくまどろっぷが手本を見せる。

 それに習って、ピンクは、恐る恐る、ベーコンをフライパンに入れる。シューとベーコンが油を弾きながら焼けてゆく。

「じゃあ、玉子を割って、落としてみようか」

「どうやるの?」

「玉子の横を、コンコン、と叩いて割れ目を作ります」

 コンコン。

「こんな感じ?」

「OK。割れ目に親指を引っかけて、パカッと」

 パカッ。

 ジュ~! と綺麗な目玉がフライパンにできる。

「上手!」

 ピンクはニコニコが止まらない。

「焦げないように、フライパンは適度に揺らします」

 カコカコと、フライパンを揺らす。

「こんな感じ?」

「うん、上手。ところでピンクちゃん。玉子はしっかり焼いた方が好き? それとも半熟?」

「半熟」

「それじゃあ、フタはしないで、こまま半熟になるまで弱火で焼こう」

「うん」

 ジュワジュワ音を立てて焼けるベーコンエッグを、ピンクはニコニコと見ている。

 チン!

 トースターからパンが飛びだした。

「良い焦げ目で焼けました」

 トーストを皿に載せる。

「そろそろ玉子が焼けました」

「はい」

 火を落とし、フライ返しで、焼けたベーコンエッグをトーストの上に載せる。

「あせらないでいいからね」

「うん」

 パッと、一個のベーコンエッグがトーストに載るが、黄身が崩れてしまう。

「ああ」

「ドンマイ。それは、あたしのでいいから、もう一個作ろう」

「はい」

 2回目は上手くできる。

「よくできました」


 ボールに作っておいたポテトサラダを小分けにする。

「飲み物は、なにがいいかな?」

「オレンジジュース」

「ピンクちゃんには、オレンジジュース。あたしは紅茶をいただこう」

 テーブルに、食事が並ぶ。

「さあ、完成です」

 パチパチ。

「夕食というよりは朝食って感じだけど、まあいいでしょう」

 ふたり、テーブルに着く。

「じゃあ、食べようか」

 その時、ピンクがポロポロと涙を流して泣いている。

「ど、どうしたの? 気分悪い?」

 フルフルとクビを振る。

 嗚咽を漏らして泣いているピンクに、さくまどろっぷは為す術がない。とりあえず、そっと肩を抱きかかえる。

 しばらくして、ぼそっと言う。

「ぼ、お…」

「ぼ?」

「おい…、し、そう」

「そうだね。美味しそうだね」

「う゛、うれ…」

「うれ?」

「う゛れしい」

 その時、さくまどろっぷは気がついた。

 彼女は虐待死した。親からまともな食事を与えられたことは、ほとんどないだろう。

「あたしもピンクちゃんと一緒にごはんが食べられて、とても嬉しい」

 落ち着くのを待つ。



「もう大丈夫?」

「うん」

「じゃ、食べようか」

「うん」

「それじゃあ、一緒に、大きな声で『いただきます』OK?」

「うん」

「せーの!」

「「いただきます!」」


 ふたりで朝食を食べる。

 ベーコンエッグ乗せトーストを、モグモグ美味しそうに食べる。しかし、ポテトサラダには手を付けない。

 さくまどろっぷは、生のにんじんをスティック状に切って、テーブルに置く。

「にんじん、美味しいんだけどな」

 にんじんを一本つまんで、ポリっと、お菓子を食べるようにコリコリ食べてみせる。

「食べてみて」

 フルフルとクビを振る。

「美味しいのになあ」

 もう一本つまんで、ポリっと、お菓子を食べるようにコリコリ食べてみせる。

「美味しいの?」

「甘くて美味しいよ」

 ピンクは、恐る恐る、にんじんスティックをつまんで、先っちょをコリッと嚼む。

「甘い!」

 一度、食感と味がわかると、コリコリ、ちょっとずつ食べ進める。その姿は兎の様。

「この種のにんじんは、煮るより生の方が美味しいんだけど、一般家庭では、にんじんにしろ、トマトにしろ、大根にしろ、料理の用途に応じて種を使い分けないから、煮るとむしろ味が落ちるにんじんを最初に食べちゃうと、嫌いになっちゃうんだろうね」

「なにそれ?」

「生で食べた方が美味しい野菜もあるんだよって話し」

「ふーん。おばあちゃんみたい」

「おばあちゃん?」

「おばあちゃんが作った料理、美味しかった」

「じゃあ、これからは、あたしのことをおばあちゃんって呼んで」

「おばあちゃん?」

「そう」

「どろっぷおばあちゃん」

「どろっぷおばあちゃんか。OK!」



 食後、ふたり肩よせあってテレビを見る。テレビでは、動物の生態を映したドキュメンタリーが放送されている。

 痩せたライオンを、ハイエナが群れで襲う。

「ハイエナがライオンを狩るって、初めて見るね」

「ライオンを襲うことができるのは、ハイエナだけなんだよ」

「へ~。それはおばあちゃん。初めて知ったよ。ピンクちゃんは物知りだね」

「でしょ!」

 しばらく、続きを見ている。

 ピュア・ピンクは、突然言う。

「こんど、ひとりで配信したい」

「えっ!? どうしたの急に」

「ん~。なんとなく」

「そっか。なにやろうか」

「絵とか、ゲームとか、歌とか」

「ピンクちゃんはなにが好き?」

「絵!」

「絵描き配信ね。いいんじゃない。どんな絵描くの」

「わかんない」

「わかんない?」

「わかんないけど、なんか描きたい」

「バグにペンタブ、用意してもらおうか」

「ペンタブは使わない」

「どうやって描くの」

「地面に描く」

「地面かあ。それは3DVTuberらしいね」

「おもしろそう?」

「うん。いいアイデアだと思う」

「がんばる」

「がんばって」




ピュア・ピンク●ライブ

 MMDでフォルト画面の白い部屋に、ピュア・ピンクがひとり、立っている。

「絵コン…。まちがえた。こんばんは」

 コメントが流れる。

 『こんばんは』

 『こんこん』

 『きょうはひとりなの』

 『絵コン?』

「きょうは、ひとりで、お絵描き配信します」

 『お絵描きか』

 『ピンクちゃんは絵うまいの』

 『絵コン。ああそういう意味か』

「白い地面、いっぱいに、絵を描きます」

 『絵コンばんわ~』

 『絵コン』

 『絵コン』

「ペン!」

 ピュア・ピンクの手に、地面まで届く大きめのペンが現れる。

「描いて欲しいモノ、ある?」

 『突然だな』

 『ピンクちゃんはなにが得意?』

「わかんない」

 『じゃあ動物描いて』

 『ウサギ』

 『さくら』

 『自画像』

「それなんて読むの?」

 『じがぞう』

 『自分の顔のこと』

「顔は得意」

 『顔描いて』

「転生組のみんなを描きます」

 白い地面にペンを走らせ、顔の輪郭、瞳、口、髪をすらっと流して描く。

 『上手い』

 『ホントに小学生?』

 『スラスラ描くな』

 『線にためらいがない』

「リーダーの紫さん」

 『似てる』

 『漫画みたい』

 『つーかはえよ』

 ピュア・ピンクはさらにペンを走らせ、女の子を描く。

「美麗さん」

 『似てる』

 『特徴とらえてるね』

 別の女の子を描く。

「あさがおさん」

 『似てる』

 『三人ともちゃんと特徴、とらえてるよね』

 『なんでそんなに絵が上手なの?』

「学校が終った後、家に帰りたくなくって、公園の砂場で、木の棒でずっと絵を描いてた」

 『おおう』

 三人の真ん中に、さくまどろっぷを描く。

「どろっぷおばあちゃん」

 『おばあちゃん?』

 『ピンクちゃんと同い年ぐらいじゃん』

「ロリババアだって」

 『ロリババアか』

 『確かに言動がおばさんくさいときある』

 ちいさくタコさんウインナーを描きいれる。

「完成」

 『乙』

 『うまい』

 『マジうまい』

 『タコちいさいな』

 『等身大じゃね』

「みんなのことが好きだから、描いてみた」

 『たいへんよくできました』

 『小学生でこの画力はすばらしい』

 『色付けて』

「色は、よくわからない」

 『そういえば、ピンクちゃんがいない』

 『ピンクちゃん描かないと』

 『じがぞう』

「自分の顔、好きじゃない」

 『あたしも好きじゃない』

 『俺も嫌いだ』

 『化粧してないとバケモンだし』

「描かないとダメ?」

 『是非』

 『描いて描いて』

 『ピンクちゃんがいて転生組の完成でしょう』

「わかった。描く」

 ピュア・ピンクは、輪郭を描いては消し。描いては消し。ひたすらそれを繰り返す。

 『どうしたピュア・ピンク』

 『愛と正義と友情のピュア・ピンク』

「あたし、そんなんじゃないし」

 『この絵のみんなが寂しがってるよ。ピンクちゃんがいない! って』

 意を決して、自分の顔を描きいれる。

 さくまどろっぷを中心にして、円状に配置された各キャラクター。その一番手前に、ピュア・ピンクがいる。

 『完成だ』

 『良い画だ』

 『おめ』

「あたし、絵、上手い?」

 『もちろん』

 『これを下手という奴は絵というモノを知らない』

 『もっと下手な漫画家いるしな』

 『色塗って』

 『色が欲しいね』

「こんど塗ってみる」

 『期待』

 『まってます』

 白い床、一面に描かれた転生組メンバーに、ピュア・ピンクは今までにない高揚感と多幸感を得て、上気した顔を赤く染め、満足げに絵を眺め続けた。

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